第65話 夕日の荒野を駆ける女

門脇哲生良に告白された汐未はもう、ウキウキ気分が収まらない。誰でもいいからとにかく自慢したくなってしまった。手っ取り早いところで美紗希がいるBAR楡に行ってみた。すると美紗希は「汐未!あんたに脅かされて、この店を引き受けたのに、こんどは寸劇ショーですって、そんなことやったって無駄に決まってるでしょ」と、虫の居所が悪いのか、凄い見幕で怒っていた。


「あんただってこの前までは、やる気だったじゃない、一体どういうことなのよ」

「私だってこの店が続いて欲しいと思ったからひきうけたわよ、だけどね、なによこの変なドレスは、着てみたら下着が見えちゃうじゃない。こんなもの着れるのはあんただけよ」と言って、ど派手なチャイニーズドレスを放り投げてきた。


せっかく来てやったのに気分を壊しやがって、もう黙ってはいられなくなった。


「変だな、私が着たときは下着なんか見えなかったけどな」

「なに言ってんのよ、あんたがこれを着て笛園に来たときは、もっと奥まで見えてたわよ」


「見えたっていいじゃない、あれは女なら誰でも持ってるんだから。それにさ、あんたは脚が長いんだから、脚とあそこも一緒に見せたら。お客さんだって喜ぶと思うな」

「よく言うわね、いつもは『私の方が脚が長い』と自慢してるじゃない」

と、下着の奥が見えたとか見えないとか、脚が長いの短いのと、収拾が付かなくなってしまった。

美紗希ととことんやれば勝つのは分かってるけど、美紗希には沢村と組んで上海租界を舞台にした寸劇で、秘密工作員を演じてもらわなくてはならない。このままではせっかく生まれ変わったBAR楡が危なくなってしまう。

美紗希と言い争ってる場合じゃないと、ここは我慢して別の方法を考えることにした。

そこで共演の沢村はそのまま置いといて、ホステスの中から、いるかどうか、分かんないけど「あそこが見えてもOKよ 」という人を募集して、新ユニットを作ることにした。

募集を開始するとわずか5分で「私は見えても平気よ」と、いう人がいっぱいいて、全ホステス20人中、21人の応募があった。

ホステスは20人なのに21人の応募があるのは変だと思って調べて見たら、計算が合わない一人とは、隣の中華料理店、満腹亭のおばさんであった。


満腹亭のおばさんは補欠にして、残りの20人でオーディションをした結果、最も脱ぎっぷりの良かった絵里香を沢村の相手役に選ぶことにした。絵里香は脱ぎっぷりだけでなく、化粧次第では、国民から巻き上げた税金で、フェラガモのハイヒールを三千足も持って、アメリカに逃げた、フィリピンのマルコス大統領夫人のイメルダとか、ケネディ大統領婦人だったにもかかわらず、ギリシャの海運王、オナシスのとこに行ってしまったジャックリーンとか、悪女と言われる人なら誰にでも化けれる、化粧映のする顔を持っていた。


新ユニットには店内公募の結果「エリカとサワムラ」という名前が付けられた。

そこで、10分くらいで解決する寸劇ショーの脚本を、20人のホステスを対象に募集することにした。

すると、毎日いろいろな騒動の中で暮らしているホステスだけあって、映画化してもよさそうな優れた作品が21作集まった。

計算の合わない一作は今回も、隣の中華料理店のおばさんであった。


ところが満腹亭は上海料理の店であった。そのせいか、おばさんが作った脚本は

上海租界の匂いがプンプンと漂っていた。それでおばさんの作品もボツにしないで、21作を全部 日替わりで上演することとなった、


今日の「エリカとサワムラ」の出し物は、「夕日の荒野を駆ける女」と題した小百合の作品で、その内容は、

【 アメリカの機密情報を盗んで逃げるソ連の女工作員エリカを、中国の警察官 サワムラがピストルを持って追っていると、逆光の夕日がまぶしくて、ステンと転んでしまった。サワムラは痛む脚を引きずってエリカを追った。だがエリカは逃げ足が速くて逃げられてしまった。しかもサワムラの片方の靴がどっかへ行ってしまった。

慌てて民家に忍び込んで長靴を盗もうとしたら、中からニョロッと蛇が顔を出した。蛇年生まれでこよなく蛇を愛する警察官サワムラが、蛇の頭をナデナデしていると、家人に見つかってしまい、長靴泥棒で逮捕された】と、いう大スペクタル ショーであった。

演じ終わったときには、ユカリとサワムラの腰の周りには、おひねり がいっぱいぶら下がっていた。


エリカとサワムラの上海疎開寸劇は話題となって、ついにBAR楡以外の店からもお呼びが掛かるようになった。

最初に手を挙げたのは「ホラーレストラン シャラクサ亭」と「ごくつぶし怪奇食堂 」を経営する、徳野 与太郎であった。与太郎の店は二つとも、ボロボロの廃墟のような作りが売りものなので、東ドイツの女秘密工作員とFBIの捜査官が、蜘蛛の巣だらけの廃墟の中でピストルを撃ち合った。すると突然柱が倒れてきた。

鍛えられた女工作員はそのすきに逃げようとした。それでも捜査官は一発ピストルを撃った。だが弾が切れていて、カチッという音がしただけだった。そこに今度は2本目の柱が倒れてきた。工作員と捜査官は柱の下敷きになって華々しく最後を遂げた、という満腹亭のおばさんの作品にぴったりであった。


これをきっかけに、エリカとサワムラは独立して、「有限会社 エリカとサワムラ」を立ち上げた。同時にBAR楡も「 株式会社 ニレ」という会社組織にして「有限会社 エリカとサワムラ」を子会社とした。


「有限会社エリカとサワムラ」の代表取締役には絵理香、専務取締役には沢村が就任した。

「株式会社 ニレ」の代表取締役には、美紗希になってもらうことにした。

すると美紗希はすっかり機嫌がよくなって、「私は最初からこうなると思ってたわ、

チャイニーズドレスを着たくないと言ったのも作戦よ」と言った、

 

汐未は専務に就くことを打診されたけど断って、何の権限もない、ただのご意見番に収まった。ともかく末広町の灯を守る、という目的は達成された。

だがまだ安心はできない、何が起きるか分からないのが世の中というものだ。

あの汐未でさえ告白されたのだから、世の中とは摩訶不思議なものである。

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