第39話 西風計画とノースビアーズ Ⅰ Ⅱ Ⅲ

 麟の目では札幌進出を西風計画と呼んでいた。札幌の繁華街すすき野の一角、南4条では西風計画の1号店、クラブエスカイアの新築工事が進められていた。

ここには昭和30年ころまで、北斗麦酒園というビヤホールがあった。

終戦後しばらく北斗麦酒園は、進駐軍の隊員を主な客としていた。


 クラブエスカイアの店長になったのは、麟の目の専務の八重樫という人で、八重樫は20代のころ、北斗麦酒園でウエイターをしていた。北斗麦酒園には常に、進駐軍の隊員を相手にする女が5~6人たむろしていた。

 あるとき、女の一人が顔に痣を作って帰ってきた。女は「身長が2メートル近くある黒人の大男が私を殴りつけ、金も払わずに逃げたのよ」と言った。八重樫はすすき野中を探し回り、ついに犯人を探し出し殴りあった末、自分は大怪我しながらも金を払わせた。この伝説がまだ生きていて、元北斗麦酒園のオーナーの子息が、クラブエスカイアの建設用地を探していた八重樫に、比較的安く土地を提供してくれた。


 釧路では豪華大型キャバレーとして名を馳せる麟の目も、すすき野では新参者である。西風計画に八重樫は恰好な人材であった。

 八重樫以下のホールマネージャーには釧路から、高井と健治が派遣された。

 他に必要なマネージャー2名とボーイ15名、調理師2名とホステス300名は、札幌で募集することとなった。


 マネージャーの2名と調理師は、札幌と東京のホテル経験者の採用が決まった。

 ボーイの15名も、新聞と求人誌を見た人たちから応募があリ、予定通リ確保できる見通しが立った。

 問題はホステスである。札幌は道内各地から人が集まっていて、ホステス経験者もいれば、未経験でも希望者は多そうに見える。だが現実に300名集めるのは容易ではない。釧路にアカネが出店した時も、150名集めるのに四苦八苦していた。

 そこで、業界初の試みとして、HBC北海道放送とSTV札幌テレビ放送で、全道向けに、ホステス募集と、新規出店の広告をだすこととなった。


 テレビの効果と八重樫の伝説が合いまって、予定の300名を超え、400名以上の応募があった。

 健治は厳選して400名の採用することにした。

 札幌ではカイヤルグループのキャバレーアカネが200名だったので、クラブエスカイアの400名とは、釧路の麟の目の300名と、姉妹店で1位、2位を競うこととなった。

 因みに火災で閉店した赤坂のニューラテンクオーターが100名だったので、札幌と釧路のキャバレーの規模がいかに大きかったかが分かる。

 参考までに言えば、釧路のキャバレー 、ニュー東宝は250名である。


 ホステスは確保することができた。だがもう一つ、専属バンドが決まっていなかった。

 キャバレーにとってブラスのフルバンドは。欠かせないものである。

 麟の目は15名の品川明とクールスターズと、フイッシャーズの2バンド体制である。

 クラブ エスカイアにも二つ以上のバンドが必要であった。

 健治は洋子とフイッシャーズに、札幌に来るように要請した。だが麟の目の店長の窪田は、洋子とフイッシャーズを手放そうとはしなかった。


 なにしろ、景気が落ちかかっている釧路のキャバレーで、フイッシャーズと洋子の歌は、客を呼べる切り札になっていた。

 洋子自身は㋖北村の人員整理によって、昼の仕事がなくなったので、札幌行きには乗り気であった。

 そこで麟の目の店長の窪田と、クラブエスカイアの店長の八重樫の話し合いの結果、フイッシャーズの5人は釧路に置いといて、洋子だけは隔週で、釧路と札幌を往復することとなった。


 だがバンドの方は中々見つからなかった。そんなとき、フイッシャーズのリーダー、室井の母校、札幌音大の器楽演奏科の50名の学生が健治を訪ねて来て、「先輩の室井さんに聞いてきました。僕たちにオーデションを受けさせて下さい」と言った。


 早速、工事中のクラブエスカイアのステージで、演奏してもらうこととなった。

 札幌音大の器楽演奏科はバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの弦楽器と、オーボエ、クラリネット、ファゴット、フルートの木管楽器と、トランペット、トロンボーン、ホルン、チユーバの金管楽器による、管弦楽の演奏が中心である。


 それとハープの人と、打楽器の人がいて「ハープとティンパニーは大きくて持ってこれませんでした。今日はハープとティンパニーの要らない曲を演奏します」と言って、ジョージ・ガーシュインの「パリのアメリカ人」と、マスカーニの「カバレリア ルスティカーナの間奏曲」を演奏した。


 麟の目のステージで洋子の歌を聞いていた八重樫は、この管弦楽オーケストラに、洋子の歌を乗せたら、どれほど素晴らしいステージになるかと、思った。

 しかも約50人のオーケストラは、三つのチームに分けても演奏でき、三交代で6時の開店から11時の閉店まで、休まずに演奏することができる。

 仮に1チームが休んでも、穴をあけることはない。

 三つのバンドは北斗麦酒園に因み、ノースビアーズⅠ、ノースビアーズⅡ、ノースビアーズⅢ、と名付けられ、専属契約をすることとなった。


 翌日引田天祐というマジシャンが「麟の目が札幌に進出するという噂を聞いて、東京からやって来ました。僕のテーブルマジックを見て下さい」と言った。

 店長の八重樫と向き合って座った引田天祐は「これがテーブルマジックです」と言って、テーブルの上に10円硬貨を置き、その上に黒いハンカチを被せたグラスを置いて、左右にカチャカチャ振ると、徐々に、硬貨の音はガジャガジャと複数個の硬貨の音になり開けて見ると、グラスの中の10円硬貨が100円硬貨10個に変わっていた。「僕は毎日、これを10回やって、一万円稼いでいます。店長さんも稼ぎませんか、さっき僕がやったのと同じことをして下さい」と言った。


 八重樫は500円硬貨をテーブルに置き、言われた通リグラスにハンカチを被せ、硬貨を覆って左右に動かすと、1個の硬貨が本当に音がガジャガジャと、複数個の硬貨の音に変わった。

「では開けてみて下さい」と天祐がいうと、500円硬貨は1円硬貨10個に変わっていた。「店長さん、あんた欲が深い人だね、だからこういうことになるんだよ」と天祐に言われた。


 この天祐というマジシャンがいれば、ショーとダンスに加え、テーブルマジックがある、新しいキャバレーができそうであった。

 クラブ エスカイアは引田天祐と専属契約をすることとなった。


翌日から札幌中央体育館を借り切って、ノースビアーズⅠ、Ⅱ、Ⅲをバックにして新人ホステスたちに、ズンタッタ、ズンタッタと、健治のダンス指導が始まった。 



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