末広町物語 霧の街エレジー

shinmi-kanna

第1話 東映ホテル 

 ほの暗いキャバレーの店内でホステスが燐寸を灯してボーイを呼ぶ。

 注文伝票にはホステスの社員コード2015、テーブルナンバー45、ビール2と書いてある。

 明美を指名したお客さん、ウーさんのビール2本の注文だ。健治はプレートにビールを2本乗せて45番テーブルに向かう。ステージではバンドマスター長谷部の指揮で「暗い港のブルース」が流れている。フロアではチークダンスの影が揺れている。


 柿崎健治がキャバレー「麟の目」のボーイになってから3年経った。

 健治が小学校6年生の春、健治の一家は厚岸から釧路に引っ越して来た。

 厚岸に住んでいたころの家は厚岸湾に面する海岸のすぐ近くで、砂浜には昆布が干してあった。

「こら!そこのガキ、俺の昆布を踏みやがって、こんどここに入ったら、頭をぶん殴ってやるからな」


 砂浜の管理者は国か、町か、道庁だろう。だが彼らは砂浜を断りもなしに、自分の土地であるかのように使っていた。

 厚岸と言う町は漁業が中心で船を持つ漁師は、概ね豊かな暮らしをしていた。

 彼らは漁がない季節には昆布を取り、年間を通して金が入る恵まれた人たちであった。健治の家とは大違いだ。


 健治の家族は漁業の町に住んでいるが、父の慎太郎は林業の会社に努めていた。

 だがそれも昔の話。今は伐採した木材を運ぶ会社で、人夫をやっている。

 林業の会社と言うのは三井物産の一部門で、健治の家族は三井物産の社宅に住み、それなりの暮らしをしていた。


 だが健治が3歳のとき、父慎太郎は行きつけの小料理屋の娘と関係を持った。

 小料理屋の女将、梅子は町の有力者、金沢泰造に相談した。金沢泰造は漁船を20隻持つ会社を経営していて、厚岸町議会の議長でもあった。小料理屋の女将にはもう一人娘がいて、世間では二人とも金沢泰造の娘ではないかと言われていた。


 狭い田舎町で噂が広まるのは早い。「三井物産の社員が町議会議長の娘を妊娠させた」と、まるで殺人事件でも起きたような騒ぎとなった。


 慎太郎と妻の富美は畑として使っていた土地を売り、退職金と合わせた全額を金沢泰造の前に置き、疊に額を擦り付けて謝った。

 三井物産を退職した慎太郎は社宅からも追い出された。

 慎太郎は上司の計らいで、人夫の職を得たが、満足に飯も食えないほど、生活は困窮した。


 妻の富美は昼は水産工場で働き、夜はパラオと言うバーの皿洗いをして、寝る時間も惜しんで働いた。

 厚岸という町は海を挟んで、厚岸本町と真龍地区に分かれていて、国鉄の駅は真龍の側にあり、真龍駅はあるが厚岸と言う駅は当時は存在しなかった。

 真龍駅の近くに国鉄の官舎があり、健治の同級生と姉、敏江の同級生がいた。

 健治の同級生も同じ健治と言う名前であった。


 敏江の同級生は上村仁と言い、仁の兄、忠は釧路教育大学の学生であった。

 釧路教育大学には金沢泰造の息子、壮一もいて、二人は麻雀仲間であった。


 敏江が中学2年生の時、金沢壮一が教育実習生として、敏江のいる真龍中学校にやって来た。

 壮一は「勉強を教えてやる」と言葉巧みに敏江を誘い出し、親父の会社の漁船の中で「妹の仇だ」と言い、泣きわめく敏江を強姦した。

 事が終わった後見下すように「お前の家はこれが欲しいんだろ」と言って千円札を1枚放り投げ、町議会議長の親父が不法に占拠して、干してある昆布を踏みつけ、ゆうゆうと去って行った。


 1年後、慎太郎は釧路の㋥佐々木という不動産屋に就職することになった。

 ㋥佐々木は看板は不動産屋であるが、事業の大半は闇の高利貸しで、全身に刺青を彫った男たちがたむろする、お世辞にもまともとは言えない会社であった。

 慎太郎は川北町と言うところに古い木造住宅を借り、厚岸から家族を呼び寄せ、敏江は共栄中学校に、健治は共栄小学校に転校した。


 1年後敏江は共栄中学校を卒業し、釧路の繁華街、末広町の「ニュー東宝」というキャバレーで「汐未」という名のホステスとなった。


 3年後、健治は釧路共栄中学校を卒業し、末広町のキャバレー「麟の目」のボーイとなった。

 麟の目とニュー東宝はもし東京にあれば、赤坂のミカドやニューラテンクオーター以上ではないかと言われるほど、豪華なキャバレーであった。ホステスの人数だけでみれば、麟の目は300名、ニュー東宝は250名いて、どっちもニューラテンクオーターの2倍以上いて、日本最大級の豪華なキャバレーであった。

少年だった健治は「坊や」と呼ばれ、ホステスたちに可愛がられた。


 ある日、キャバレー「ニュー東宝」に、釧路星園学院高校の教師となった金沢壮一がやって来た。

 壮一は美しく変身した汐未(敏江)のことを、まるっきり覚えていなかった。

 中学生だった敏江を犯し。千円札をほうり投げ、屈辱的な言葉を浴びせた金沢壮一を、敏江が忘れるはずがない。


「ねえ、壮一さん、丘の上に東映ホテルが出来たでしょ、あそこから見る夜景はとっても綺麗なのよ。今日は壮一さんと一緒に見たいわ」と壮一に誘いをかけた。

 東映ホテルは今年の春に浦見町にオープンし、港が一望できるホテルとして人気が高かった。


「可愛い顔をして、お前はアレが好きな女だな」と言い、胸を触って来た。

 スカートに手を入れた時「そこから先は後でね」というと「ふっふっふ、今日は可愛がってやるぞ」と、まんまと乗って来た。


 ベッドの上で壮一の男魂が敏江の秘部に侵入しようとしたとき「痛ぃてー!てめえ何をしやがるんだ!」と壮一はベッドから転げ落ちた。


 壮一の男魂の先には爪楊枝が1本、しっかりと刺さっていた、


「あんたね、それくらい汲田病院に行ったら簡単に治るわよ。何なら私が電話したろうか!」

 壮一は痛みをこらえ、睨み付ける目で「汲田病院って何のことだ」と言った。


「私はね、あんたに犯されて出来ちゃった子どもを厚岸の汲田病院で中絶したのよ、爪楊枝を抜いた穴にパチンコの玉でも詰めたらいいじゃない。こぶが付いたあれを突っ込まれたら、あんたのあそこが臭い女も『ヒィーヒィー』と泣いて喜ぶと思うわよ。何なら三つくらい開けたろか!」


 壮一はパンツをネオンのように赤く染め、夜霧にかすむ街に消えていった。













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