第12話 くしろナイトタイム情報 


「キャバレーというところは、夢を売る所です。ホステスは夢をお客さまにお届けする天使です。ケアマネージャーは天使に寄り添う女神です。女神は自分を犠牲にしてまでも、人のために尽くします。皆さんがケアマネージャーになった今日という日は、お客さまも、ホステスの皆さんも、人生最良の日と思って下さることでしょう」と高井は朝礼で、健治が書いた歯が浮くような名文句を並べ立てた。


☆☆☆☆


 今日はアカネのオープンの日である。店頭には花輪が飾られ、スーツにネクタイを締めた紳士たちが、店内に吸い込まれて行く。お馴染みのオープン風景である。

 店内ではホステスがマッチを灯して、ボーイを呼ぶ。松本たち10人のボーイたちは、せっせとビールを運ぶ。


「ざまあみろ健治のヤツめ、今ごろは悔しくてホステスをぶん殴ってるだろな、そうしたらアイツは訴えられて、刑務所行きだ、いい気味だ」と松本はほくそ笑んでいた。


 麟の目に北洋漁業から帰った伊藤和夫がやって来た。

「よう健治、お前俺が北洋に行ってる間に、マネージャーになったと聞いたぞ。

 凄い出世だな」

「それよりもどうしたんですか、スーツなんか着ちゃって」


「しょうがないだろ、アカネのオープンに呼ばれちゃってよ」

「和夫さんも呼ばれたんですか。それで、様子はどうでした」


「どうもこうもないだろ、招待客でいっぱいだからよ、10分で出ちゃったよ」

「それは大変でしたね、じゃ後は由香里さんお願いしますね」


「いらっしゃいませ、ウーさん、今日はどこの帰りなの」

「アカネに行ってきたんだけどよ、大変な目に合っちゃったよ」


「今日はアカネのオープンでしょ、めでたい日に何があったの」

「だからよ、客がいっぱい過ぎて、ビールも出てこなかったな、それに比べたらよ、お前んとこの女のボーイはテキパキとよくやってるな」


「女のボーイじゃなくて、ケアマネージャーっていうのよ」

「そんな変ちくりんな名前を付けなくたって、男でも女でもちゃんとやってくれたらよ、どっちでもいいんじゃないか」


 客がいう通り、ケアマネージャーたちはしっかりと、務めを果たしていた。

 ボーイと呼ばれている男の仕事くらい、女だってできるのだと、彼女たちが証明していた。

「ケアマネージャーという妙な呼び方も、ボーイという呼び方もなくたって、ウエイターと呼べば済むことで、健治が考案した妙な名前は1か月で廃止となった。

 ボーイ長という席も廃止となった。ただ急場をしのいだ功績で、健治は高井のサブから次席フロアマネージャーとなった。


 ☆☆☆


 オープンの日にごった返していたアカネも落ち着いてきて、150名でスタートしたホステスも予定通リ200名となり末広町の夜の城の一つとなった。


 ステージでは札幌出身の歌手、ポール梨木がラ・マラゲーニヤを歌っている。

 11時30分、ホステスの帰宅時間となった。歩いて帰る女、タクシーを捕まえる女、迎えの車を待つ女、さまざまだ。彼女らを電柱の陰でじっと待つ男がいた。

 今日のターゲットはBARナポリからアカネに移籍したホステスの恵梨香だ。

 恵梨香はナポリ時代から男好きと噂の女で、商店の旦那衆がよく狙われていた。


 恵梨香が店を出て来た。男は電柱の陰からそっと恵梨香のあとを追う。

 案の定、恵梨香は男と落ち合ってホテルに消えた。

 男は手帳を取り出してメモを取る。

 男は二つの名刺を持っている。一つは「東北海道商業界特報 主幹 添田誠」

 もう一つは「くしろナイトタイム情報 主幹 添田誠」


 建前はどちらも業界誌である。主幹とはいってもたった一人でなんでもこなす。

 週に一度、誰でも知ってる簡単な記事を書き、小さな広告を載せて購読者を募る。

 広告を出せば大袈裟な提灯記事を書く。広告を拒否すれば作り出してまで嘘の記事を書く。典型的な悪徳業界誌である。


 今日添田の毒牙にかかったのは、山田生花店の3代目の山田一郎であった。

 山田は広告の掲載を拒否した。すると翌週の東北海道商業界特報に、「山田生花店が売った花束で結婚式場が大騒動!」と大きな見出しの下に「山田生花店で買った花束に蜂がいて、花嫁の鼻を刺した。哀れ花嫁は赤鼻のトナカイのような鼻で初夜を迎えた」と書かれていた。

 山田一郎は広告掲載料50万円と、定期購読料を1年分、10万円を支払った。


 翌日のターゲットは明美であった。明美は指名客を50人持つ、アカネのナンバーワンホステスである。

 明美が店を出て来た。添田があとを追う。明美は男と落ち合い、ホテルに入った。

 添田は手帳を取りだして、メモを取る。


 ☆☆☆☆


 アカネのボーイとなった松本は店長に呼ばれた。

 「俺が連れて来たボーイのおかげでアカネは繁盛してる。金一封でももらえるのかな」と、松本はニタニタした顔で店長の席に行った。すると店長は、


「松本お前な、昨日店が終わってから、明美とどこかへ行かなかったか」と言った。

「明美ちゃんとはどこにも行っていません」


「本当か」

「本当です」


「くどいようだがもう1回聞くぞ、本当に行ってないんだな」

「本当に行っていません」


「じゃあこれはなんだ」と店長は「くしろナイトタイム情報」を机の上に広げた。


 そこには、

「キャバレーアカネのボーイ長のM氏、自店のホステスと、堂々とラブホテルへ‼」

 と、ページの半分を占める、どでかい見出しが載っていた。


 お水界のしきたりとして、店の商品であるホステスに、店の男が手を付けることは、絶対に許されないことになっている。それは当然だろう。

 自分の目の前にいる女が、店の男のものだとしりながら、その女に高い指名料を払うだろうか。そんなおめでたい客がどこにいるだろう。

 ましてや明美はアカネのナンバーワンホステスである。1人で1日ん十万円も稼ぐホステスに手を付けるなど持っての他だ。


 アカネは添田に50万円払った。店長の逆鱗に触れた松本は、即刻、首になった。

 元を正せば健治を逆恨みして、麟の目を飛び出した挙句の果てがこれである。

 松本にとってキャバレーは、夢を売る所ではなかった。

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