第7話 キスと裸

 俺はC-1闘技場へと到着すると、扉を開けて中に入る。


 小サイズの闘技場には鍵がかかっていない。監視カメラも、通路ぐらいにしか置いていない。

 基本的にこの場所は、小型や弱いモンスターカードの処理にしか使用しない。そのせいで危険が少ないと、必要ないと判断されているからだろう。


 単純に、経費削減のせいかも。


 闘技場は空き地をそのまま壁と天井で囲った様な感じで、中には歴戦の傷跡が残っている。


 毎度毎度、いちいち修繕なんかしてられないか。


「さて、と」


 俺は早速、ベビースライムとは別のカード。例の真っ黒なカードを取り出す。


「どうなるか」


 早速、召喚してみよう。


 鍵が付いていないから。外に逃げ出されたり、飛び出さない様に、気をつけないとな。


 俺は一息入れて、カードを使用する為の言葉を発した。


「オープン」


 言葉に反応していつも通りに、手にしたカードは消えていく。と、同時に。目の前には、使用したカードと同じ色をした真っ黒な球体が現れた。


 それはふよふよと浮かび、数秒経過したところで弾け飛ぶ。


 俺は戦闘になるかもと身構えていたおかげで、弾け飛んだ球体に驚く事はなかった。

 視線は逸らさない。


 球体が飛び散った何箇所かは、黒い水溜まりができたみたいになっている。


 俺は球体が最初に現れた場所。一番大きな水溜まりが出来ている場所から、何かの気配を感じた。

 真っ直ぐにその場所を見つめていると、黒い水溜まりが輝き始める。


 光のせいで周囲は明るくなるが、眩しさは感じない。嫌な感じもしないし、寧ろ神々しい。

 光の中心から、カードに描かれていた女性が姿を現した。


 スーッっと。


 全てを警戒していたはずなのに。俺は目の前に現れた女性につい、見惚れてしまう。

 その姿はカードで描かれていたよりも、美しかったから。可愛かったからだ。


 女神と思ったと言っても、過言ではない程に。


 俺は見惚れていたせいで、反応が遅れる。


 球体から現れた女性は目を開くと、両の漆黒の瞳に俺を映す。

 そして、瞬時に移動した。

 俺の目では追いきれないスピードで、お互いの頭がぶつかりそうな距離にまで。


 漆黒の瞳に、俺が映し出されているのが解る距離。


 カード状態の時には、彼女の瞳は閉じられていた。

 初めて目の当たりにしたその瞳に、俺は吸い込まれそうな感覚に陥りながら、口からは自然と言葉が零れ落ちていた。


「綺麗だ」


 此処で死んでしまっても、良いのかとさえ思えた。


 俺の言葉が合図だったかの様に、彼女は動く。両手がガッシリと、俺の頭を掴む。


「痛っ!しまっ―――」


 ヤバい。


 そう思った次の瞬間。俺の唇は彼女の唇によって、塞がれた。


「むぉっ。むっ」


 熱烈なキスによって声は封じられた。身動きも取れない。


 どれだけ時間が経ったのだろう。ほんの一瞬だけだったのかもしれない。

 頭は完全に思考停止。


 驚く俺から唇を離し、彼女が喋る。


「✽✽✽✽、✽✽✽✽✽」


 何を言っているのか、全く解らない。


 恐らくカードの時に書いてあった、読めない文字。アレと同じ言語で喋ったのだろう。


 彼女は何かを伝え、それにキョトンとする俺の唇を、再度自分の唇で塞いできた。


「ん!んっー!?」


 一体全体、何が起きているのか。全く解らない。


 光が収まったせいか、一度彼女が離れてくれたおかげか。俺の頭はもう、冷静に戻っていた。


 キスをされても、俺の身体に異常はなさそう。特に変化はない。

 モンスターの中には魅了や寄生、侵食とか、口移しを攻撃方法とするヤツ等がいる。けれど、そういうのは感じられない。異常はなく状態は変わってなさそう。


 俺は生き延びている。


 とりあえず彼女は敵ではなさそうだ。

 危なかった。


 攻撃はされていないし、キスをしてきただけで、彼女からは俺と敵対する様な行動は見られない。


 落ち着いて彼女の両手を握り、俺の頭を掴んでいたその手を引き剥がす。


「なっ!一体なん―――」


 一旦彼女と離れ、落ち着つこうとした。その時、距離を取ってから解った。


 彼女は服を着ておらず、素っ裸。

 すっぽんぽん丸裸


 カードはズームアップで描かれていたから、彼女がどんな格好をしているのかは解らなかった。けれど、だからと言って、まさか裸だなんて。誰が予想できるだろうか。


「な、何で裸なんだよ!」


 俺の声が小さい闘技場内に響き渡る。


 その叫びに彼女はただ首を傾げるだけ。どうやら彼女も、俺の言葉が解らない様子。


 瞬間、闘技場の扉が勢い良く開かれた。


 俺が叫んだせいなのか、神々しい光が扉から漏れでもしていたせいなのか、原因は解らない。


 此処に何かあったと、異変があったと、どこからか外に報告でもあったのだろうか。


「集さん!何か、ありま、した、か……」


 扉を勢い良く開けて現れたのは、先程闘技場の使用受付をしてくれたお姉さん。佐藤さんだった。


「なななな、何をやってるんですかー!」


 何もしていないが今の状況では、そう言われても仕方がない。


 客観的に見て、佐藤さんから見て、今の俺の状況は。闘技場に裸の女の子を連れ込んでいる様にしか見えないだろう。


「つ、通報。しないと」

「ちょ、ちょ、ちょ。ちょっと待ったー!!!」


 再度、闘技場内に俺の叫び声が響き渡る。

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