第13話 質草の時計と呉服屋の風呂敷
くしろナイトタイム情報の添田はキャバレーニュー東宝の物陰で、獲物を探していた。11時の閉店直前一人の男が店を出てきた。見送りに出てきたホステスと少し話した後、タクシーに乗った。あの男は市議会議員で田中呉服店の親父、田中一郎だ。添田は田中一郎に金の匂いを感じた。あと10分もすればあのホステスが帰る時だ、ホステスは田中が待つホテルに行くに違いない。長年の暴露記事で培われた添田の感は、男と女の関係に敏感に反応した。
添田の感は当たった、私服に着替えたホステスが通用口を出て、リバーサイドホテルの方に向かっていた。添田はそーっとあとをつけた。
「ん?見失ったかな、女がいない」
「添田さん、私を探してるの?」と後ろの方から声がした。
「誰かと間違えてんじゃねえか、俺は添田なんてヤツは知らねえな」と添田はしらばっくれた。
「添田さんを知らない人は潜りだよ。私は潜りじゃないからね」と女は添田を持ち上げると添田は「俺に何か用があるのか」と、自分が添田であることを認めた。
「私もね、添田さんにお願いしたいことがあったのよ、お礼はするからさ」と言って女は添田の手を取ってスカートの中に持って行った。
添田の指が下着の中の茂みに達したとき、「私のお願いを聞いてくれたらもっと湿らせてあげるわよ、ウフフ」と女は意味ありげに笑った。
「おめえ本気だな、よし聞いてみようか」と添田は女と一緒に喫茶店に入った。
女は「私は汐未っていうんだけどさ、田中と1年前から付きあってんのよ、だけど田中は私に自分の店の着物しかくれないのよ、それにね『あまり汚すなよ、洗えばもう1回売れるんだからな』って言うのよ」
「それなら貰ったんじゃなくて、借りてるだけじゃないか」
「そうよ、田中ってさ本当にケチなんだから」
「じゃあその着物はまだ持ってるんだな」
「悔しいからさ、袖も通さずに質に入れちゃったわよ、だけどよく考えたらさ、アイツの女房のとこに持って行けば、もっと高い値段で買い取らせれるじゃない。失敗しちゃったわよ」
「いくらで質に入れたんだ」
「50万円よ、だけどさ全部使っちゃってさ、なんにも残ってないわ」
「50万円とはいい値段だな、着物ってそんなに高いものなのか?」
「そうよ、その着物はね、田中呉服店では200万円で売ってるものなのよ。嘘だと思うならアイツの店に行ってみな、100万円以下の着物なんて1枚も売ってないわよ」
「じゃあ、50万円で質から出せば200万円で、田中の女房に売れるんだな」
「利息はちょっと取られるけどね、だけど質に入れてから一週間しか経っていないから、1割だわ」
添田は頭の中で、ソロバンを弾いた。
50万円に1割の利息をつけて質草を出して、田中呉服店に200万円で買い取らせれば、145万円の儲けになる。くしろナイトタイム情報に載せると脅かせば、200万円くらいは出すだろう。
来週は市議会議員選挙の投票日だ。投票日前に女問題が表にでれば、ヤツは困るはずだ、ちょっと脅かせば300万くらい取れそうだな。
たとえ半分しか取れなくても、汐未のあそこは湿らせる。
これをやらない馬鹿がどこにいる。
「汐未、俺がその50万円を出してやろうじゃないか、だけど利息の5万円はお前が出せよ、どうだこれでいいだろ」とわずか5万をケチった。
「しょうがないわね、5万円は私が出すわ。じゃあ今すぐ斎藤質店に行こうじゃない」
「ちょっと待て、50万と言うと大金だぞ。いつも持ち歩くわけがないだろ。
明日10時に50万円持って斎藤質店に行くから、お前もそこで待ってろ」
「いいわよ、待ってるわ、その後はリバーサイドホテルよ、忘れないでね」
☆☆☆☆
翌日10時、斎藤質店の前に添田が現れた。
「見てみろ50万円入ってるだろ、お前がここに預けた着物を出したらすぐに田中呉服店に行くからな、俺はここで待つから早く行ってこい」
「じゃあ行ってくるわね」
☆☆☆☆
「すみませーん」
「いらっしゃいませ」と店の奥から質店の親父が現れた。
「これで1万円貸してもらえないでしょうか」と汐未は腕から時計を外して質屋の親父に見せると「お客さん、この時計じゃせいぜい300円ですね。それでもいいですか」と言った。
「せめて、500円でもダメですか」と汐未は食い下がった。
「勘弁して下さい。うちも商売ですから」
「分かったわ、300円でいいわ、その代わり古新聞を少しいただけませんか」
「はあ?古新聞ですか…………いいですけど」と怪訝そうな顔をして、新聞を持ってきた。
「ありがとうございます、助かるわ」と汐未は言い、ハンドバッグから風呂敷を取り出して、くしゃくしゃにした新聞誌を包み「その時計を預けるのはやめとくわ、母の形見ですから」というと斎藤質店の親父は「はあ?この時計が形見ですか…………」と言い、汐未の顔を見ていた。
「添田さん貰って来たわよ、これよ」と新聞誌を包んだ風呂敷は、いかにも呉服屋の包のように見えた。
ニタッと笑う添田を釧路警察署の5人の刑事が取り囲み「添田だな、恐喝の容疑で逮捕する」と言った。後ろには赤色磴を点けたパトカーが止まっていた。
添田は恐喝の余罪が次々と発覚し、懲役10年の実刑判決を受けた。
田中呉服店の女将は「夫が店の商品を持ち出したことは1度もありません。浮気はただの一度もありません」と証言した。
ニュー東宝の社長は「私は田中一郎先生の後援会長なので、先生はよくお見えになります。汐未はうちのホステスですが、私生活に店は関与しません」と証言した。
田中一郎は市議会議員選挙でトップ当選を果たした。
汐未が預かった50万円は領収書も預り書もなく、証拠不十分で汐未のものとなった。
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