末広町物語 霧の街エレジー

shinmi-kanna

第1話 東映ホテル 

 歌謡ショーが終わり、歌手がステージの袖に消えると次は、ダンスタイムとなる。ステージに残った専属バンドが奏でる切ないブルースに合わせ、チークダンスのカップルがフロアを埋めていく。


「おい明美、俺たちも踊ろうじゃないか」

「あらウーさん、曲はジルバに変ったわよ。大丈夫?」


「大丈夫だ。俺は何でもござれだ」

「へーえ、そうだったの。ウーさんはネットリとした、チークダンスだけかと思ってたわ」


「馬鹿にするな、こう見えても俺は、社交ダンスのジルバとタンゴの部で、入賞したことがあるんだぞ」

「そうなの、すごいわね。あ、ごめん。曲がまた変わったわ。これはツイストよ」


「ツイストはガキのダンスだ。ジルバがかかるまで待つことにするわ」

「じゃあ、その間にもう一本飲みましょうか」


「しょうがないな、ビールを頼む」

「オードブルもいいでしょ」


「お前は商売が上手いな」

「あら、うちのオードブルは食べたら病みつきになると評判よ」


明美はウーさんの注文を伝票に書き、マッチに火をつけて軽く揺すった。

それはキャバレーでホステスがボーイを呼ぶ合図である。


 45番テーブルでマッチの灯が灯った。

 ホステスの合図を見逃さず、健治がテーブルの横にひざまずき、伝票を受け取った。

 注文伝票には明美の社員コード2015、テーブルナンバー45、ビール2、OB1と書いてある。

 明美のお客さん、ウーさんのビール2本と、オードブルの注文だ。健治はプレートにビールを2本乗せて、45番テーブルに向かう。ステージではバンドマスター長谷部の指揮でツイストから、チークダンスの定番「暗い港のブルース」に替わっていた。


 柿崎健治がキャバレー「麟の目」のボーイになってから3年経った。

 健治が小学校6年生の春、健治の一家は道東地方の厚岸という町から、釧路に引っ越して来た。

 厚岸に住んでいたころの家は、厚岸湾に面する海岸のすぐ近くで、砂浜には昆布が干してあった。

「こら!そこのガキ、俺の昆布を踏みやがって、こんどここに入ったら、頭をぶん殴ってやるからな!」


 砂浜の管理者は国か、町か、道庁だろう。だが彼らは砂浜を断りもなしに、自分の土地であるかのように使っていた。

 厚岸という町は漁業が中心で、船を持つ漁師は概ね豊かな暮らしをしていた。

 彼らは漁がない季節には昆布を取り、年間を通して金が入る恵まれた人たちであった。健治の家とは大違いだ。


 健治の家族は漁業の町に住んでいるが、父の慎太郎は林業の会社に努めていた。

 だがそれも昔の話。今は伐採した木材を運ぶ会社で、人夫をやっている。

 林業の会社と言うのは三井物産の一部門で、健治の家族は三井物産の社宅に住み、それなりの暮らしをしていた。


 だが健治が3歳のとき、父慎太郎は行きつけの小料理屋の娘と関係を持った。

 小料理屋の女将、梅子は町の有力者、金沢泰造に相談した。金沢泰造は漁船を20隻持つ会社を経営していて、厚岸町議会議長でもあった。


 狭い田舎町で噂が広まるのは早い。「三井物産の社員が町議会議長の娘を妊娠させた」と、まるで殺人事件でも起きたような騒ぎとなった。


 慎太郎と妻の富美は畑として使っていた土地を売り、退職金と合わせた全額を金沢泰造の前に置き、疊に額を擦り付けて謝った。

 三井物産を退職した慎太郎は社宅からも追い出された。

 慎太郎は上司の計らいで、人夫の職を得たが、満足に飯も食えないほど、生活は困窮した。


 妻の富美は昼は水産工場で働き、夜はパラオと言うバーの皿洗いをして、寝る時間も惜しんで働いた。

 厚岸という町は海を挟んで、厚岸本町と真龍地区に分かれていて、国鉄根室本線の駅は真龍の側にあり、真龍駅はあるが厚岸と言う駅は、当時は存在しなかった。

 真龍駅の近くに国鉄の官舎があり、健治の同級生と姉、敏江の同級生がいた。

 健治の同級生も同じ健治と言う名前であった。


 敏江の同級生は上村仁と言い、仁の兄、忠は釧路教育大学の学生であった。

 釧路教育大学には金沢泰造の息子、壮一もいて、二人は麻雀仲間であった。


 敏江が中学2年生の時、金沢壮一が教育実習生として、敏江のいる真龍中学校にやって来た。

 壮一は「勉強を教えてやる」と言葉巧みに敏江を誘い出し、親父の会社の漁船の中で、泣きわめく敏江を強姦した。

 事が終わった後見下すように「お前の家はこれが欲しいんだろ」と言って千円札を1枚放り投げ、町議会議長の親父が不法に占拠して、干してある昆布を踏みつけ、ゆうゆうと去って行った。


 1年後、慎太郎は釧路の㋥佐々木という、不動産屋に就職することになった。

 ㋥佐々木は看板は不動産屋であるが、事業の大半は闇の高利貸しで、全身に刺青を彫った男たちがたむろする、お世辞にもまともとは言えない会社であった。

 慎太郎は川北町というところに古い木造住宅を借り、厚岸から家族を呼び寄せ、敏江は共栄中学校に、健治は共栄小学校に転校した。


 1年後敏江は共栄中学校を卒業し、釧路の繁華街、末広町の「ニュー東宝」というキャバレーに乗り込んで「18歳です」と年齢を偽ってホステスとなり、「汐未」と名乗ることとなった。


 3年後、健治は釧路共栄中学校を卒業し、末広町のキャバレー「麟の目」のボーイとなった。

 麟の目とニュー東宝はもし東京にあれば、赤坂のミカドやニューラテンクオーター以上ではないかと言われるほど、豪華なキャバレーであった。ホステスの人数だけでみれば、麟の目は300名、ニュー東宝は250名いて、どっちもニューラテンクオーターの2倍以上いる、日本最大級の豪華なキャバレーであった。

少年だった健治は「坊や」と呼ばれ、ホステスたちに可愛がられた。


 ある日、キャバレー「ニュー東宝」に、釧路星園学院高校の教師となった金沢壮一がやって来た。

 壮一は美しく変身した汐未(敏江)のことを、まるっきり覚えていなかった。

 中学生だった敏江を犯し。千円札をほうり投げ、屈辱的な言葉を浴びせた金沢壮一を、汐未が忘れるはずがない。


「ねえ、壮一さん、丘の上に東映ホテルが出来たでしょ、あそこから見る夜景はとっても綺麗なのよ。今日は壮一さんと一緒に見たいわ」と、壮一に誘いをかけた。

 東映ホテルは今年の春に浦見町の高台にオープンし、港が一望できるホテルとして人気が高かった。


「可愛い顔をして、お前はアレが好きな女だな」と言い、胸を触って来た。

 スカートに手を入れた時「そこから先は後でね」というと「ふっふっふ、今日は可愛がってやるぞ」と、まんまと乗って来た。


店が跳ね、東映ホテルの部屋に入ると壮一は、待ちきれないとばかりに汐未を抱きかかえ、ベッドの上に運ぶと、汐未の着衣をはぎ取って、いきなり汐未の秘部を撫ぜ回しだした。

あの時も同じだった。3年前壮一は、汐未の足を網で船にくくり付け、撫ぜ回した後、男根を侵入させた。あの屈辱を晴らすには、どんなことをやっても許される。

 そして壮一の男根が敏江の秘部に侵入しようとしたとき、壮一のあれを握りしめ、口に含むと見せかけて、「グサッ」と、楊枝を突き刺した。

「痛ぃてー!てめえ何をしやがるんだ!」と、壮一はベッドから転げ落ちた。


「あんたね、それくらい汲田病院に行って、赤チンをつけてもらったら、簡単に治るわよ。何なら私が電話したろうか!」

 壮一は痛みをこらえ、「汲田病院って何のことだ!」と汐未を睨み付けた。


「私はね、あんたの薄汚いあれを突っ込まれて、ガキが出来ちゃってね、厚岸の汲田病院で堕したんだよ。爪楊枝を抜いた穴にパチンコの玉でも、石ころでもいいから、詰め込んでおきなさいよ。

こぶが付いたあれを突っ込まれたら、あんたの女も『ヒィーヒィー』と、泣いて喜ぶと思うわよ。何ならもっと突き刺してやろうじゃない!」

 壮一はパンツをネオンのように赤く染め、夜霧にかすむ街に消えていった。













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