第61話 エピローグ2

◆才羽相馬視点



「…………」


 目が覚めた?

 おかしい……、最後の記憶では、僕は出血多量で死亡したはずだった。

 奇跡的に助かった?

 スライム防衛隊が、助けてくれた?

 ベヒーモスの全ての細胞と核を〈崩壊〉させた後に、人の気配があったけど……。目が見えなかったので、正確なことは分からない。倒せたという、確証も得られていないのが、本音だ。


 上体を起こそうと思ったら、自分の置かれている状況に驚いた。


「スライムの中にいる?」


 病院のベッドじゃなかった。

 かなり巨大な、スライムの中にいた。呼吸は、どうなってんだろう? 苦しくない? 肺の中にスライムが入っている? 子宮? 某有名漫画のメディカルマシーン? (げふん、げふん)

 そして――あり得ない自分の体の状態を確認した。


「失った、右手が再生しているよ……」


 原型がなくなるほどの爆発を起こしたはずの、失った右手が残っていた。指も動く。だけど、手足がかなり細い。長期間眠っていた?

 それと、髪の毛だ。腰にまで届きそうな、ロングヘアになっている。

 混乱する頭を振り払う。

 まず、しなければならないこと。


「このスライムの中から出ないと、なにが起きているか分からない。分かっているのは、人間が持っている技術じゃないってことだし。現状を確認しないとな」


「止めておけ。折角拾った命……。粗末にするな」


 誰かが、僕の独り言に反応した。

 まだ、目の焦点が合っていなかったけど、輪郭だけは見えた。


「ニーズヘッグ?」


 見間違えるわけもない。巨大な蛇が、僕を見ている。

 そして……、一人の少女が傍にいることが、分かった。

 声の主は、その少女っぽいな。


「そなたが、ポイズンと呼んでいる個体の願いを聞いてな。体と記憶の〈再生〉を行った」


 見た目は、少女だけど、話し方はおっさんだ。中身が人じゃないな。

 大分、違和感がある。

 だけど……、ポイズン?

 僕の中で、モンスターの核として残っていたとは思ったけど……。生きていた? 何処で?

 いや、見守っていてくれた――が正しい表現かな。


 とりあえず、全身を確認する。

 裸だ……。

 そして、手術跡とかが消えている。特に腕の注射針の跡……。


 考える。

 先ほど、〈再生〉と言った。

 メタルは、〈崩壊〉と〈強化〉だった。ポイズンは、〈固定〉と〈再生〉?

 僅かにでも、細胞があれば、別な個体として体を〈再生〉できる? しかも、記憶を継承して?

 スライムは、テロメアの修復が行えるので、外見は取り繕えるかもしれない。

 クローン体に記憶を移すことができれば……。


「この体は、新規に作ったのか? スライムなんだ……。ありえなくもない……か?」


 動物がスライムを食べた時、質量が増えていた。その応用と考えれば、肉体の再生などよっぽど現実的だろう。


 そういえば、メタルがいない。

 最後の記憶では、スライム防衛隊員と思われる人に預けたんだけど、その後の記憶がないので分からない。生きていて欲しいな。


「現状把握は、終わったか?」


 理解出来るわけもないだろうに。


「……生かされている。それだけは、分りました」


「それで良い」


「きゅう~~?」


 足元を見る。毒々しい紫色のスライムがいた。


「ポイズン? 別な個体か?」


 少女が、その紫色のスライムを抱え上げた。


「そなたの中で、生きていた個体だよ。この個体の願いを聞き届けて、そなたの体を〈再生〉した。病弱だったようだが、それを治した体での〈再生〉とした」


 ポイズンは、僕の中で何かをしていた? いや、僕の中で生きていた?

 死なせてしまったと思ったけど、生きていてくれたのか。嬉しいかもしれない。


「それで、僕を生き返らせた理由は何ですか?」


「この島の維持に力を貸して貰う。拒否権はない」


 目の焦点があって来た。巨大樹の森だった。大森林と呼んでたな。


雨会婆アメーバ島……、ですよね?」


「人族の呼び名など、分からんよ」


 雨会婆アメーバ島――旧第七研究所のあった島だ。放棄されているので、人はいないと思ったけど、少女が住んでいるみたいだな。


 まあいい。このスライムから出れたら分かるだろう。

 今のこの新しい体……、かなり弱々しい。ギリギリ、立てるかどうかだな。生まれたての赤子と考えよう。病気が悪化した時は、こんな状態だったから、対処方法は理解している。

 ある程度の筋力がつくまで、このまま従うしかない。



 その後、島の元研究所に連れていかれる。


「……地下は、残っていたんだ」


 生活物資は、地下に保管されていたみたいだ。生きてはいけそうだな。

 野菜なんかは、ダメだろうけど、穀物は残っている。

 服も確認出来た。葉っぱの服は、避けられそうだ。


「これで生活できるだろうか? それで、頼みごとがある。この少女の体を助けて貰いたい。知恵を貸して欲しい」


 話を聞くと、体の〈再生〉に失敗したらしい。記憶というか、脳の海馬には、肉体を再生させてから、記憶の定着を行うのだとか。それでも、自我が目覚めないので、その手前で止まっていると言っている。


「色々な、スライムの核を取り込んだけど、目覚めない……と?」


「うむ……。そなたは、初の成功例と言える。不足しているモノを教えて欲しい」


 このニーズヘッグは……、なんだ? 特殊な動物が、スライムを摂取すると、知性が芽生えるのか?

 特別なスライムを樹木が摂取したから、森が巨大化したと考えられているし。この島は、変異種が集まっているんだろうな。

 それと、この少女は、ポイズンを摂取したんだろうな……。

 その後、更に話を聞いた。少女の現状を確認する。


「僕の知識では、魂がないように見えます。僕の足元にいるポイズンは、僕の魂まで運んでくれたと思います。その違いじゃないですか?」


 一応の僕の見解だ。

 まあ、適当なことを言ってみる。


「ふむ……。魂か。面白い考え方だな。試してみよう」


 この言葉から、いくつか想像できる。

 まず、少女の本体は、まだ生きている。もしくは、細胞が残っている。この島にいるんだろうな。

 多分だけど、卵巣からの〈再生〉を行えば、精神や知性も生まれるんじゃないのかなと思う。同等の肉体と記憶に、違う魂が入った場合、同一人物と言えるのかな?

 哲学や生物学の分野だよね。


 そして、実験のために僕を使った。

 ポイズンがなにをしたのかも、確認しないといけない。

 それとポイズンは……、複数体いる。この雨会婆アメーバ島に生息していたんだな。


 日本では、僕は死亡したことになっていそうだ。

 全てから解放された――そう考えてもいいだろう。もう、なんのしがらみもない。

 そして世界で唯一、スライムと完全に意思疎通ができる存在になったのかもしれない。


『八雲さんは、ニーズヘッグの討伐を目的にしてたんだよな……。そのために、スライム研究者をしてた。だけど、ニーズヘッグは、人間との意思疎通が出来る個体だと……』


 この少女の自我が目覚めたら、僕は処分されるのかな?

 まあ、考え過ぎかもしれない。今は、従っておこう。


「まず、この弱々しい体……。スライムから出れることを最優先にしないとな」


 もう、こんな体では、怜奈さんに会えない。

 両親にもだ。

 外見上はともかく、中身は人間ではなくなっていると思う。

 クローン体になるのかな? そうか……、クローン体のテロメアを延ばせば、オリジナルと変わりない……はず?

 寿命は延びないにしてもだ。

 でも、ニーズヘッグは、それ以外にもこの体に手を加えていそうだ。

 逃げられない保険――それくらいは、覚悟しよう。


 人間を辞めてしまったみたいだけど、まだ命が繋がったことを喜ぼう。

 日記でも書いて、八雲さんに届けられれば、スライム研究も進むだろうし。

 正直、スライム研究は、楽しかった。そして、まだ楽しめそうだ。



「健康な体を手に入れたら、僕はやりたいことが、こんなにもたくさんあったんだな」


 怜奈さんに会えない――それを認めてしまったので、僕の中のなにかが変わった気がする。

 全てのしがらみから解放されて、思考が変わったのかもしれない。体という器すら違うんだし。本当に、全てを捨てて来てしまった。

 口角が上がる。


 こんな状況でも、笑っている僕が……、そこにいた。

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