第8話 伝えるって難しい
「ハァハァ、ゼェゼェ」
「✽✽✽✽✽?」
「えっ?何?」
「✽✽✽、✽✽✽✽✽?」
「ふぅ。ごめん。心配してくれてるのは、何となく解るんだけど、何を言ってるのか解らないんだ。とりあえず、大丈夫だから」
俺は女性一人を抱えて全力疾走したせいで、息が上がっていた。
息を整えつつ、ジェスチャーを含めて会話をする。
お互いに何て言ってるのか解らないから、何とか少しでも伝わる様に身振り手振りを交えて伝えるしかない。
そのおかげで、何とか意思疎通はできている気がする。
彼女もニコッと笑っているから、とりあえずは問題なさそう。
俺と真っ黒なカードから召喚された彼女は、ダンジョンギルド練馬支部から俺の家へと帰ってきていた。
あの後、俺は瞬時に考えを巡らせ。Bランクのアイテムカード、透明マント【10分】を使用した。
そのマントを使って彼女の全身を覆い、担ぎ、全速力で逃げ出したのだ。
あの時の機転はファインプレーだったと思う。
闘技場を出た時に後方で、佐藤さんが何か叫んでいた気がしたけれど。今は良しとしておこう。
また後日。誤解を解きに、謝罪をしに、ダンジョンギルドへは行かないとな。
俺は靴だけを脱ぎ、装備はそのままで、部屋の布団に座り込む。
彼女も透明マント……と言っても、既に効果は切れていて普通の茶色いボロいマントになっているんだが。それを羽織ったまま頭だけを出した状態で、俺に習って布団の上に座り込んだ。
間取りは1DK。独り身で、特に誰かを招いた事もない。狭い家だから、布団に座り込むしかない。
カードや本、コレクションの山もあるから部屋は余計に狭くなっている。どうしても、布団の上に落ち着くしかなかった。
今度整理して、誰かが急遽来たとしても大丈夫なスペースくらいは、作っておくべきか。
いや、どうせ今だけだろう。必要ないか。
などと、考えていると。
「✽✽✽✽、✽✽✽✽✽✽?」
「あぁ、ごめんごめん」
彼女が何かを訴えてきた。
別の事を考えている場合ではなかった。
戸惑った俺の目の前で、突然彼女は羽織っていたマントをゆっくりと脱ぎ始める。
顔を赤らめながら。白い透き通る様な肌が、素っ裸の全身が、マントから見えそうになる。
「ちょちょちょちょ」
俺は慌てて彼女が脱ぎかけたマントを掴み、もう一度しっかりと羽織らせる。
急に脱ぎだして、一体どうしたんだ。
「✽✽✽?✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽?」
俺は戸惑ったが、彼女も戸惑っている。
彼女からしてみれば、脱ぐ事が当たり前なのだろうか?
何にせよ。言葉がお互いに解らない事には、どうしようもない。俺が聞きたい詳細を彼女に訊ねる事は、不可能だろう。
だから、閃いた事を試してみたい。
俺は一旦、彼女をそのままに。ケースに入れて大切に保管しているコレクションとは別の、裸で山積みになっているカードの方からお目当てのカードを探す。
言語系のカードは漁ったばかりだから、どこにあるかの見当はついていた。
問題があるとすれば。
彼女はカードから出てきた存在。その彼女にお目当てのカードを使って欲しいのだけれど、果たして使う事は可能なのだろうか。
俺は試した事がないから解らない。というか、誰も試した事なんてないんじゃないだろうか。
召喚系カードで召喚したモノに他のカードを持たせて使用させるなんて、まずやらないだろう。
言葉が、呪文が、使えるかどうかも怪しいのに。どうやって使用させろと言うのか。
しかし、彼女は人間……かどうかは解らないが、少なくとも人間タイプだ。言葉が理解できなくても、ジェスチャーで何とかなったりした。
それならカードの使用方法も、何とか伝えられるのではないだろうか。
お目当てのカードを見つけたので、彼女に手渡す。
「✽✽、✽✽?」
「とりあえず手に持って、オープンって言ってみてくれないか?」
「✽✽?」
「だから、オープン。オープンだって」
「✽✽✽?」
「ダメか……」
彼女は考える様な素振りをしている。
カードを使用するには決まった呪文を唱える他に、カード持ちながら“使う”という気持ちを強く念じるだけでも良い。
しかしその気持ちというモノを、どうやって伝えれば良いのかが俺には解らない。それは難しいと思う。
だから引き続き、何とか呪文の方を唱えさせようと俺は頑張る事にする。
俺も適当に。山積みになっているカードを取って、見本をみせる。
「見ててくれ」
「✽✽」
ジェスチャーで、俺の方に彼女の視線を誘導する。
彼女がこちらを見たところで。
「オープン」
その言葉で俺の身体は仄かに輝き、使用したカードが消えていく。
「どう?解った?」
「✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽?」
彼女は何かを言うと、勢い良く身体を輝かせ始めた。
手元にカードは残っている。
「違う!違う!違う!ストップ!ストップ!」
彼女が首を傾げる。
ダメか。
いや。普通に考えて、俺が悪かったな。
適当に掴んで使用したカードが、能力を一時的に向上させるモノだった。
彼女からすれば、俺の身体がただ光っただけ。間違えるのは当然だろう。
今度はちゃんと彼女が解る様に。
カードを使用するとどんな事になるのか、それが目に見えて解るカードを山積みされた中から選ぶ。
掴んだのは、昨日出た茸のカード。
「オープン」
言葉に合わせてカードは消え、目の前には茸が現れる。300グラム。
「✽✽✽、✽✽?」
彼女は目の前に現れた茸に首を傾げる。
彼女と彼女の持つカードを交互に指差し、何とか伝える。
「オープン。オープンって言ってみて」
「✽✽✽、✽✽✽?」
「オープン。オー・プ・ン」
「ウォ、ペン?」
惜しい。
「オー」
「オー」
「プン」
「プォン、プォ、プ、プン」
良いぞ。後は、オーとプンを繋げるだけだ。
「オープン」
「オープン」
カードが呪文に反応して消えていく。彼女の身体が、仄かに輝き出す。
成功したかもしれない。
「俺の言葉、解る?」
「!」
彼女が驚く。
「な、何で急に、解る様になったの?」
「さっき君に使ってもらったカード、この四角いやつの
「日本語……」
彼女に渡したカードは、日本語【マスター】のカード。Dランク。
【話せる】【聞ける】【書ける】【読める】が、一枚のカードで習得できるモノ。
言語系のカードで俺が使う必要がない、朝も使用しなかった、日本で出てもイマイチ需要がないカード。
売ろうと思ったけどDランクだった為、悩んでいたらいつの間にかカードの山に埋もれていき、そのまま忘れていた。
朝方。言語系のカードを漁っていた時に見つけていたので、彼女に渡して使ってもらったという訳だ。
召喚された彼女も、カードを使用できる。
成功して本当に良かった。これで、会話が成り立つ。
「えっと。自己紹介、しないか?」
「……」
あれ?伝わってる、よな?
俺の問いに、彼女は答えない。
「どうした?」
「あっち」
彼女が俺の背後を指差す。
背後を確認するが、特に何も無い。あるのは山積みのカードと本くらい。
「どうした?ひょっとして、ゴキ○リでもいたのか?」
俺は慌てて、背後をさらによく確認してみる。
「違う。もっと、遠く。あっち。このカードっていうモノと、同じ気配を感じる。凄く強い」
「えっ?」
お互いやっと意思疎通ができるようになったのに、言葉が解るようになったのに。彼女が何を言ってるのか解らない。
しかし先程とは違う様子で、彼女はずっと指差した方向を気にしている。
俺は考える。
彼女が指差す方向に、何かあったかな。
「行こう」
「えっ?」
「向こう。行こう」
言うと彼女はスッと立ち上がり、外に出ようと玄関に向かって歩き始めた。
俺は慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。せめて、何か服を着てからだ!」
「服?」
彼女のマントの下は素っ裸。
すっぽんぽん。
そんな状態で、外になんて出せる訳がない。
「ちょっとだけ、待っててくれ」
コクリ。
頷き言う通りに待ってくれている間に、俺は彼女でも着れそうな服を慌てて探す。
女性ものの服なんて、持っている訳がないけれど。何も着ていないのは流石にマズい。
俺は彼女でも着れそうな服や衣類系のカードを漁りながら、彼女が指差した方向に何があったかなと考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます