第11話 やりたい事と名前
「ん〜。おはよっ」
「ああ。おはよう」
目を覚ました彼女は布団を捲り、起き上がる。
「なあ」
「何?」
「聞きたい事があるんだけど」
「なぁに。んー……。解ることなら、何でも答えるわ」
俺の言葉に、彼女は伸びをしながら返事をする。
「SSSランク……。いや、昨日みたいに。強いカードの気配は他にも感じたりとか、解ったりするのか?」
「そうね。昨日みたいに近くじゃないから、あっちかな〜?ってくらいにしか今は解らないけれど。でも、いくつかの気配は今も感じてる。近くに行くと呼ばれるから、そうしたらもっとハッキリ解ると思う」
「呼ばれる?」
「何て言えば良いのか解らないけど。こっちだよ〜って呼ばれてる感覚、って言う感じかな」
なる程。
よく解らない。
けれどそれなら、俺のやりたい様にやるという事に問題はなさそうだ。
「ありがとう」
「?」
俺が何でそんな事を聞いてきたのかと、彼女は首を傾げた。
けれど大して気にしていないのか、欠伸をしてリラックスしている。
「俺。決めたよ」
「何を?」
「やりたい事。後、あのカードを自分で使うって事」
「ああ、その事ね。良いと思うわ。ていうか、私は貴方ならそうすると思ってたから」
昨日顔を合わせただけなのに。まるで彼女は長年連れ添った相棒、夫婦の様な雰囲気を出してくる。
俺のやりたい事。
それはガチャで新しいカードや珍しいカードを出したり、ダンジョンで新種のモンスターとかいろいろな新発見をしたい。
幼い頃の、俺の願望。
手の届くところだけにはなってしまうけれど、誰かの助けになりたい。
知り合った人達が、大事な人が、幸せになれる様に。幸せでいられる様にしたい。
大人になった、俺の願望。
世界中のみんなを、と。そんな大それた事が言えないところは、俺らしいと言えば俺らしい。
けれど気持ちはそれくらい、大きく強くある。
その為には、先ずは自分が誰よりも強くないと実現なんてできないだろう。
同じ様なカードがあるかどうか、解らない・探せないと彼女が言ったのなら。俺は諦めてカードとその思いを一緒に、誰かに託すつもりでいた。
手に入れた大金で、どこかで静かに暮らそうと考えていた。
けれど他にも似たカードがあると言うのなら、探せると言うのなら、全部探す。
ステータス向上系のカードは、全部俺が使わせてもらう。
代わりにみんなの為になる様なカードなら、それは惜しみなく使おうと。そう決めていた。
結果は後者。
後は―――。
チラリと、俺は彼女の方を見る。
「なぁに?」
「いや。何でもない」
彼女の事が解る人物に、神様に会う事。
彼女は自分の名前も、今迄の事も、自分が何なのかも、カードになっていた理由も、何もかもが解らないと言う。
それの事が率直に、ひどいなと思えた。
何とかできるなら、何とかしてあげたい。
帰る場所があるのなら、帰してあげたい。
だからガチャの事を知っている、彼女の事を知っているであろう神様に会う事。これもやりたい事の一つに加える。
どうやって会うのかは解らない。
何となく。神様に会えるカードがどこかにあるのではないかと、俺は予想している。
色々なカードがあるんだから、そういうカードがあっても良いはずだ。
でなければ他に、どうやって神様に会えばいいというのか。誰に彼女の事を聞けば良いと言うのか。
どうすれば良いのかは今の所、他には思いつかない。
「オープン」
俺はSSSランクのカードを手に取り、昨晩の自分とは別人の様に、あっさりと使う。
カードは消え、体が仄かに輝いた。
いつも通りに。
身体に違和感や変化はない。
俺は念の為にステータスを調べようと、家から一番近いダンジョンギルド練馬支部に今日も行こうと予定を立てる。
そしてできる事なら。一番の顔見知りで何となくこちらの融通をきかせてくれそうな、佐藤さんに対応してもらえたらなと考えている。
他の場所のギルドや他の人だと、幾ら個人情報と言えども騒がるだろう。
そうなると面倒だ。
あの人なら。俺の事情を秘密にしてくれそうな気がすると、何となくだけど思えた。
「ちょっと手伝って欲しいんだけど、良いか?」
「何?何をして欲しいの?」
ダンジョンギルド練馬支部に向かう前に、やる事がある。
俺は家中のカードを今後必要になりそうなもの以外、軒並み売り払おうと決めた。
代わりに買いたいカードもできた。
家はもう必要ない。
彼女が感じるカードを全部探すには、おそらく様々な場所に行く事になるだろう。
近くには気配を感じないと、彼女は言っていた。
遠くにあるのなら、家は今後必要ない可能性が高い。
それに帰ってくる時間が惜しい。必要なものだけ持ち運んでしまえば、家なんかなくても大丈夫だろう。
勇み足になるかもしれないけど。
また、一から始めよう。
俺は家に山程あるカードを売ろうと考え、かなりの量になる事から。彼女にも運ぶのを手伝ってもらいたかった。
「良いわよ。お安い御用」
彼女にそれを説明すると、快諾してくれる。
「それと。いつまでも名前がないのは不便だから、名前を決めてくれないか」
「それもそうね。じゃあ、貴方が決めて」
「俺が?俺で良いのか?」
「貴方に決めてほしいの」
そう言ってくれるのは嬉しいが、俺にそういうセンスがないというのは知っているのだろうか。
俺は考えて考えて、思い浮かんだ名前を口にした。
「姫」
「姫?」
単純に、どこかの国のお姫様の様に思えたから。
さすがに、これじゃあ駄目か。名前と言うよりも敬称になってしまう。
俺がやり直そうと、再び考え始め様とすると彼女が顎に手を添える。
「姫。姫ね。解ったわ。じゃあ私の事は、姫って呼んで」
「い、いや。ちょっと待ってくれ。本当にそれで良いのか?お姫様みたいだから、つい姫って出ただけだ」
「私、お姫様みたい?ふふっ、嬉しい事を言ってくれるわね。ありがとう。気に入ったわ。決定!」
彼女は嬉しそうに、優しく微笑む。
その姿に俺は見惚れてしまう。最早、何も言えなかった。
気に入ってもらえたなら、良しとしよう。そう思う事にした。
「うしっ。それじゃあ、始めるか」
彼女の名前も無事?に決まった事だし、俺は早々に整理を始める。
残すカード、売るカードを直感で。ざっくりテキパキと。全てのカードを見直しながら進めていき、整理が終わった頃には夕方になってしまった。
まだギルドに佐藤さんは居るだろうか?
つい忘れてしまっていたが、そもそも今日が休みの可能性だってあるんだよな。
スタートから予定が狂ってしまう気がしたけれど、まあ何とかなるだろう。
それに予定通りに佐藤さんに会えたとしても、本当に俺の見立て通りに動いてくれるとは限らない。
世の中、大体の事が思い通りにならない方が普通だ。
最悪の場合。
もう身の回りの整理は粗方つけた訳だし、最速のステータスにもなっている訳だから。彼女を抱えて何処か遠くへ、一目散に姿を消せば良い。
誰にも捕まえられないだろう。
逃げれば良いだけだ。
昨日、闘技場から逃げた事を思い出す。
ギルドに訪れる人が少なくなる夕方以降の時間になり、ちょうど良いなと思う事にして。ポジティブにいこう。
大きな荷物を持ちながら、俺達はダンジョンギルド練馬支部へと向かって家を出た。
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