第15話 黒い天使

「こっち。こっちに感じる。凄く、強い」

「えーっと。あ、あれか?」


 土地勘のない俺は、秩父森林ダンジョンの場所が解らない。ナビに使っていた携帯は下調べに使い過ぎたせいもあり、途中で電池が切れた。

 そのせいで道に迷いそうになるところだったけれど、姫のカードの気配を感じる能力に気がつき、それを使って何とか無事に目的地へと到着する事ができた。


 此処のダンジョンの外観は……。思っていたモノとは、全然違っていた。


 ダンジョンは基本、ダンジョンギルドが管理している。そのはずなのに。目の前のダンジョンは無造作に、野ざらしに、大きな穴を広げているだけ。

 周囲には誰も見当たらない。


「ここか?」

「この中で間違いない。この中に、強い気配を感じる」


 姫は目を鋭くして、目の前のダンジョンを見つめる。

 その様子が上野ハイキングダンジョンの時とは違っていて、少し気になった。


 他にも何かを感じているのだろうか?


「誰もいない、な。秩父森林ダンジョンは、過疎になったダンジョンなのか?」


 携帯で調べた時にはそんな事、どこにも書いていなかったはず。見落としていたのかもしれない。

 結構念入りに下調べしたつもりだったんだけど、携帯で調べるだけの付け焼き刃ではやっぱり駄目だなと反省する。


 此処は駅からも離れているし、そもそも遠方の地域で山の中だし、ダンジョンとしての人気は低いのだろう。

 ひょっとしたら、ドロップ品が大して良くない場所の可能性もある。


 モンスター討伐の際に手に入るドロップ品のランク次第では、人が寄り付かなくなるという傾向はあり得る。


 しかし幾ら過疎になったダンジョンとは言え、ダンジョンギルドの本部や支部の様なしっかりとした建物があるとまでは思っていなかったけれど。それでも、小さくても誰かしらが管理している建物くらいはあると思っていた。


 本当に此処にSSSのカードなんてあるのだろうか?

 誰もいない事が不安を煽ってくる。


 でも、姫は変わらずにこっちだと言っている。それを信じよう。


 俺達は穴の中へと入っていく。


「なんだ?洞窟タイプなのか?」


 調べた情報とは全く違う洞窟の風景にさらなる不安を感じ、俺は足を止める。

 覚えた情報は全く役に立たなさそうだ。


「お、おい。ちょっ、待てよ」


 俺とは違い、姫は躊躇うことなく先を歩み始める。置いていかれない様に、慌ててその後を追いかけていくことにした。


 どんどん先に進む姫を見失わない様にしながら、不思議に思った事を考える。


 今は、深さ的に地下三階くらいだろうか。


 ここ迄ずっと、一本道。ダンジョンとはとても思えない。


 それに、モンスターと一匹も出会っていない。


 通常のダンジョンなら、ここまで進めば必ずモンスターが一匹は出てくるはず。それなのに、このダンジョンではまだ一匹もモンスターに出会っていない。


 そもそも階層タイプじゃなくて、フィールドタイプのダンジョンなんじゃなかったのか?

 此処には空も山も森も、何一つ存在していない。


 ひょっとして、間違えたか?

 ただの洞穴だったりして?


 考えを巡らせていると、奥の方から何やら音が聞こえてきた。


 フォン―――。

 フォン―――。


 これは……魔法を使用している音か?


「✽✽✽✽、✽✽、✽✽✽✽✽、✽✽✽✽✽✽✽✽✽!」


 キン―――。


 誰かが愚痴でも吐きながら、何か作業でもしているのだろうか。何て言っているのかは、まだ距離があるせいで解らない。


 ただ、最近聞いた知らない言語に近い気がした。


 きっと声が洞窟に反響したせいで、似た様に聞こえただけで、気のせいだろう。


 何はともあれ、誰かがいるのなら。此処が秩父森林ダンジョンなのかを確認できる。


 俺は気楽に、声がした奥へと足を進めた。


 そして声の主の姿を確認した時、俺は用心はしておくべきだったと後悔した。


 奥にいた者の姿を見た瞬間、血の気が引いていくのが解る。


 モンスターもいないし調べたダンジョンの情報とも全く違うから間違えて洞穴にでも入ってしまったんだと、声らしきものから人間だと、距離や洞窟のせいでよく聞こえなかっただけなんだと、そう思い込んでいた。


 目の前に現れたのは。


 絵画や本なんかで天使と呼ばれる存在と同じ姿をした、人間とは明らかに違う雰囲気を持つ者。見ただけで理解できる。人間が付ける装備やコスプレとかとは、絶対に違う。


 そして天使は天使でも、その見た目からは堕天使がイメージされた。


 頭上には真っ黒な天使の輪が浮かび、着ているドレスも真っ黒。背中にある翼も、何もかもが真っ黒だ。それらとは真逆な透き通る白い肌、綺麗な顔立ちからは、他者を惹き寄せる程の魅力が感じられる。けれど、その姿とは打って変わった禍々しい雰囲気のせいで近寄れない。

 目にしただけで、明らかにこの世のモノではない異質な存在だと解る。


 その姿は全然違うはずなのに、どこか……姫に似ている気がした。


 不用意に近づいてしまった俺達は、直ぐに黒い天使に気づかれる。


「✽✽、✽✽✽✽✽✽✽✽。✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽。✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽?」


 こちらに気づいた黒い天使は、何かを話かけてきた。


 正確には、視線が姫に送られているので姫に話かけている様子。

 俺は眼中に入っていない。


 俺には解らない言語は姫も使っていた、聞いた事のない言語と似ていた気がする。ひょっとしたら黒い天使は姫と同郷で、知り合いなのかもしれない。


 翼とか天使の輪っかはないけれど、ひょっとしたら姫も天使なんだろうか?


 そんな事を考えながら。俺は下手に口を挟めない空気のせいもあり、姫と黒い天使を交互に見つめた。


 シーンと、沈黙が洞窟内に流れる。


 姫は目つきを鋭くしながら、黒い天使を睨みつけるだけで動かない。


 その様子から。姫と黒い天使が知り合いだったとしても、俺にはとても友好的な関係だとは思えなかった。


「✽✽?✽✽✽✽?✽✽✽✽✽✽✽✽✽?」


 ハァ。


 黒い天使は再度姫に言葉を投げかけるが、姫は相変わらずの無反応。


 黒い天使は溜息を吐くと、視線を俺に向けてきた。

 鋭い視線が突き刺さり、冷や汗と悪寒が激しくなる。


「✽✽✽。✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽」


 怪訝な表情で仕方なさそうに頭を掻きながら話しかけきた黒い天使の言葉は、俺には勿論解らない。


「✽ー✽✽、✽✽✽✽✽!」


 俺も無言になってしまった事に更に苛ついたのか、黒い天使は頭を激しく掻くと。その手を喉元にやり、発声練習をするかの様に声を出し始める。


「✽ー、=ー、∞ー。Aー、Ⅶー、ァー、あー。これで、解るかしら」


 眉間に皺を作り目つきを更に鋭くした黒い天使は、言語系のカードを使用する事なく日本語を使い始めた。

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ダンジョンはお好きですか?ガチャはお好きですか? @yuki_desu

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