第3話 コウタの話

 あの日、なぜエナがいなくなったのか。

 俺は知っていたんじゃないかと思うんだ。

 ただ、子供のころは自分が見たり聞いたりしたことの意味がわからなかった。

 そんな気がする。


 この話を誰かにするのは初めてだ。

 だから、あんたに俺の話を聞いて判断して欲しい。


※※※


 俺はあの日、エナがいるっていうことを知らなかった。

 エナがいるのを見たとき、嫌な気持ちになったよ。きっと大人に言うつもりで来たんだろうな、そう思ったんだ。

 親や先生に言ったら承知しないぞ。

 俺はエナにはっきりそう言ったよ。

 承知しないってどうするって言うの? あんたに何ができるの? 

 そう馬鹿にしたように言われて、頭にきたな。

 モモやK子も嫌そうな顔をしていた。

 一体、誰がエナを呼んだんだろうな。


 あの洞窟に行こうって言ったのは俺だ。

 志水の奴と、この場所ならではの何か凄いものはないかっていう話になって、その時につい言っちまったんだ。

 志水はすごい食いついてきて、それはぜひ見たいって言われたんだ。夏休みだったし、どんどん話が進んでその場で行くことになったんだよ。

 あの洞窟は、前にも事故があったとかで、大人は俺たちがあそこに行くことに凄く神経質になっていた。

 だから志水に言うつもりはなかったんだけど、話の流れでいつの間にかそうなっていたんだ。


 モモとK子を誘ったのは三郎か志水じゃないか。

 何だって女なんか誘うんだろうって思ったよ。

 思った通り、モモが騒ぎ出したしな。

 モモが地底湖までついてこなくてホッとしたよ。あの調子じゃあ何を言い出すかわからないからな。

 

 地底湖に行って、すぐに三郎たちが空き地に戻った。俺と志水は二人きりになった。

 志水は地底湖の周りを熱心に見ていたけれど、俺の隣りに来て言ったんだ。

 ここで人を殺したら、きっと誰にもバレないだろうな。

 俺は、まあそうだなって答えたよ。

 そうしたら志水がまた言ったんだ。

 洞窟の中には大人は入ってこられないから、言わば密室みたいなものだよな。

 俺はちょっと黙って志水の顔を見た。

 暗かったからよくわからなかったけれど、志水はニヤニヤ笑っているように見えた。

 志水は湖の中央を指さした。

 そこはちょうど光が当たって、渦がぐるぐる巻いている様子が見えた。

 あそこはちょっと周りよりも深くなっているから、ああやって渦が巻いているんだろう。あの下は、思ったよりも深い場所まで続いているのかもしれないな。

 あの渦に巻き込まれたら、きっと下まで吸い込まれて、どれだけ探してもみつからないよ。

 志水はそう言った。

 すごく楽しそうだった。

 昔は、そうやって都合の悪いものをここに捨てたのかもしれないな。

 都合の悪いもの?

 俺が聞くと、志水はまた笑った。


 死体とか、いなくなって欲しい奴とかさ。


 そのあと、志水はやたらこの場所で昔、事故があったんじゃないかとかいなくなった奴がいるんじゃないかとか聞いてきたよ。

 そりゃあるかもしれないが、一体、何だってそんなことを聞くんだよ?

 いなくなったと思った奴が、ここでまだ生きているかもしれないじゃないか。

 俺は、そんなわけないだろって返した。

 こんな場所に閉じ込められたら、すぐに死ぬよ。生きているなんてそんなわけがない。

 俺がそう言うと、志水は声を上げて笑った。

 凄く嫌な笑いかただったよ。

 俺はあいつのああいうところが心底嫌いだった。


 俺は凄く嫌な気持ちになっていた。……正直なことを言えば、志水と二人で地底湖にいることが怖くなっていた。

 三郎が戻ってきた時はホッとしたよ。

 すぐに外に出たくてサッサと歩き出した。

 三郎と志水もすぐに来ると思ったんだけど、やたらモタモタしていたな。

 俺は空き地でだいぶ待たされた。

 三郎と志水は話しながら来た、と言っていたけれど、そんなものじゃない長さに思えた。


 三人で入り口まで戻ると、モモとK子が騒いでいた。

 モモがおかしくなっていて、何かが見えるとか誰かいるとかしきりにそんなことをわめいていた。

 俺は、地底湖の志水との会話を思い出した。

 空き地にいた時も志水は、「モモは何を見たんだろうな」って言っていた。面白がるみたいな言い方だったよ。

 もしかしてモモは志水に言われて騒いでいるんじゃないか。

 俺は唐突にそう思った。

 それでモモに黙れって言ったんだ。

 K子がふて腐れたみたいに「怒鳴ったってしょうがないでしょ」って言うから、ああ、こいつもグルなんだと思ったよ。


 そこで、エナがいないことに気付いた。

 俺はエナは、三郎とずっと一緒にいたと思っていたから、三郎に聞いたんだ。

 エナはどうしたんだ、って。

 三郎は知らないって言うんだ。

 まったくエナに興味がないみたいな、他人事みたいな言い方だったよ。

 じゃあ、お前は一人であの暗い通路を、行ったり来たりしていたのか?

 これにもそうだと言うんだ。

 訳がわからなかったよ。

 つまり……そんな一人で何度も、あんな暗い場所を行き来するのは、凄く不自然に感じたんだ。

 俺はてっきり、三郎はエナに言われて、モモたちの様子を見に行ったんだと思っていたんだ。

 でも、三郎はそんなことをしつこく言う、俺のほうがおかしいみたいな顔になっていた。


 俺は今ではこう思うんだ。

 あの闇の中で、俺たちはみんな少しずつおかしくなっていて、その「おかしさ」がエナを消しちまったんじゃないかって。

 俺も三郎もモモもK子も、そしてたぶんエナもみんなちょっとおかしくされていたんだ。

 モモはあの後、完全におかしくなっちまったみたいだしな。

 あの時、モモに怒鳴ったのは悪いことをしたよ。

 

 俺たちをおかしくしたのは、志水なんじゃないか。

 そう思うんだ。

 俺たちはあの洞窟の中でおかしくなったけれど、志水は違う。

 初めからおかしかった。


 志水の奴は異常だった。

 あの時はわからなかったけれど……今ならそれがわかるんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る