第70話 霧のロンドンブリッジVS霧の幣舞橋
汐未はフィレンツにやってきた。この町の沖にブルースターラインヴィーナス号Ⅲが座礁したジリオ島がある。だがきてみると日本人の観光客はいっぱいいるのに、豪華客船の座礁はちょっとは話題になったらしいけど、無関心の人がほとんどだ。
特に女の観光客は、
「ねえ明美、今日 アカデミア美術館でミケランジェロが作ったダビデ像をみたでしょ、ダビデ像ってあんなに体がでっかいのに、チンチンが小さかったわね。
それに比べたらうちの亭主のあれはでっかいんだなって思ったわよ」
「あんたって幸せだね、うちの亭主のチンあれは、ダビデ像のあれよりもっと小さいわよ」などと言いながら、亭主のあれよりは太そうなソーセージを、ガブリと噛んで
「美味しいわ」と呑気なことを話していた。
哲生良はそんなことはないだろうと思ったら、汐未が来てくれて喜んでくれたけど「本当に来たんですね、せっかくだからアカデミア美術館のダビデ像でも見て行きなさいよ」と深刻そうな様子はどこにもない。
「ダビデ像なんかレプリカが広尾にあるじゃない、誰が見たって本物と区別がつかないわよ、嘘だと思うなら恵比寿駅から5分で行けるから行ってみなさいよ、それにね、私はあんたのことを心配してここまで来たのよ」と、汐未は精一杯の悪態をついた。
すると哲生良は「ようやく汐未さんらしくなってきましたね、安心しました」
「人を心配させといて何が安心よ」
「まあ落ち着いて、ワインでも飲みましょうよ」と言って哲生良は、ワインとソーセージを注文した。すると汐未は「ソーセージは細目にして下さい」と言った。
呑気な観光客の女たちとどこが違うというのだ。そんな不埒な汐未に対しても、哲生良は真面目であった」
「汐未さんがブルースターラインヴィーナス号Ⅲの無線室に来たとき僕は『いい意味でこんな日本人もいるんだな』と思いました。汐未さんが横浜のBARを見たいと言ったとき僕は、この人ならきっとロンドンでも、ニューヨークでも成功すると思いました」
「何言ってんのよ、霧のロンドンだかチンドンだか知らないけど、あんたも霧の幣舞橋を見たでしょ。私には霧のロンドンブリッジより霧の幣舞橋の方がずっといいわよ」
「そうですね、僕も幣舞橋はまた見たいと思います」
「だったらさ、釧路に入港する船に乗ったらいいじゃない」
「僕も別の船に乗ってなるべく早く釧路に行きたいと思います」
「それってさ、今の会社を首になっちゃうってこと、それとも船が沈んじまって、会社が倒産するってこと?」
「大丈夫ですよ、船は沈んでも保険に入っていますから倒産はしません。それにブルースターラインヴィーナス号にはⅠとⅡが残ってますから、僕が今の会社を辞めることはありません。ただ、船長だけじゃなく僕たち商船士官は全員、これから事故調査委員会の査問が始まりますので、ブルースターラインヴィーナス号のⅠかⅡに乗っても、釧路に入港するのは2~3ゕ月先になると思います。それまで待ってくれますか」
「じゃあ待ってるからさ、早く帰っておいでよ」
哲生良はその日から事故調査委員会の査問を受けるため、レストランを出て行った。汐未は翌日から他の呑気な女観光客と同じように、フィレンツェの名所を巡る観光客の一人となった。もちろんダビデ像もしっかりとコースに入っている。
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