第2話 K子の話

 私の名前はK子にして下さい。

 あの事件に関わっているって、知られたくないんです。

 もう誰か他の人に話を聞いたんですか? 

 三郎? 

 あの……。

 三郎の言うことは余り信じないで下さい。

 三郎は自分の頭の中にあることを本当のことみたいに話す時があるんです。

 わざとやっているのか、悪気はなくて適当なだけなのかはわからないけれど……昔から、困ることがよくありました。


 私の話を聞いてください。

 本当のことですから。


※※※


 あの日のことはよく覚えています。

 私はモモから誘われました。

 明日、コウタや三郎が地底湖のある洞窟に行くから一緒に行こうよ。

 そんな話だったと思います。

 正直、余り気が進まなかったんです。でもモモが余りに誘うので、一緒に行くことにしました。

 エナは……誰が誘ったんでしょうね。モモではないと思います。

 モモは、エナのことが余り好きではなかったです。


 エナの家は複雑で、お祖母さんと二人暮らしでした。

 村の大人たちは、エナの家のことを余りよく思っていませんでした。

 大人たちは、私たちに直接何か言うことはなかったけれど、そういうのって大人が思うよりも、子供って気付くんですよね。

 そういうこともあって、エナは「いい子」でいようとしていたんです。でもエナが頑張れば頑張るほど、私たちの中では煙たい存在になっていきました。


 志水は東京から来たから、そういうことはわからなかったし、気にしていなかったと思います。

 だから志水が、エナを誘ったんじゃないでしょうか。


 私とモモは洞窟に行くのは初めてでした。

 男の子たちはやたらはしゃいでいて、私たちのことなんて気にも止めていませんでした。

 モモはモモで、自分から行きたいって言ったのに文句ばかり言っていました。

 もう少し気を使ってもらえると思ったんでしょうね。

 寒いとか暗いとか服が汚れたとかそんなことばかり言うモモにも、私たちのことをまったく気に止めないコウタたちにも、うんざりしていました。

 だから、モモが地底湖には行かないと言い出した時は、ホッとしたんです。

 男の子たちとエナは地底湖に向かいました。


 広間は薄暗くて、隣りにいるモモの表情も、灯りがないとよくわからないくらいでした。

 そのうち、モモが変なことを言い出したんです。

 誰かが見ている。

 そんなことを。

 そんなはずないでしょ、って私は言いました。

 ここに来るまでも、ここから先も一本道なんだから。誰かいたら、コウタたちが気付くはずよ。

 

 モモは、私の話が聞こえていないみたいでした。立ち上がってグルリと辺りを見回したり、天井を見上げたりしました。

 誰?

 そう言っていました。

 誰かいるの? 誰なの?

 そう言いながら、モモはあちこち見ました。

 その様子が普通じゃないというか、何かに取り憑かれたみたいでした。

 モモは、そういう悪ふざけをするタイプじゃないんです。だから気味が悪かったです。

 薄暗い広間にいると、本当にモモが言うように誰か……というより、何かがいるんじゃないかという気がしました。


 モモはしばらくグルグル辺りを見ていましたが、そのうちピタリと止まりました。

 地底湖に続く通路のほうをジッと見ているんです。

 ねえ、誰? 誰かいるの?

 そう囁くみたいに言いました。

 どうしてそんなところにいるの?

 

 私はゾッとしました。

 

 そうわかったんです。

 

 モモが、突然すさまじい悲鳴を上げました。まるで凄く恐ろしいものに会って殺される寸前みたいな、そんな悲鳴です。

 闇から何かが飛び出てきてモモを襲ったんじゃないか。

 そんな風に見えました。

 実際に通路から飛び出して来たものがあったので、私も思わず叫びそうになりました。


 俺だよ、三郎だよ。

 

 その闇の塊がそう言うんです。

 私は叫ぶのを止めて、目の前の黒い塊を見ました。

 薄暗かったし洞窟の反響もあるので、その時は三郎ではないように思えました。

 別の人間ではないかと思ったんです。

 でも三郎自身が自分だった、って言うなら三郎だったんでしょうね。


 モモは完全に混乱していました。

 私もあの場所にはいたくない気持ちでいっぱいでした。

 かと言って、三郎と一緒に入り口まで戻る気にもなれませんでした。

 あの……誤解しないで欲しいんですけど……「あの時の三郎とは」っていう意味です。


 コウタと志水を呼んできてよ、私がモモを入り口まで連れていくから。

 三郎にはそう言いました。


 入り口まで行けばモモも落ち着くかと思いましたが、駄目でした。

 どんどん混乱していくんです。しきりに「エナが、エナが」って言っていました。


 私一人でもモモを何とか上まで引っ張りあげて、家に連れて帰ったほうがいいんじゃないか。

 そう思っていると、コウタと三郎、志水が空き地から戻ってきました。


 モモが騒ぐ様子を見て、コウタは驚いていました。

 いきなり私に向かって、「黙らせろ」みたいなことを言ってきたんです。

 コウタは自分の思い通りにならないことがあると、すぐに高圧的になります。

 黙らせろって言われても、すぐに黙らせられるわけないじゃないですか。

 私が言い返すと、コウタはカッとなったみたいでした。志水が止めてくれなかったら、殴られていたかもしれません。


 エナの話になったのはその時です。

 男の子たちが誰も知らないと言った時はびっくりしました。私はてっきり、エナは男の子たちと地底湖に行ったんだと思っていたんです。

 三郎なんて、エナは最初から私とモモと一緒に広間に残っていたんじゃないかなんて言い出す始末です。

 それで結局、エナは一人で家に帰ったんじゃないかということになりました。

 その時は、その場にいないエナのことよりも、おかしくなってしまっているモモをどうにかしないとという雰囲気のほうが強かったんです。

 後でエナがいなくなって騒ぎになったことを考えると変に聞こえるでしょうけど、その時の私の頭の中は、モモをどうにかして欲しい。

 その思いでいっぱいでした。


 モモを家に連れて帰った時は、本当にホッとしました。

 もちろん凄く怒られたけれど、やっと重い荷物を肩から下ろせたような、そんな感覚だったんです。


 モモとは、あれから会っていません。

 おうちの人が家から出さないようにして……そのうちどこかへ引っ越したって聞きました。

 モモのおうちは地元で有名な大きな家だったから、いづらかったんでしょうね。


 コウタや三郎とも、そのあとは余り話さなくなりました。

 もちろんエナのことがあったから……というのもありましたが、エナのことがある前から私は二人のことを余り良くは思っていなかったんです。

 洞窟にだってモモに言われなければ、絶対にいかなかったと思います。


 私、あれから随分考えたんですけど……。

 あの洞窟には元々誰かが潜んでいて、エナはそいつに連れて行かれたんじゃないでしょうか。

 もちろん、私たちが使った通路だと大人が奥に行けないことは知っています。

 だから、モモのあの様子と合わせて考えると……悪い霊とかそんなものがいて、モモはエナがそれに連れさらわれるところを見たんじゃないでしょうか。


 エナはあの洞窟に取り残されて、今もあそこで生きている。

 そんな気がするんですよね。

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