第74話 1年半ぶりの復帰
後にバブル景気と呼ばれるようになったのは、1986年から1991年までの5年間である。この5年間は不動産や絵画などへの投機が行われ、価格の上昇を引き起こした。
だが、生活に必要な一般的な物価は物によって異なるが、0,1%から3,1%くらいのわずかな上昇であった。また所得もアップしたので平均的にみれば、一般的な給与所得者の暮らしは豊かになった。
一方で建設資材や設備関連資材の価格は大幅に上昇した。
そのせいで新規出店や、改装を必要とする店舗を持つ人にとっては、経済的負担の大きい5年間であった。
飲食店で見れば、可処分所得が増えた人たちが、キャバレーや高級BARなどへ流れるようになった。それらの店は店舗設備も重要な要素なので、多額の資金を必要とする。またホステスにも高給が必要となり、対応ができるかどうかで、明暗が分かれた時代でもあった。
麟の目のマネージャーとなった健治に課せられたのは、高騰するホステスの時給の管理と、人数の確保であった。
世の中が高級志向に向かっている中にあって、麟の目のような高級キャバレーは、
人も物も並であってはならない。客を呼べるホステスにはそれなりの報酬を必要とする。だが人件費には限りがある。
このホステスをいかに有効に使うかで、店の運命が決まる、といっても過言ではない。キャバレーのホステス一人当たりの接客数は、平均2.5人といわれている。
もちろん立地や規模、店の形態によって異なるが末広町の、麟の目、ニュー東宝、アカネの三大キャバレーはいずれもこれに当てはまる。
麟の目の場合、300名のホステスがいる。彼女たちが接客する客数はデータ通リとすればトータルで、1日750名となる。仮に2割アップの900名の来客を見込むとすれば、一人当たり三人の接客が必要となる。
キャバレーの営業時間は6時から11時までの5時間と決まっている。
とすれば、ホステスは5時間の間に、二人接客したことになる。これを3人にすることができれば、売り上げは2割のアップとなる。計算通リ行くかどうかは別として、これを可能にする方法があれば挑戦する価値はある。
麟の目では5時間の間に、7時半、9時半、と、2回のショーが行われていた。
その日の出演者と入店した時間によって異なるが、一回のショーが終わると、客は退店して新しい客と入れ替わることが多い。
つまり2.5回転である。そこで仮に7時半、9時、10時半 の3回ショーを行ったとすれば、3回転となって、1日当たり900名の来客に対応が可能である。
問題は出演者の都合である。専属歌手の場合なら、若干のギャラの上乗せで2回のステージを3回にしてもらうこともできるが、銀の目の出演者はほとんどが、東京や外国から来てもらう人たちであった。
この人たちの場合、長年の慣例と契約の関係があって、お願いしても、承諾を得られるとは思えなかった。
だが、麟の目には洋子という専属歌手がいる。洋子に1日に1回ステージに立ってもらえば、1日に3回のステージが可能となる。だが洋子はまだ子育て中である。洋子に出演を頼むわけにはいかなかった。
だが、洋子がかって勤めていた㋖北村の跡地にできたビルに、新光堂という楽器店が音楽教室と育児施設を持っていた。
ここに洋子の子どもを1時間預ければ、洋子にステージに立ってもらうことができた。ここには子どもを持つホステスの利用が多く、育児をする人もホステス出身者が多かった。
施設を見た洋子は「ここなら安心ね」ということで、洋子は1年半ぶりに麟の目のステージに立つこととなった。
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