第67話 退職しても鬼刑事
釧路警察署の刑事たちの前で、「てめえら、㋥佐々木の連中を一匹も捕まえれなくて、それでも刑事か!仕事ができねぇヤツは交通課にぶっ飛ばすからな!」と、口角泡を飛ばしてまくし立てる男がいた。
男の名は天野といい、20年前までは北海道警察学校釧路分校の教官をしていた。
教官時代は「赤鬼の天野」と呼ばれ、滅茶苦茶厳しい指導ぶりで道警内では、知らぬ者はなかった。
その後刑事部係長となり、北見方面本部の捜査一課長を最後に1年前に定年退職した。
退職後は単身赴任していた北見から釧路に帰り、妻と娘夫婦が釧路警察署の近くでやっている食堂を手伝うことになった。
だが赤鬼のような顔つきで、刑事しかやったことがない男に客商売など、できるわけがない。
天野は仕事っぷりも赤鬼のように怖い顔そのもので、とにかく人使いが荒い男だった。
北見署で一課長をしていたころ、鉛筆を1本万引きした中学生に、刑事10人に24時間一睡もさせずに貼り込みをさせた、という逸話があるほど、部下と被疑者には厳しい男であった
だが自分はたった3日間、出前の親子丼を配達しただけで音を上げてしまった。
店にいれなくなった天野は毎日のように釧路署に現れて、現役の捜査一課長の気分で怒鳴りまくるようになった。
だが天野は今は警察を定年退職した組織外の人である。おまけに教官時代の天野に指導を受けたのは今では署長一人しかいない。他の刑事にとってはただ「うるさい おっさん」でしかなかった。
署長も最初は先輩であり、教わったこともある天野を許していたが、たまりかねてついに入署禁止を言い渡した。だがこれが気に入らない天野は捜査が終わった事件をかってに調べ出すようになった。
そこで手を付けたのは、㋥佐々木が手掛けた数々の不正融資事件であった。
㋥佐々木が悪どい商売をしてるのは周知の事実で、疑いようがなかった。
だが手口が巧妙で、社長の慎太郎と専務の甚弥は直接手を汚さないで、危ないことは全部、高弁こと弁護士の高橋にさせていた。
そこで天野は高弁と親しい汐未に会って、高弁の動きを聞きだそうとニュー東宝に来て汐未を指名した。
すると汐未は天野の顔を見るなり「あんた刑事でしょ、あんたみたいな悪党顔をした刑事が殺人犯と間違われて、仲間の刑事にピストルで撃たれて死んでしまうドラマを今日、テレビで見たわよ」と言った。
「いやあ、参ったな、俺は本物の刑事なんだけどな。だけど殺人犯と間違われたことは一度もないけどな」と言ったあと「俺はこいつを調べてるんだけど、知ってることがあったら教えてくれないか」と言って、高弁の写真を見せた。
高弁の写真を見た汐未は「こいつなら私より沢村さんという人がよく知ってると思うから、ラッキー会館に行ってみなさいよ。そこでパチンコをやってるからさ」
「沢村さんですね。だけど俺はまだ会ったことがないから特徴を教えてくれませんか」
「大丈夫よ、左手の指が1本ないからすぐに分るわよ」
「変だな、その筋の者なら俺は全部知ってるけど、沢村ってヤツの名前を聞くのは初めてだな」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く行きなさいよ、逃げられたらあんた、警察を首になっちまうよ」と言うと、天野はニタッと笑い、さっさと店を出て行った。
「沢村さんですか、私は捜査一課長の天野と言います。ちょっと話を聞かせてもらえませんか」と、ラッキー会館でパチンコをやっていた沢村に言った。
すると沢村は「今日テレビでやってたけど、あんた撃たれて死んだ脇役の役者でしょ。俺も今、ごくつぶし怪奇食堂ってとこで、役者をやってるので、見に来なさいよ。
あんたも主役になりたいなら見ておいた方がいいと思うよ。何てったって俺は、あんたみたいな下っ端の刑事の役じゃなくて、秘密工作員だからね、役者がちがうよ」と、自信満々に話した。
「ごくつぶし怪奇食堂ですね、そこに高弁さんと言う人も来ますか」
「高弁先生ですね、毎日来ますよ。1階がごくつぶし怪奇食堂で、2階がホラーレストラン シャラクサ亭という店なんだけど、先週から㋥佐々木の店になって、高弁さんは毎日誰かと、ヒソヒソやってますよ」と言うと、天野は沢村の手をとって、「沢村さん、貴重な情報をありがとうございます。あなたのおかげで私は警視総監賞をもらえるかも知れません」と、のたまった。
翌日天野はごくつぶし怪奇食堂の前の電柱のかげに隠れて、高弁と㋥佐々木の連中が来るのをじっと待った。だがいつまで経っても、高弁が現れる気配がない、もうそろそろ閉店の時間が迫っている。どうしようかと考えていると、後ろから誰かに、ポンと肩を叩かれた。振り返ってみるとそこには…………自分とそっくりの赤鬼のような顔をした男の死体が立っていた…………!
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