第66話 人体解剖模型 

 1月 末広町の㋥佐々木の事務所で、恒例の鏡開きが行われていた。

大相撲の力士が10人で往来の人たちに樽酒ををふるまう。創業以来100年以上続く㋥佐々木の伝統行事である。今年呼ばれた10人の力士の筆頭は元横綱、大鵬が興した一代年寄、大鵬部屋の十両、海鵬という力士であった。海鵬は釧路市の出身で、将来は大関、横綱は確実といわれる期待の若手力士であった。


そんなめでたい日に水を差すよう事態が起きた。

㋥佐々木の専務の甚弥と高弁が、ある事件が発端となって、詐欺の容疑で釧路警察署に呼ばれ、事情聴取を受けることとなったのである。

発端となった事件とは、ごくつぶし怪奇食堂と、ホラーレストラン シャラクサ亭で

「エリカとサワムラ」が公演中に、客として来ていた釧路警察署の刑事が、ある中学校で盗まれた理科の教材の、まるで本物の死体みたいにリアルな人体解剖模型を発見した。

刑事が店主の与太郎に事情を聞くと、与太郎の妻の花子が怪奇食堂の雰囲気を盛り上げるため、教師として努めている中学校から借りて来たといった。だが中学校からは盗難届けがでていて、直接花子本人を呼んで事情聴取をすると「理科室に忍び込んで盗みました」と白状した。


盗んだ教材は10年くらい前、㋥佐々木が釧路支庁管内の中学校に寄付したものであった。寄付した数は100体ほどあって、花子は今いる中学校に転勤になる前に、別の中学校で1体盗んでいて、もう1体は、自宅の居間の床下に穴を掘って隠してあると自供した。


刑事が家宅捜査をすると、盗んだ人体解剖模型の他に預金通帳や、家の登記簿など、大事にしているものがいっぱい出てきた。


その中に㋥佐々木が高弁に依頼して「ごくつぶし食堂」を立ち退かせようとしたとき、与太郎の土地の境界石を移動させて虚偽の書類をつくり、2,000平方メートルの土地を5平方メートルと偽わって、5千万円の価値がある土地をわずか10万円で買ったときの売買契約書が出てきた。


不動産の値段とか、売買契約などは素人には分かりにくいものだが、いくら何でも10万円は安すぎるだろうと思った刑事は、書類を作った高弁と、高弁に仕事を依頼した㋥佐々木に事情を聞くことにした。

高弁は戦前に作られた公図に基づいて書類を作ったと主張して、その場は何とか収まった。

だが警察がその公図を見たとしたら、嘘が全部ばれてしまう可能性が出てきた。

高弁と甚弥は相談した結果。嘘がバレないようにするには、公図を燃やしてしまうのが手っ取り早いという結論に達した。その公図は米町の邸宅の土蔵の中にある。

甚弥と里奈がこの邸宅に住んでいたときは、入ることができた土蔵も今は完全に市の管理下に置かれて、勝手に土蔵の中に入ることはできなくなっていた。


市に管理を任すことにしたとき、飼っている2頭のヤギも、市が面倒を見てくれるという条件付きであった。

だがどうも市の担当者は十分に面倒を見てないようで、最近は少し痩せてきたように見える。

そこでヤギを口実にして土蔵に忍び込むことにした。


☆☆☆


「沢村、お前は最近やけに嬉しそうだな」

「そりゃそうですよ。舞台に出れて給料はもらえるし、絵里香ちゃんと偶にはちチュウもできますからね」


「だけどもし、それができなくなったらどうする気だ」

「できなくなるなんて、言わないで下さいよ、そんなことになったら、社長の恵梨香ちゃんに怒られますよ」


「そうだろ、仕事ができなくなったら、金も入らないし、絵里香の下着も見れなくなるからな、お前にとって最悪だ」


「俺だけじゃないですよ、お客さんが黙っていませんよ」

「じゃあ俺がなんとかしてやるから今夜、お前はキャベツと栄養ドリンクを持って米町に来い」


「先生米町にお客さんがいるんですか、それにキャベツと栄養ドリンクは何に使うんですか」

「来たら分かる、9 時だからな忘れるなよ」


☆☆☆


「いいかこれからやるのは秘密工作員ごっこじゃない。本物の情報を盗み出すんだからな、しっかりやれよ」

「先生、本物の情報って何ですか、教えて下さい」


「お前がそういうなら仕方がない。特別に教えてやる。よく聞け。

太平洋戦争中にアメリカは、日本が持っている極秘情報がドイツのヒトラーに渡らないように、この土蔵の中にある秘密の書類を燃やしてしまおうと、爆撃機を飛ばして爆弾をいっぱい落とした。だけど書類は奇跡的に燃えないで、まだこの土蔵の中に残ってる。

ところが今度はその書類を中国とソ連のスパイが盗みに釧路に来て、今リバーサイドホテルで待機してる。だから俺たちはヤツらより先にこの土蔵から書類を盗み出して、燃やすようにとの命令を総理大臣からもらった。

いいかこれは本物の作戦だ、失敗は許されない。しっかりやれ」


「先生はただ見てるだけですか、それは狡いですよ」

「俺はヤギが鳴かないように、キャベツと栄養ドリンクを飲まして待ってるからお前は土蔵に忍び込んで、青い紙に白い線で書いた書類を盗み出してこい」


「分かりました。任せて下さい。日本のためなら、死んだ気でやってみます」と心強い言葉を残して、土蔵に忍び込んだ沢村は1時間後、しっかりと公図を持って、土蔵から出てきた。


「でかしたぞ沢村、今からこの書類を燃やすからよく見ておけ」といって、高弁は

ライターで公図に火をつけた。

㋥佐々木と高弁の悪事がいっぱい詰まった証拠品は、炎となって消えていった。


ごくつぶし怪奇食堂と、ホラーレストラン シャラクサ亭は、㋥佐々木の手に渡り、

ますます不気味な店となって、末広町優良店案内誌の表紙を飾ることとなった。


沢村にはどこからもお褒めの言葉は無かった。だが絵里香とのコンビは残って、秘密工作員ごっこは続けられることとなった。


与太郎は怪奇食堂と、ホラーレストラン、という新ジャンルの開拓者として、その名を残すこととなった。


与太郎の妻、花子は窃盗罪で懲役1年、執行猶予2年の刑に処せられた。

塀の向こうには行かないものの、教師への復帰は多分無理だろう。

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