第9話 初心者のダンジョン
彼女が指差した方向、急に行きたがった場所へと向かう。
因みに。彼女に着せた服は男性用、ボーイッシュな感じに仕上がっている。
真っ黒で統一され、シュッとしており、女性にしたら少し目立つかもしれないが可笑しくはないだろうという格好。
マント一枚だけを羽織っているよりかは、かなりマシだろう。
俺に服装のセンスはない。基本、いつも真っ黒の上下で揃えるだけ。
チノパンも靴も真っ黒で、偶に黒い上着を羽織る時だけ中を黒とか白とか柄入りにしたりするくらい。
全身真っ黒の服の方が無難って事もあるけれど、単純に黒色が好きなんだ。
そういう服しか家には置いていなかった所為もあり、今の彼女と俺はペアルック状態。
揃って黒服だと、何とも怪しい二人組が出来上がってしまった。
とりあえず、彼女が服を着ただけで良しとし。そう思って外出した俺は、浅はかだったのかもしれない。
徒歩と電車で移動した事で、その事に気がつく。
皆が、彼女を見ていた。
振り返っていた。
真っ黒な服のせいで、より際立つ白い肌。彫刻の様な美麗な顔。真っ白で、チラリと覗かせるインナーカラーの赤と青の髪。
その神秘的な迄の美しさに、誰もが目を惹かれていた。
打って変わって彼女の方は。他人の視線を一切気にせず、堂々としていた。
堂々と、他人の目を気にする事なく、俺の腕に自分の腕を絡ませてきている。
俺が横にいるせいもあってか、携帯のカメラとかで写真を撮られていないのがせめてもの救い。
さすがにみんな、そこ迄は非常識じゃないよな。有名人とかじゃないし。
けど、目立つのは嫌いだ。
「な、なぁ」
「なぁに?」
「もう少し、離れて歩けないか」
「何で?離れる意味なんてないじゃない」
「それなら、くっつく意味だってないだろう。それに、人の目がある。めちゃくちゃ見られてるぞ」
「他人が見ている所為?それで私は、貴方から離れなきゃいけないの?なら、ちょっと待ってて。全員の目を潰してくるわ」
「やめてくれ。解った。このままで良いから、大人しくしておいてくれ」
綺麗で可愛い女性にくっつかれて、嫌な男性などいない。視線を気にさえしなければ良いだけの話かと思い、俺は我慢する。
それに。本当に全員の目を潰しそうな迫力が、はっきり言って怖かった。
「君は一体、なんなんだ?」
「私は私、貴方のものってだけ。それだけ」
「名前は?」
「さぁ?あったとは思うけれど、忘れちゃったわ」
「何でカードになってたんだ?」
「解らないわよ。私自身、カードになっていた事なんて知らないし。憶えてる事なんて、何もないわ。ただ解るのは、私は貴方のもの。貴方は私のものって事。それだけ」
彼女には生い立ち。と、言っても良いのかは解らないけれど。今迄の流れを一通りは説明しておいた。
けれど、特に何も気にしていない様子。
それよりも、感じている強い気配をずっと気にしている。
「あ!此処で降りましょ」
「此処で降りれば良いのか?」
「多分。解からないけど、だいぶ近くに感じるわ」
「じゃあ、此処で降りよう」
着いた駅は上野。
此処に、何かあっただろうか。
そう思いながら駅を出て、彼女に腕を引かれるまま歩いて行く。
相変わらず人の視線が尋常じゃないくらい、集まってくる。
「此処。この場所。此処に、カードの気配がする。すごく強い」
俺が訳も解らずに到着した場所は、上野公園。その中にある、超初心者向けの超初級ダンジョン。
通称上野ハイキングダンジョンと呼ばれるそのダンジョンは、探索基準のランクがなし。
ダンジョンを探索する事を専門にしている探索者じゃなくても入る事ができる、めちゃくちゃ簡単なダンジョン。モンスターも凄く弱い奴しか出ない。
小学生くらいの子供達にダンジョンの事を教える為に重宝されている、ダンジョンの基本を学ぶ為にある様な本当に難しくないダンジョン。
勉強以外にも、遠足とかで数多く利用されていると有名なダンジョンだ。
「えっ?此処に入るのか?」
「何か問題ある?良いから、行きましょ」
問題は特にない。
なんだったら攻略されつくされていて、本当に何もない。
気になるのは、周囲の子供達くらい。
小学生達が、「大人が入ってくー」とか「あの人達も、今から遠足なのかなー」とか「デートだ!デートだ!」とか言っている。
お願いだからほかっておいてくれ。
俺は子供が得意じゃないんだ。
それにこの場所は、俺も小学生の時に遠足で何回か訪れた事がある。その時から本当に何もなかった。
こんな場所に強いカードがあるなんて、見た事も聞いた事もない。記憶にない。
グイグイと腕を引っ張る彼女に連れられて、俺は大人しくハイキング上野ダンジョンへと入っていく。
「で、どうするんだ?」
「強い気配は、まだまだ奥みたい。いきましょ」
「解った」
俺達はどんどん奥へと進んでいく。
途中、休憩をしている小学生達とすれ違ったり。ダンジョンの中なのに、持ち込んできたサッカーボールや野球のボールで遊んでいる小学生達とすれ違ったり。
此処は本当にダンジョンなのか?と言いたくなる光景を、俺達は気にせず通り過ぎて行く。
出会うモンスターも小石を投げつければ死んでしまう、散ってしまう、体が霧状の最弱モンスターが一種類棲んでいるだけ。ベビーミストがいるくらい。
ドロップするアイテムは枯れ葉だし、枯れ葉を集めたいなら地上で落ち葉を集めた方が早いだろう。
最深部も地下三階で、直ぐに到着してしまう。
案の定。俺達は一時間と掛からず、苦もなく最深部へと到着した。
最深部には俺達以外誰もいない。
小学生達も学校に帰る時間があるから、こんな何もない奥に底にまでは誰も来ないんだろう。
「此処が一番奥だぞ。目当てのモノはどこにあるんだ?」
「んー。あっち」
指差す彼女の方向には壁、壁しかない。
「壁だぞ」
「でも、その辺りかな」
このダンジョンは今迄、様々な人達に調べ尽くされている筈。この世界にダンジョンができて100年も経っているのだから、今更新しい発見なんてないだろう。
こういうモノはダンジョンができたばかりの頃に、念入りに調べられるものだろう。
探知とか、気配察知とか。ある程度の基本スキルが身に付いている人が、絶対何人も調べていると思う。
俺も、特に何も感じない。
「何も感じないぞ」
「んー。でも、間違いなく此処であってるわ」
そう言って、彼女はペタペタと壁を叩く。
「いや、何もないって」
「良いから、貴方も調べてみてよ」
「解ったよ」
何もないって。
俺はそう思いつつ。折角ここ迄来たのだから最後まで、満足がいくまで、彼女に付き合う事にする。
決して。言う通りにしないと怖そうだな、とかじゃない。
端から適当に壁を見ていく。ふと、少しだけ奇妙な感覚に襲われた。
「ん?」
「何か見つけた?」
「いや、ちょっと待ってくれ」
俺は一瞬感じた違和感のあった場所、壁の一部分に目を凝らす。
そこには小さく、本当に小さく。封印のマークが描かれていた。
「これ……か?」
「何かあった?」
壁に目を凝らしながら中腰になっている俺に、彼女が勢い良く抱きついてきた。
彼女が軽かったせいもあり、俺は微動だにせずそれを受け止める。
「これ。封印だよな?封印のマーク」
「あー!それだよ、きっと!やったね♪」
俺が指差す封印のマークに、彼女は喜ぶ。
「で、コレをどうするんだ?」
「それ、何とかできる?」
「何とかできるって、封印を解くのか?」
「できそう?」
俺は少しだけ考えて、何とかできそうな心当たりがある事を思い出す。
死んでも心残りの無い様に掻き集めた、今持っている大切にしていたコレクションのカードの一つ。
その中に封印を解く種類のカードがある。
しかし、そのカードはAランク。
使う際には一考してしまうランクのカードだ。
「封印を解いたらどうなるんだ?」
「さあ?」
「さあ……って」
意味の無い事に、流石にAランクカードは使いたくないぞ。
「カードの気配があったから、カードがあるんじゃないかな?」
その言葉を聞いて、俺は考慮する。
使うか。
どの道。使うかもと、使わずに死ぬのは嫌だと思ったから持ち出したわけだし。こういう時の為に、封印解除とかのカードは存在しているわけだろうし。凄いカードを手に入れる為には、ある程度のカードの使用は致し方ないと思えるし。カードを利用しないと手に入らないカードがあるという話は、本にも載っているのを見た事があるし……。
使うと決めたのに、まだうだうだと理由を後付して踏ん切れない自分が、何時まで経っても煮え切らない自分が、気持ち良くなく思えた。
ええい!面倒くさい!
俺はカードホルダーに手を伸ばし、必要なAランクカードを勢い良く取り出す。
開封解呪【使用回数1】
【封印・呪いを使用回数分消去できる】
俺はカードを翳して、強く叫ぶ。
躊躇うと、もう使えない気がしたから。
「オープン!」
俺の言葉に合わせてカードは消え、見据えている目標へと光が向かう。
封印のマークは仄かに輝き、消えていく。
完全にマークが消えたところで、壁に拳大の穴が開いた。
ボゴッ―――ポト。
穴が開いた音が響き渡った後、何かが落ちた音が聞こえた。
俺達は落ちた何かを確認する。
「カードだ……。本当に出た」
「やったね。当たり?」
当たりも当たり。超大当たり。
ランクSSSのカード。
神速【永遠・限界突破】
【使用者のステータスの一部=速さをSSSに向上させる。一時的に限界を超える事も可能。効果は永遠】
俺のカードを持つ手は震えていた。
そして同時に、大切な事を思い出す。
ガチャもダンジョンもワクワクして望んでいた、あの頃の気持ち。
何か出ないかと、自分も貴重なモノを見つけたり新発見をしてみたいと、様々な事に挑んでいたあの頃の気持ち。
変化のない毎日でいつの間にか擦り切れていた、忘れていた大切な気持ちを、俺は思い出したのだった。
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