第20話 お宮参りとお墓参り
美津子はあんなに優しかった滝沢がまさか、自分を利用していたとは俄には信じられなかった。
「里奈は高弁さんが言ってたことを知ってたの」
「私も初めて聞いたわ、滝沢先生はいい人だったもの」
里奈もやはり滝沢のことを信じていた。だが高弁にも汐未という人にも、嘘は感じられなかった。
「ねえ美津子、菊池さんさんに聞いてみない、あの人なら知ってると思うわ」
「菊池さんって誰なの」
「美津子は菊池さんに会ったことがないの」
「始めて聞いたわ」
「㋥佐々木の湯山さんは知ってるでしょ」
「知ってるわ、帯広で滝沢先生と会ったとき、湯山さんも一緒にいたから」
「あ、そうか、美津子は菊池さんを通さずに、直接滝沢先生と会ったのね」
「え、?私だけなの」
「そうよ、子鶴にいる人は皆んな菊池さんを通して、滝沢先生の面接を受けてるのよ」
「へーえ、そうなんだ、でも、菊池さんは滝沢先生と親しいんでしょ。本当のことを話してくれるのかな」
「分かんないわ、でもね、私気が付いたことがあるのよ」
「聞きたいわ、言ってみて」
「湯山さんは私がBAR ラタンにいたとき、『子鶴に勤めてみないか』って言ってくれたのね、その時『菊池っていう婆さんに話しておくよ』って言ったのね、でも行ってみるとお婆さんでなくて若い人だったのね、それで湯山さんに聞いたら『滝沢さんは他の人に頼めないことをあの人にさせてるんだ』っていったのよ』「他の人に頼めないことって何だと思う?』
「分かんないわ」
「それでね考えたら、子鶴にに○○さんていう与党の偉い人が来たことがあって『菊池さんに教えてもらってね、これからいいとこへ行ってくるよ』って言ったから『いいとこってどこのことですか』って聞いたら『合言葉を使わないと入れてくれないとこだ』と言ったのよ」
「合言葉があるの?、きっと凄い秘密があるんでしょうね」
「そうだと思うわ、だからね、そんな秘密を任せられる人って、よほど信頼してるか、あるいは絶対に言うことを聞かなきゃならない、何かを握られてるんじゃないかと、思ったのよ」
美津子は里奈の話を聞いて、自分もそうであったことに気付いた。
殺人犯と付き合って、共犯の容疑者という汚名を着せられた自分を操って、情報を収集させていたのと同じように、滝沢は菊池順子にも何か、弱みを握っているのではないだろうか。美津子がそんなことを考えていると、
「あ、分かった!と里奈は急に大きな声をあげた。
「あのね、湯山さんが菊池さんを『婆さん』と言ったのは本当は『やり手婆ばあ』と言いたかったのよ。『やり手婆ばあ』の意味は知ってるでしょ」
「知ってるわ。売春宿で客を女に引き合わせる人ね」
「美津子って、案外はっきり言うんだね」
「汐未さんに習ったのよ、あの人にはまだまだ、遠く及ばないけど」
「美津子、今度、高弁さんに汐未さんの店に連れてって貰おうか、そして今考えたことを聞いてみない」
「でも、ニュー東宝ってホステスがいる店でしょ、女の私たちが行ってもいいの」
「大丈夫よ、そういうのを業界用語で『お宮参り』というのよ」
「へーえ、ちゃんと名前があるんだ、じゃあゲイバー行く時は何て言うの」
「そういう時は『お墓参り』というのよ」
☆☆☆
㋥佐々木で事務員をしている菊池順子という人は、子鶴ママの星園学院高校時代の先輩で、父は菊池徳一といい、山兼丸という漁船のボーシン(漁労長)をしていた。
約20年前、徳一が乗った山兼丸が引き揚げた網に、浮遊物体が絡みつき、外そうとした漁船員が海に投げ出される事故があった。
氷点下の気温の中で救出は難航し、漁船員が引き上げられた時にはすでに息がなかった。
山兼丸は帰港して葬儀がおこなわれ、遺骨は家族に引き渡された。
だが、山兼丸はその後も出航を停止され、泊まったままの山兼丸は、動かずに維持費のみ掛かる金食い虫となった。借入金の返済もままならず、多額の負債を抱えて山兼丸は倒産に至った。
事故の責任は社長で船長の山下兼也と、漁労長の徳一がとることとなり、徳一は多額の借金を抱えることとなった。
そのころ菊池順子は釧路学芸大学の3年生で、就活中であった。
ところが父の借金と海難事故の噂で、卒業もおぼつかない状態となった。
そこに現れたのが道漁連(北海道漁業組合連合会の)の幹事の滝沢であった。
滝沢は札幌の本部に席があったが、漁連の仕事の中心は釧路にあり、滝沢は釧路に居を構えて愛人を住まわしていた。愛人との間に生まれた子は千鶴といい、釧路教育大学の学生であった。
滝沢は立場を利用して、菊池徳一をある水産加工の事務職を斡旋すると同時に、順子が卒業するまで資金援助をした。
借りをつくることとなった順子は滝沢の操るままに、㋥佐々木の事務員となった。
滝沢と㋥佐々木は利用し合う部分があり、互いにメリットがあった。
3年後、滝沢は漁業関係の票を集め、与党の衆議院議員となった。翌年、釧路教育大学を卒業した千鶴は滝沢が作ったクラブ子鶴のママとなった。
滝沢は与党の有力議員をクラブ子鶴に接待し、さらに千鶴も知らない秘密の場所を作り、菊池順子は「菊池の婆さん」と呼ばれるようになった。
結果、滝沢は2期目、3期目と、連続当選し、北海道開発庁長官となった。
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