第59話 ベヒーモス7
テロ事件から、半年が過ぎた。
ベヒーモスは、僕が手を出しても、悲鳴を上げなくなった。
〈崩壊〉させる質量を増やして行く……。全力を出す必要はないけど、決められた質量より少しだけ大目に〈崩壊〉させる。
「今日は、これくらいで……。黛さん、帰りましょう」
「んっ」
教室に着いた。
「ご苦労さん」
「「「お帰り~」」」
「私は、別の所に行って来る」
それだけ言って、黛さんが消えた。
「ふう~。変化がないっていうのも、緊張しますね」
今のところ、大きな変化はない。だけど、次の瞬間にどうなるのかが分からないのが、スライムだ。だから、モンスターと呼ばれている。
「とりあえず、観測結果に異常は見られない。引き続き頼むよ、才羽!」
日本中が、期待しているのだとか。
誰が討伐したかなんてのは、公表されない。それと喜ぶのは、ベヒーモスが消え去った後なんだそうだ。
今までは、ベヒーモスが移動し続けたので、東京湾が使えなかった。移動した跡は、破壊の限りを尽くされるんだしね。
廃棄プラスチックを集めて餌として、移動させない政策を執っていたけど、限界もあると思う。
東京湾が奪還されれば、首都の復帰も期待出来るんだそうだ。
失敗が、許されないな。僕が失敗したら、次の人材が出て来るのは、何年後か――何十年後かになるかもしれない。
◇
「もっと急げ……と?」
順調だと思ったある日、牧先生から突然言われた。
「そ~。もっと短縮できるだろうってさ~」
牧先生……。呆れるのはいいけど、そのだらしない座り方を止めましょう。美人が台なしです。
詳細を聞くと、山本三佐からの依頼らしい。
その、山本三佐も、もっと上からの指示らしい。
そうなると……、総理大臣?
だけど……、考えてしまう。
「昔は、ベヒーモスが悲鳴を上げてましたよね? 鼓膜が破れるほどの……」
「そうだね……」
「危なくないですか? スピードを上げたら、また鳴き出すかもしれませんし」
「政府が使っているAIがさ、"安全"って結論を出したんだとさ。才羽の魔力なら、明日全てを〈崩壊〉させられると、太鼓判を押したんだよ」
AI? あれか……。未来予測を行うAIだ。信頼性は、イマイチ。占い程度にしかなっていない。株で大赤字を出したのは有名だ。
「茜と焔が手伝って、3倍の速度にしろとさ。演算では、"安全"だからって」
「反対ですね。僕以外の魔力でどんな反応を示すか……」
「分かってるよ、そんなこと……。それでも決行しろとさ……」
かなり、リスクのある命令だな。誰が責任を取るのか。
5人での移動になった。
僕の左右に、茜さんと焔さん。
黛さんを護る位置に楓さんだ。
躊躇っても時間の無駄だな。
「行きます……」
僕の魔力を送って行く。それに合わせて、風と炎がベヒーモスを襲う。
混合された魔力で、ベヒーモスを削って行く……。
――ピク
なにかを感じた……。魔力を止める。
「「才羽?」」
「……下がって!!」
全員で、黛さんの位置まで移動する。
「才羽? なにがあった?」
「モンスターの核が……」
次の瞬間に、ベヒーモスの〈再生〉が始まった。
僕たちは、黛さんの〈転移〉で、教室に戻った。
とりあえず、全員の服装を確認する。ベヒーモスの細胞が付いていたらアウトだ。
スライムの細胞に反応する専用の装置があるので、問題のないことを確認した。ちなみに、ブラックライトみなたいな装置だ。
「最悪だね……」
牧先生が、テレビの前で呟いた。
テレビに映るベヒーモスは、その質量を増やし続けていた。形は……、歪だ。
「何処まで、質量を増やすと思いますか?」
「……最大値までだろうね。今までがそうだったんだし。最大値プラス茜と焔が削った量の2倍かな~」
幸いにも、ベヒーモスが質量を増やす速度は、それほど速くなかった。
危惧した通り、茜さんと焔さんが触れた部分からのみ、質量が増えている。
今ならば、まだ間に合うかもしれない……。
「黛さん。僕だけもう一度お願いします!」
「才羽……。国策の失敗だ。付き合う必要はないよ。討伐期間が、2年から4年になって……、次は8年になるだけさ。これで、政府も懲りたと思うし」
「……行きます。お願いします」
「牧、時間がない。決断」
「……分かった、任せたよ。でも、危なくなったら、撤退だからね」
「はい……」
黛さんに再度、〈転移〉して貰う。ベヒーモスから少し離れた地点だった。
「黛さんは、戻っていてください。次になにが起きるか分かりません」
「才羽? なにを考えている?」
回答している時間が惜しい。
僕は、ベヒーモスに駆け寄った。
「右手の、〈固定〉!」
大きく、覆うように魔力を放出して行く。
「きゅうるるう~~~!!」
ベヒーモスが、悲鳴を上げる。
次の瞬間に、僕の魔力で覆われていないベヒーモスの体表が破裂した。
僕は、ベヒーモスの細胞を浴びることになる。
「才羽!!」
「黛さん! 僕は、もう戻れません! 一人で逃げて!」
黛さんは、一瞬逡巡したけど、撤退してくれた。
「ふぅ~」
大きく息を吐き出す。
「きゅっ!」
「メタル……。悪いけど付き合ってね」
「きゅきゅ!」
メタルは、僕の決意を感じ取ってくれたみたいだ。
僕は、魔力を全開にした。
〈崩壊〉の魔力で全身を覆うと、ベヒモスの細胞が、塵となって消えてなくなる。
元は、メタルの魔力なので、当然メタルに影響はない。
それと、服がボロボロになって行くので、途中で止めた。
「全裸は、避けたいな」
ここで、逃げてもいい。誰も文句は言わないだろうし。
だけど、4年後とか8年後と言われると……、僕には自信がない。
そして、僕にしか出来ないことだ。
今しかなかった……。
それが、牧先生の指示を聞かない理由かな。
僕は、左右の手に魔力を集中して、ベヒーモスに触れた。
「全力で……。今日だけは、回数も無制限だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます