第4話 覚悟を決める

 俺は動画サイト。神様のガチャ100周年記念に関する開封動画を携帯で見ている内に、寝落ちしてしまっていた。


 カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。


 今日を何の予定もない休みにしておいて、本当に良かった。

 昨日出た異質なカードの正体が気になってしまい、きっと何も手につかなかっただろう。


 あのカードが出てから俺はずっと、ネットを彷徨ったりSNSを漁ったり、動画をチェックしまくっていた。

 結局、色々と見たのはずなのに。あのランクなしの真っ黒カードに関しては何一つとして解らなかった。


 ひょっとしたら。コレが神様のガチャ100周年記念の特別なカードなのかもしれない。


 何処にも情報がないので、違ったとしてもレアなカードなのは確かだろう。だから特別なカードなのかもと考えたのだけれど、答えがないせいで頭を抱えている。


 確証がない所為もあり、俺は自分の考えを信じられず。手元にある携帯で、未だに開封動画を見続けている。


 開封動画は好きだから、真っ黒なカードの情報が何もなくてもつい見入ってしまう。


 今の状況で、それは良くないか。


 携帯の横に置いた真っ黒なカードに目をやると、中心の女性の絵にどうしても目がいく。


 描かれているのは、どう見ても日本人ではなさそう。

 彫刻の様に整っている。美人だ。

 その表情は目を閉じているせいで、まるでキスをする瞬間を捉えた様な雰囲気。

 特徴的な白の長髪に少しだけ見える赤と青のインナーカラーが、神秘さを醸し出している。


 カードに描かれているのはクローズアップなので、鎖骨より下の方はどうなっているのか解らない。


「可愛い……」


 自然に呟きが出てきた。


 これ以上携帯を触っていても、意味がない可能性が高い。進展はしないだろう。


 俺は布団から身体を起こし、携帯の画面を消してカードを目の前に置き、ない頭で考える。


「そうだな。書いてある文字が、せめて読めたなら……。よしっ」


 そう思い、やれる事をやってみようと行動に移す。


 大切にコレクションしておいたカードの、ここが使い時だろう。

 そう思い。俺は家にコレクションしておいた言語系のカードを全て集めて、使ってみる事にした。


 テイムできないモンスターカードや必要ない食料品、使わないだろうと思ったやつや、価値も低いしいらないかなと思ったカード以外は、基本的に一枚はコレクション用で保管してある。気分で残す・残さないを決めたりもしてるけれど。

 ひょっとしたら、その中に文字が読める様になるカードがあるかもしれない。


 掻き集めた言語系のカードを手に取って次々に使っていく。


「オープン。オープン。オープン。オープン」


 カードを使用する為の言葉を発すると、カードは消えて身体が仄かに輝く。


 スキル技能を習得する代わりに手から消えていくコレクションしていたカード。それを見ると悲しくなるが、ここが使い時だから!と強い気持ちで使っていく。


 持っていた全ての言語系のカードを使い終えて真っ黒なカードを確認すると、読めないままだった。


 心が折れそうだ。


 俺は挫けそうな心に気づかないフリをして、再度考える。予想する。


「描いてあるのは人の絵だから、モンスターカードと同じ召喚の類だよな、きっと」


 となると。書いてある文字が読めない以上、召喚してみるしか手がないかもしれない。

 カードに描かれている女性本人が、自分が何者なのか教えてくれる可能性だってあるだろう。


 けれど、気になる点もある。


「名前の後ろの【】かっこが、二文字なんだよな……」


 モンスターカードでテイムが可能な場合、名前の後ろの【】かっこにはテイムの【テ】。一文字しか書いていないのが通常だ。

 真っ黒なカードには読めないが、二つの文字が書かれている様に見える。


 召喚してみるかどうか、正直悩む。


 仮にこの女性がモンスターの様な存在だった場合、どこかの誰かみたいな事になりかねないから。

 絵の雰囲気から察するに、とても自分が討伐ができる様な存在には見えない。


 万が一、モンスターと同じだった場合、討伐ができなかった場合の事を考える。


 他人に迷惑はかけたくないし、街を危険に晒したくもない。それに最悪、自分は死ぬ。

 仮に生き残ったとしても、街を危険にさらした者として。犯罪者として名前を残して生きていくなんて、嫌すぎる。


 それから小一時間。


 何か他に手はないか。この真っ黒なカードが何なのか。自分でできる事はもうないか。もう一度、情報収集と気分転換がてらに携帯を弄ったところで諦めた。


 無理だ。


「召喚……。してみるしかないか」


 俺は覚悟を決める。


 いつものダンジョン探索用の装備に着替え、さらにでき得る限り最大限に装備を整えていく。

 こんなにも下準備をして何かに挑むのはいつ振りだろうか。俺は悪い方の意味で、ダンジョンにも慣れて緩んでいたんだなと自覚した。


 コレクションしていた大切なカードも、悔いが残らない様に引っ張りだす。


 死ぬかもしれないんだ。


 保管しておいた大切なカードが遺品として誰かの手に渡るくらいなら、盛大に自分の手で使って満足して死んでしまいたい。

 だから使う事はないけれど取っておきたいコレクション達を、とっておきを、出し惜しみせずに持ち出すと決めた。


 死ぬかもと思うくらいなら、真っ黒なカードなんて手放せば良いんじゃないかって思うかもしれないが。


 そんな事、俺には無理だ。


 神様がガチャに入れた特別かもしれないカード。召喚してみたら、結局は無害かもしれないカード。

 その可能性だってちゃんと考えているからこそ、何処にもないレアカードかもしれないモノを手放すなんて。俺には不可能なんだ。


 手放すくらいなら、使って死んでしまった方がまだマシだと思ってしまう。


 そう思える程に、俺は真っ黒なカードに執心していた。

 描かれている人に、惹かれていた。


「これで良いか」


 自分で考えられる最善の準備ができた。


「さてと、行こう」


 俺は玄関のドアを開け、臆する事なく目的地へと進んでいく。


 向かう場所は闘技場。ダンジョンギルドに設置されている、モンスターカードの処理・討伐に使う場所。

 其処なら決まりを破る事にはならないし、他人に迷惑を……少しはかける事になるかもしれないけれど、最小限で済むはず。


 万が一。自分が死んだとしても、其処なら自分より強い人達がいるから後は何とかしたくれるだろう。


 何とも傍迷惑な考え方かもしれない。


 俺は序でに昨日出た、ベビースライムのカードも忘れずに持ちながら。闘技場へと向かっていった。

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