第2話 リバーサイドホテル

「シュルシュルー…………ドッカ―ン」と、花火が上がる。「わー綺麗」と歓声があがる。港祭り、釧路川の畔は人であふれている。

「ねえ君、ちょっとお茶でも飲まない?」と古典的な口説き文句で女を誘う。

 港祭りの日はナンパの日でもある。10回に1回か、100回に1回か、ひょっとしたら、1000回やっても徒労に終わってしまうかもしれない。

非効率的なナンパを繰り返す男たちもやがて諦め、花火の会場釧路川をあとにして、末広町へと移動する。

末広町に最も人が集まるのが花火大会がある港祭りの日だ。


若者たちはディスコ「シャンデリー」へと流れる。

シャンデリーが満員となり、溢れた人たちは、喫茶店で語りあい、何かをするためにホテルへと向かう。


だが本当の大人はそんなつまらないことはしない。

値段はちょっと高いが大人の社交場はキャバレーと知っている。


今日もキャバレー「ニュー東宝」は大漁旗を掲げて帰港した船員で満席である。


「いらっしゃいませウーさん。何か月振りかしら」

「ちょっと遠洋漁業にいってたから6か月振りかな」

 陸にいても出られない、鉄格子のある部屋にいた人と違い、海から帰って来た人は懐にどっさりと札束を持っている。ホステスに人気があるのはこんな人たちだ。


 だが55番テーブルに案内されたぽってりとした男はどうみても船員ではない。

 あの栄養の良い体で狭い船内を動き回ったら、他の船員の迷惑だ。


「あの男だ」汐未は確信した。厚岸の国鉄官舎にいた男だ。同級生の上村仁の兄、忠にまちがいない。

 忠が麻雀仲間の金沢壮一に「あの女は小料理屋の女将の娘を妊ませた男の娘だ」と告げ口をしたばっかりに、自分は金沢壮一に強姦された。許さん!


汐未(敏江)はフロアマネージャーに頼み、ぽってりした男の席に付かせてもらった。

 汐未は燐寸を擦ってボーイを呼んだ。注文伝票にフルーツセットと書き、ボーイに渡した。


 バナナが乗った皿を客の前に置き、果物ナイフとフォークを横に添えた。

 ナイフを見た客は自分のあれを切られるとでも思ったのだろうか、ガタガタと震え出した。

フルーツを切るだけの刃が無いナイフを見ただけで震えるとは情けない男だと思った。

「ダンスはいかがですか」と誘うと声は出さず、顔を横に振った。こんな情けない男なんて、もう許してやってもいいかなとも思った。

だが気持ちではゆるしても、金沢壮一に犯されたあそこが許さないと言っていた。


 忠がこの場所にいることを苦痛に感じているのはあきらかだ。

「お供(タクシー)を呼びましょうか」と聞いてみると、「ウン」と、うなずいた。

 フロアマネージャーに「店外指名1時間です」と伝え、客からサインを貰う伝票を受け取った。伝票には1と書いてある。1時間はどへでも好きなところに行ける。

忠をタクシーに押し込み、汐未(敏江)も乗り「浦見町の東映ホテルまで」とドライバーに伝えた。


普通なら女が「ホテルまで」と言ったら、男は小躍りして喜ぶに違いない。

だが東映ホテルと聞いても忠は項垂れたままだ。タクシーを降り、部屋に入るか、BARにするか少し考えた。本当はホテルでなくてもどこでも良かった。

どこか静かなところへ行き、忠に謝ませればそれでよかった。


東映ホテルにはボーリング場があった。

「キャキーン」とピンが跳ねる気持ちい良い音が聞えてきた。

敏江の足はホテル内のボーリング場の受付に向かっていた。


部屋ではなくボーリング場だったので安心したのだろうか、忠は幾分落ち着いたように見えた。「何ポンドがいいの」と聞いてみた、すると「250番です」と、間抜けな答えが返ってきた。どうやらた忠はこのボーリング場の会員で、会員№が250番らしい。とすれば最近入会したことになる。


 ボーリングの経験はあまりなさそうだ。忠の手をみると、体と同じでふっくらとした栄養がよさそうな指であった。「穴は小さい方がいいでしょ」というと、「ハイ小柄で穴は小さい方が好みです」と言った。「ばっか野郎」と言いたくなったがぐっとこらえ、希望通リ重さ11ポンドで穴が小さいボールを渡した。

 忠は窮屈そうに親指を入れた、残りの2本も何とか収まった。


「忠さんの番よ」と言うと、舌と同じくもつれた脚で動きだした。

 ところが、ボールが指から離れようとしない。振り出した腕の先にボールが付いたまま、体全体がワックスが効いたレーンの上を、3メートル程ピンに向かって滑って行った。

 うつ伏せになって止まった忠の手からボールが離れ、ピンに向かって転がった。

「キャキーン」と気持ちのいい音がして、スコアボードにストライクが表示された。


忠のぽってりとした体が、フニャーっと空気が抜けた風船のように見えた。

リターンラックまで戻るとそのまま床に座りこんだ。


忠はぼやーッとした目で汐未を見ていた。まだ今何が起きたのか分かっていないような感じだった。そして「どうしてボーリング場に来たの?」と言った。

「ボーリングをする気なんかないわよ、本当はあんたの玉の上にこれを落としてやろうと思ったのよ」と、抱えていた15ポンドのボールを床に転がした。


忠はうなだれて「警察を呼んでくれ」と言った。

何を言うの、警察を呼びたいのはこっちの方だと、少しむかっとした。


すると忠は、「俺は受け持ちの生徒と付き合っていた。彼女が妊娠したことを知り、ホテルの部屋で話し合っているうちカッとなり、彼女を果物ナイフで刺した。俺は人を殺してしまった。自首する前にキャバレーを経験してみたかった」」と、項垂れた。


「女を刺したのはどこのホテルなの」と聞くと、「幣舞橋から見えるリバーサイドホテルです」と言った。

「警察官が忠をパトカーに乗せた後、バッグからフロアマネージャーに渡す店外指名伝票をとりだして、1を消して3と書いた。このまま店に提出すれば、店外指名料3万円が貰える。だが空しい気持ちは一層増した。


伝票に書いた3を消し、0と書いて破って捨てた。


 東映ホテルの窓から眺めると、リバーサイドホテルに向かう救急車の赤いランプが、霧にかすむ幣舞橋の上を走っていた。



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