第23話 裁判のクソ芝居
暮れも押し迫ったある日の正午ごろ、末広ホールというパチンコ店の景品交換所で、現金百万円が盗まれる強盗事件が発生した。店番をしていたのは酒井紀子
という30歳の女性で口にガムテープが貼られ、両手はロープで縛られていた。
他に29歳の佐藤明子という女がいたが、事件は佐藤明子が弁当屋にいた時に起きた。弁当屋の証言により、佐藤明子のアリバイは証明された。
酒井紀子の証言によると、佐藤明子が弁当を買いに店を出た直後に、どこかに潜んでいた男が交換所の中に押し入り、窓口下に置いてあった現金入りのバッグを奪って逃走した。
バッグに現金を入れてあったのは何か事件が起きた時、被害を最小限に留めるための予防措置で、奥にある大型金庫の二千万円は無事であった。
この景品交換所はオデオン座という映画館と、1階がセコンドという喫茶店で、2階から上は女性専用のマンションの建物の間の細い路地にあり、その先にキャバレー麟の目の通用口があった。
釧路警察署の捜査本部は目撃者を捜したが、有力な情報は得られなかった。
年が明け捜査本部は、パチンコ店に入り浸っている者たちを調べ始めた。
最初に疑われたのは定職を持たないのに綺麗な身なりをして週一度、ホテルに泊まる沢村であった。
刑事が沢村を尾行すると、沢村は喫茶店セコンドに入っていった
沢村が座った席に男が寄ってきて密談を始めた。
この二人が犯人に間違いないと、目星をつけて、先ず沢村を任意で事情聴取することにした。すると沢村は、「おめえら麟の目に行ったことがないのか、あそこの2階のトイレから景品交換所が丸見えだ、あそこで張り込んでたら、味を占めた犯人が来るのが分かると思うけどな」と言った後「俺が知ってるヤツかも知んねえな、もしそうだったらよ、犯人を教えてやってもいいけどな」と、薬指のない手の親指と人差し指で丸を作って見せた。
「バッカ野郎」と、いいつつも捜査本部は沢村のいう通リ刑事二人で、麟の目のトイレから景品交換所を見張った。
すると、佐藤明子がどこかへ出かけるのが見えた。
その様子を物陰からじっと見つめる男がいた。「沢村だ!ヤツをしょっ引け」と、
二人の刑事は逃げようとしていた沢村を取り押さえた。
景品交換所の中に入ると、前回と全くおなじ手口であった。酒井紀子は口をガムテープで塞がれ、両手はロープで縛られていた。
取り調べ中沢村は「俺はやってねえ」を繰り返すだけで、犯行を否認した。
しかし、酒井紀子は「私を縛ってバッグを奪ったのはこの男です」と証言し、沢村は逮捕され1週間後書類送検された。
検察官に沢村は「俺の弁護にはこいつを頼む」と国選を断り、高弁こと高橋弁護士を指定した。
裁判の日の検察と高弁のやり取りは次のようなものであった。
* 検察官「末広ホールの景品交換所で100万円を強奪した容疑で、被告に懲役3年
を求刑します」
* 高弁 「麟の目のトイレには何人の刑事がいましたか」
* 検察官 「二人いました」
* 高弁 「それでは、現場の前には何人いましたか」
* 検察官 「現場にはいませんでした」
* 高弁 「麟の目のトイレから、現場に駆け付けるまで何分かかりましたか」
* 検察官 「そうですね大体2~3分くらいかと思います」
* 高弁 「裁判長、聞きましたか、二人の刑事は銀の目のトイレから、現場に着
くまで、2~3分かかったと言っています。私も銀の目に行ってみました。
するとあの店の中は迷路のような造りで、トイレを出て、現場にたどり
着まで5分かかりました5分あれば犯人が逃げるのに十分です」
* 裁判長 「被告側の言い分を認めます。原告は尋問を続けて下さい」
* 検察官 「他に犯人がいたという証拠がありません」
* 高弁 「犯人が逃げたという証拠もありません。内部にいたと考えられま
す」
* 裁判長 「原告は内部の犯行を疑わなかったのですか」
* 検察官 「必要ないと判断しました」
*裁判長 「それでは十分な捜査をしなかったと、認めるのですか」
検察官は高弁の主張を認めざるを得なかった
* 検察官 「はい認めます」
* 裁判長 「被告の主張を認めます。本法廷は被告を無罪といたします」
裁判の結果、面目丸つぶれとなった検察官は、釧路警察署の捜査本部長を呼びつけて「てめえら、俺に恥をかかせやがって、全員首にしてやるからな!」と、ゆでダコのようになって怒鳴りまくった。
恐れを成した捜査本部長は二人の刑事を呼びつけて、「おめえら、景品交換所にいた女どもを調べたのか、もう一回調べて来い!」と怒鳴りまくった。
二人の刑事は真っ青になって、景品交換所に行った。すると女二人は、なにやらごそごそと、乳を揉み合っていた。
この二人は7年前、旭跨線橋の上で大事故を起こし、㋥佐々木のの湯山甚弥に罪をなすり付けた、レズの女たちであった。
もちろん強盗も狂言で、佐藤明子が酒井紀子を縛り、弁当を買っている間に盗まれたと、嘘の通報をしたのであった。盗んだ現金は女性専用のマンションに隠されていた。
☆☆☆
「先生、本当は俺を務所に入れようとしたんじゃねえのか」
「よく分かったな、俺は裁判の練習にお前を利用しただけだ。失敗したってお前が務所に行くだけで、俺は痛くも痒くもねえ、あんなくそ芝居に付き合ってくれて、ありがとな」
「あんたみたいな悪いヤツを見たのは初めてだ。これからもいろんな悪いことをするすんだろ、俺はもうこりごりだ」
「そうかな、また何か一緒にやりそうな気がするけどな」
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