第22話 チャラリンコ3号店

 高弁は今でこそ弁護士の肩書を利用する悪徳弁護士であるが、かっては将来を嘱望された有能な人物であった。

 中央大学法学部を卒業後、弁護士の資格を取ると、郷里の札幌に帰り、新札樽法律事務所に入所した。


 新札樽法律事務所には先輩弁護士が3人いて、それぞれ、漁業関連企業、農業関連企業、医療関連団体など、中小企業の顧問契約が中心であった。高弁は彼らのアシスタントで、勉強を重ねながらも、自身にも契約先の確保を求められた。

 しかし、高弁は性格的に内気で積極性に欠ける部分があり、事務所が求める仕事に就くことができないでいた。


 李 基哲が現れたのはそんな時だった。李は中古パチンコ台の販売を生業としていた。

 都会のパチンコ店が新装オープンすると、大量の中古パチンコ台が発生する。その多くは地方都市に回され、再利用される。その台はさらに地方へと回り、寿命が尽きるまで3度、4度と活用される。


 李は廃棄寸前のパチンコ台を買いたたき、ただ同然で手に入れていた。

 李がパチンコ台を売る相手は主に、温泉街の旅館であった。


 温泉旅館の遊戯施設には、卓球台と、子ども向けのゲーム器具と並んでパチンコ台は、必ずといっていいほど備えられている。賭けの対象とはならず、子どもでも遊べる温泉旅館のパチンコ台に、最新型の台は不要である。


 李は札幌とか旭川などで中古パチンコ台をかき集め、トラックに積んで全道の温泉街の旅館を回っていた。李は才覚のある男で、自からパチンコ店を持つ計画を持っていた。

 そして第1号店として狙いを付けたのは、経営不振に陥っていた札幌郊外の、チャラリンコという店であった。


 そのころチャラリンコの店主夫婦は、子どもの取り違え事件により、2歳になるまで、他人の子どもを育てるという悲劇に見舞われていた。

 この時産院と両家との交渉に当たっていたのが高弁の先輩弁護士で、高弁はアシスタントをしていた。


 ところがパチンコ店夫婦が育てた子どもはダウン症であった。交渉は縺れに縺れ、

 生みの親の元に子どもが戻った時には4歳になっていた。その時にはチャラリンコは李 のものとなっており、元チャラリンコ夫婦は仕事もなく、実の親に馴染めない子どもを持つ家庭は、崩壊状態になっていた。結局二人は離婚して、子どもは妻の竹子が引き取ることとなった。しかし竹子は生活に困り途方に暮れた。


 竹子と子どもを哀れんだ高弁は竹子に、チャラリンコに住み込みで働くことを提案した。

 李としても、長年チャラリンコにいた竹子が店にいることは、心強かった。

 当時李は35歳、竹子は29歳で、李は独身であった。自然二人は男女の関係となった。


 しかし、4歳まで親と思っていた人と引き裂かれ、新しい父親という人が出来るという現実に、子どもの胸の奥の痛みは大人の想像を超えていた。その後1年経ったある日、凛々子はわずか5歳で、石狩川に身を投じた。


 竹子とて、子どもを失った悲しみは、自身の責任と相まって、重く心にのしかかった。この苦しみをもたらした、チャラリンコという店にさえ、憎しみを覚えた。

 その月をもって竹子は李と別れ、釧路の実家に帰ることにした。

 竹子の実家は不二洋服店といい、老いた父と弟の博隆がいた。母は竹子が札幌の大学にいたころに他界していた。

一つ違いの弟、博隆は専務となり、洋子という女性と結婚が決まっていた。


 釧路に帰っても、竹子のいる場所はなかった。竹子はアパートを借り、一人で暮らすことにした。


 李も苦しんでいた。思えば、竹子と凛々子と暮らした2年間、本当に自分は幸せだった。

 同情でもなく、金でもなく本当に愛していた。

 何でもして竹子を助け、璃々子の霊を慰めたいと思った。


「李さん、まだ籍は抜けてないですよね、離れていても夫婦だと思います。李さんは札幌で働いて、竹子さんを支えて下さい」と高弁は言った。


 李は思った、俺と竹子の絆は切れてはいない、二人が出会ったパチンコ屋こそ俺たちの終の棲家だと思った。もう一度チャラリンコを作り、竹子と直そうと心に決めた。半年後、チャラリンコ2号店がススキ野にオープンした。


 2号店は連日満員の盛況であった。李は竹子を呼び戻そうと思い釧路に行った。だがその時、不二洋服店は経営の危機に陥っていて、竹子もそこにはいなかった。

不二洋服店は先代社長が亡くなって、専務だった博隆が社長となったが、新社長も病に臥せていて、洋子が必死になってがんばっているが、先行きは思わしくないようであった。

李は札幌のチャラリンコを売り、不二洋服店の負債を肩代わりすることにした。


 高弁は新札樽法律事務所を辞め、釧路に行くことにした。札幌時代は自分の内気で消極的な性格の結果、実績を上げることもできずにいたが、新しい地でならやり直しもできそうな気がした。高弁は自分だけの釧北法律事務所を設立した。


事務所を立ち上げると早速仕事が舞い込んだ。しかも殺人事件の犯人の弁護である。実際は国選でしかも状況から見て、勝てる見込みは絶対にない事件だった。

だから他に引き受ける事務所がなくて、押し付けられたのであった。

だが初めての刑事事件である。自分を改革するのにはぴったりの仕事であった。

武者震いするのを覚えた。


犯人は沼倉という男であった。接見した時沼倉は、「もういいんです」というだけであった。

公判の時も沼倉の態度は変わらなかった。高弁の期待も空しく、情状酌量の余地はなくなった。

沼倉は懲役15年の刑に処せられ、高弁の始めての刑事事件は失敗に終わった。

 空しい気持ちになった高弁は気晴らしに、キャバレー「ニュー東宝」に行ってみた。

 ニュー東宝はパーッと気持ちが晴れるような、爽やかな空気が溢れていた。

 フロアで踊る男女の顔は、どれも輝いていた。席に案内されると汐未というホステスが付いた。


 汐未と会った時高弁は、過去に経験したことがない衝撃を受けた。

「私さ、15の時に男にキン〇マを突っ込まれちゃって、妊娠しちゃってさ、仕返しにあいつのキン〇マに爪楊枝を突き刺しちゃったら、女みたいに泣きやがって、『いい気味だ』って言ったらなんて言ったと思う。あいつはね『お母さんに言ってやる』って言ったんだよ。そこでもう一回言ってやったよ、『お袋と一発やればいいだろ』ってね」


 多分この感情は誰でも、一度は言ってみたいと思ってることではないだろうか。

 だが言わない人はただ理性というガードに隠れて、自分を守っているのに過ぎないのだと思った。


 キン○マに爪楊枝を突き刺すなど、明らかに犯罪である。だが法廷ではそれが事実でも、裁判官も弁護士もなどキン〇マとは表現しない。それは自分を常識人と見せるための、防御だからだ。

 高弁はこの人がいうことなら、例え社会通念に反しても、やった方が正しいのだと思った。


 カリズマとはこういう人のことを言うのだろう。とにかく言うことうを聞いてしまいたくなるのだ。自分から屈してしまいたくなるのだ。


 ある日、街のダニみたいな男と知り合いになった。今までなら顔を背けていたタイプの男であった。だが汐未と出会ってから、それも普通に思えるようになった。


 その男は沢村といい、高弁が指示した通リ、いとも簡単に当り屋を演じた。

 もちろんこれは犯罪である。だが騙されるヤツはいずれ、もっとデカイことで騙されて、もっともっと泣きを見るに違いない。

 昔、誰かが言っていた「強い者が正しい。勝ったものが正しい」と。


 自分は過去に弁護士として、法を守ることが正しいと思っていた、だがそれは間違いで、勝った者が正しいのだ、と思うようになった。










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