第69話 テスラを訪ねてイタリアへ 

 2月 門脇哲生良が乗っている豪華客船、ブルースターラインヴィーナス号Ⅲが長崎に入港する月となった。汐未はその日を指折り数えて待っていた。

 ところがある日、正午のニュース番組で「昨日、イギリスの豪華客船がイタリアのジリオ島近くで座礁、転覆した模様です」と報じていた。

 汐未はまさか、門脇哲生良が乗っている、ブルースターラインヴィーナス号Ⅲではないかと、仕事どころではなくなってしまった。その日は仕事を休むことにして、家でじっと続報を待っていた。

 悪い予感は当たってしまった。午後3時のニュースで「昨日午前2時、イギリスの豪華客船、ブルースターラインヴィーナス号Ⅲがイタリア、トスカーナ州の沖合のジリオ島の近くの浅瀬で座礁、転覆しました。乗客3,700名の中に日本人が二人いましたが、無事であることが確認されました………………」


 汐未は頭の中が真っ白になった。乗客の3,700名は日本人二人を含め、全員無事であることが確認された。だが乗員1,300名の安否はその日は分からずじまいであった。

 門脇から連絡があったのは翌日の深夜であった。


「汐未さんですか、哲生良です」

「あぁ、よかった無事だったのね」

 ………「心配かけてすみません、僕は大丈夫です」


 と、国際電話特有のワンテンポずれたやり取りで、状況が分かって来た。


 門脇は非番でもう一人の通信士が傍受に当っていた。通信室の真下にある仮眠室で寝ていた門脇は突然の衝撃にすぐ飛び起きて、ドアーがなくて階段だけで繋がっている無線室に行くと、もう一人の通信士がマイクを持って「メーデー、メーデー」と叫んでいた。


 それから船はゆっくり左に傾き始め、約45度で止まった。

 無線機などの機器と机など壁と床に固定されているもの以外は全部、マイクを持っていた通信士も左の壁に流されてしまった。門脇は体を安全ベルトで固定して「メーデー、メーデー」と、遭難信号を発信し続けた。

 緊急信号はすぐに傍受されて、30分後にはヘリが来て照明弾を打った。

 1時間後には救助艇も来て、右舷側の船体に梯子をかけて救助作業が始まった。


 約5時間後には乗客は全員救出されたが、乗員のうち深夜に営業していたレストラン担当の乗員2名が亡くなり、レストランの3名と、機関室の3名が負傷した。

 原因は船長と航海士の航路確認義務違反だが、船長以下、航海士、機関長、通信士、の商船士官は全員取り調べの対象となって、門脇はイタリアで取り調べられた後、イギリスで取り調べを受け、その後保険会社の聴取を受けた後、会社の処分を待つこととなった。

 少なくても半年か、あるいは1年以上、帰国することはできなくなった。


 翌日、汐未を心配して、里奈、甚弥、高弁の他、お馴染みのメンバーが汐未のアパートにやって来た。美津子も中標津から電話をかけてきた。

「汐未、どうするの、門脇さんが帰るまで待ってるの」と訪ねてきた人たちが聞いた。

 だが汐未の気持ちは決まっていた。

「あんたたちね、何言ってんの、私は明日イタリアに行くわよ、ジリオ島だか、

ジリオラ・チンクエッティだか、知らないけどさ、哲生良は私を待ってんだよ」

という訳で汐未は、イタリアへ飛ぶこととなった。

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