第5話 ちゃんと解ってます
家から一番近いダンジョンギルド練馬支部に到着した俺は、直ぐに受付へと向かう。
カウンターには顔見知りのお姉さん、佐藤さんがいた。
話が長くなりそうだ。
なるべく早く、話を切り上げられるようにしよう。
今は優先したい事がある。
「こんにちは。今日はどうしたんですか?依頼を受けにきたんですか?珍しいですね。ありがとうございます」
「ども、ちはっす。いやいや、違いますよ。解ってて言ってますよね」
「はい。勿論。
「失敗しても、責任取れないので」
「失敗しない依頼を受ければ良いんですよ。少しでも、簡単なモノでも、依頼を減らしてもらえたらな〜」
「……」
佐藤さんの言葉に少し気まずくなる。俺は俺で、俺の方針を優先させてもらいたい。
話題をとっとと変えよう。
「とりあえず、今日来たのは。闘技場を使用したくてですね」
「そうだと思いました。普段はドロップ品売買のカウンターに行くだけなのに、こっちに来たから。集さんなら昨日、絶対秋葉原に行っているんだろうなと思いましたし。秋葉原で回したガチャの中に、モンスターカードがあったんですね」
「はい。まぁ、はい。その通りです」
仕事ができる人は、予測も半端ないようだ。
まさか此処に来る一人一人の、行動や趣味・思考を憶えているなんて。業務と言えど大変だろうに。それに、俺の行動なんて憶えても仕方がないだろう。
「大変ですね」
「?」
俺の呟きに佐藤さんはキョトンとした顔で、闘技場を使用する為の用紙を準備してくれる。
それを受け取り、記入していく。
「何のモンスターカードが出たんですか?」
「……ベビースライム、ですね」
「それなら依頼しなくても大丈夫ですね」
「はい。倒せるモンスターで、助かりました」
俺は咄嗟に、本当に使おうとしているカードの事を隠してしまった。
真っ黒なカードの事を、レアカードの事を、あまり他の人に知られたくなかったから。
実際ベビースライムのカードはあるし、処理するつもりだし、嘘は言っていない。と思う。
だからまぁ別に良いかなとは思ったのだけど、嘘をついた後ろめたさで佐藤さんの眩しい笑顔が直視できない。
俺なんかに素敵な笑顔を向けてくれる彼女に嘘をついて、本当に申し訳ないと思ってしまう。
俺は記入を終え、用紙を佐藤さんに渡す。
「はい。大丈夫です。ベビースライムなら、小さい方の闘技場で良いでよね」
「そう、ですね」
闘技場は大・中・小と大きさがある。
ベビースライムと言ってしまった手前、本来は中を借りたいところだけれど。今更違うとは言えない。
やっぱり嘘はいけないな。
反省するが、今更か。
「昨日の100周年記念で、今日のギルドは大忙しだと思ってたんですけど。今はまだ、そんなに人が来ていないんですよね」
今の時間は、10時15分。
まだギルドは開いたばかり、そうなるのはもう少し時間が経ってからだろう。
「だから闘技場も空いていて、直ぐにご案内できますけど。どうします?」
今から装備を整えたり準備を始めるなら、まだ後の方が良いだろう。けれど俺は既に準備は終えている。
「いま直ぐ使用できるなら、お願いしたいです」
「解りました。では、どうぞ。Ꮯー1の闘技場を使ってください」
「ありがとうございます」
「それで、その」
「?」
佐藤さんがまだ何か言おうとした事で、闘技場の方に向かおうとした歩みを止める。
「まだ何かありました?」
「あ、いえ。大した事じゃないんですが―――」
佐藤さんの声が少し小さくなる。
「もし予定が空いていたらで良いんですけど。一緒にお昼、食べませんか?」
「えっ?」
突然の事過ぎて俺は驚く。
「やっ。別に、変な意味はなくてですね。私は仕事で、昨日の100周年のイベントに行けなかったので。どんな風だったのかな〜とか。ガチャは何か新しいのとか変わったの増えてたのかな〜とか、思いまして。良かったら、集さんにお話聞けたらなと」
「あ、ああ。そういう事ですか」
可愛い女性に突然そんな風に言われたら、男性は誰だって好意があるのかなと勘違いしてしまうところ。
だけど俺は大丈夫、ちゃんと解ってる。
「てっきり好意でもあるのかと、勘違いするところでしたよ」
「す、すいません」
俺は笑いながら、ちゃんと勘違いしていないから大丈夫ですよという意味も込めて、ハッキリと伝えた。
これでしっかり誤解していない事は伝わっただろうから、安心してもらえたかな。
佐藤さんの顔が赤い。
うっかりしてしまった事が、恥ずかしかったのだろう。
しかし俺だったから良かったものの、他の人ならどうなるかは解らない。
ちゃんとアドバイスをしておかなければと思い、俺は佐藤さんにしっかりと伝えておく。
序でに代替案も。
「男は単純だから、気をつけてくださいね。それに俺が解っていても、お昼に一緒にいる所を誰かに見られたら、それこそ他の人が勘違いしちゃいますから。気をつけてくださいね」
「あ、あの。私はその、気にしないというか―――」
「昨日の事を知りたい。それなら、ちょうど良いじゃないですか。今日はこれから沢山人が来ますから、自分に聞くより色々と解りますよ」
「は、はぁ。まぁ。それは、そうなんですけど」
ふう。
ちゃんと伝えられた、と思う。ちょっと早口になってしまった。
説明ベタで会話ベタな俺だけど、佐藤さんなら今のでちゃんと伝わっただろう。
「では、俺は行きますね」
「は、はい。いってらっしゃい」
「いってきます」
お互いに挨拶を交わし、俺は使用許可の降りたᏟー1の闘技場を目指し歩き出す。
俺がカウンター離れた後。溜息をついて落胆し、机に身体を突っ伏している佐藤さんが一瞬視界に入った。
佐藤さんでも、失敗するんだな。
誰にでも、得意・不得意はある。佐藤さんはきっと、男女の機微に疎いのだろう。
けれど、気にする事はない。誰にでも、苦手な事はあるのだから。
そしてそれを補って余りある程に、佐藤さんには長所も魅力もあるのだから。
そう心で励ましながら。闘技場に向かう通路へと、俺は曲がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます