第68話 ある刑事の生涯 

 「どうしたんですか? 顔が真っ青ですよ。救急車を呼びますから待っていて下さい」と言って女はごくつぶし怪奇食堂に向かっていった。


「ちょっと待って下さい……あなたが背負ってるのは…男の死体……ですよね」と、天野は声も途切れ途切れに、はーはーと荒い息をしながら、ようやく女に聞いた。


すると女は「これですか?、これはごくつぶし怪奇食堂さんの注文で作った、死体の蠟人形です。本物みたいでしょ。ここにくるまでにこれを見た人が3人、気絶しました」と言って、死体の蠟人形を道路上に横たえた。するとピストルで撃たれてもがき苦しみながら、血が出る腹を抑えて死んで行く、リアルな光景が広がっていた。


天野は高弁に話を聞くどころか、その場に立っているのがようやくであった。

死体の蠟人形を背負ってきた女がそれを見て「あんた刑事じゃなかったの、本物の死体を何度も見てきたんでしょ。それとも偽刑事だったの、私があんたに事情を聞くからさ、中に入んなさいよ」と言って、嫌がる天野を引きづるように、ごくつぶし怪奇食堂の中に連れて行った。


女は「ここにいるのはあんたが会いたがってた、㋥佐々木の甚弥さんと、高弁さんだよ。聞きたいことがあったんでしょ。たっぷり聞きなさいよ」と言った。


よく見ると、女は昨日、ニュー東宝で指名した汐未であった。

正面には㋥佐々木の甚弥と、高弁がデンと構えて天野を見下ろしていた。


しばらく声も出せないでいた天野に「あんた食堂をやってるんだってな、もうかってるかい」と甚弥が天野に聞いた。

「ぼちぼちです」と答えると「見て下さいよ、どうです、うちは物凄く流行って、支店を作ろうかと思っています。あんたの食堂も、うちのフランチャイズになりませんか」と言った。


「この店は徳野与太郎さんが作った店だと思いますけど、あなた方は与太郎さんからこの店を、ぶんどったんでしょ」とようやく、用意してあった質問をした。

すると甚弥が「与太郎さんはこの店を作って、末広町に多大な功績を残しました。

与太郎さんほどの人は滅多にいません。そこで無理を承知で当社の取締役にお迎えしたいと申しあげました。すると与太郎さんは『この店を発展させてくれるのは、㋥佐々木しかないと思っていました。むしろ私の方からお願いしたいと思いますと』とおっしゃいました。今は与太郎さんは当社の取締役営業部長兼、ごくつぶし怪奇食堂末広町店と、ホラーレストラン シャラクサ亭 末広店の店長です」と言った。


二階に上がってみると、ホラーレストラン シャラクサ亭は、ホラークラブ 「シャラクサの窓」と名を変えて、営業していた。

席は満員で、ステージの上では「エリカとサワムラ」のコンビが 「ある刑事の生涯」という感動巨編を熱演していた。恵梨香と沢村の前には、さっき汐未が背負ってきた、天野にそっくりの元刑事が、ピストルで撃たれて血が出る腹を抑えて横たわっていた。エリカの右手には、消炎がゆらゆらと立ち昇るピストルが握られていた。


☆☆☆


エリカとサワムラの「ある刑事の生涯」を見終わった天野は感動の涙を抑えることができなくなった。鬼の目にも涙、と言うべきか、何となくあの赤鬼のような天野の顔が、可愛くさえ思えてきた。

甚弥が「天野さん、今 奥さんと、お嬢さんご夫婦がなさっている食堂が、ごくつぶしグループに入っていただければ、たくさんの人たちに、感動を与えることができると思います。検討していただけませんか」と言うと「家族の者と相談」してみます」と、前向きの返事が返ってきた。


一週間後、天野の店は「ごくつぶし怪奇食堂黒金町店」と、して華々しくオープンした。店長には天野の妻、京子。「ある刑事の生涯」は、天野の娘、百合子と夫の恵一の二人が担当することとなった。

高弁からは、花輪の代わりに、天野にそっくりの死体の蠟人形が贈られた。


今はごくつぶし怪奇食堂黒金町店は、釧路警察署の刑事や、交通課の連中で、満員の盛況である。








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