第59話 ベヒーモス7

 テロ事件から、半年が過ぎた。

 ベヒーモスは、僕が手を出しても、悲鳴を上げなくなった。

 〈崩壊〉させる質量を増やして行く……。全力を出す必要はないけど、決められた質量より少しだけ大目に〈崩壊〉させる。


「今日は、これくらいで……。黛さん、帰りましょう」


「んっ」



 教室に着いた。


「ご苦労さん」

「「「お帰り~」」」

「私は、別の所に行って来る」


 それだけ言って、黛さんが消えた。


「ふう~。変化がないっていうのも、緊張しますね」


 今のところ、大きな変化はない。だけど、次の瞬間にどうなるのかが分からないのが、スライムだ。だから、モンスターと呼ばれている。


「とりあえず、観測結果に異常は見られない。引き続き頼むよ、才羽!」


 日本中が、期待しているのだとか。

 誰が討伐したかなんてのは、公表されない。それと喜ぶのは、ベヒーモスが消え去った後なんだそうだ。


 今までは、ベヒーモスが移動し続けたので、東京湾が使えなかった。移動した跡は、破壊の限りを尽くされるんだしね。

 廃棄プラスチックを集めて餌として、移動させない政策を執っていたけど、限界もあると思う。

 東京湾が奪還されれば、首都の復帰も期待出来るんだそうだ。


 失敗が、許されないな。僕が失敗したら、次の人材が出て来るのは、何年後か――何十年後かになるかもしれない。





「もっと急げ……と?」


 順調だと思ったある日、牧先生から突然言われた。


「そ~。もっと短縮できるだろうってさ~」


 牧先生……。呆れるのはいいけど、そのだらしない座り方を止めましょう。美人が台なしです。

 詳細を聞くと、山本三佐からの依頼らしい。

 その、山本三佐も、もっと上からの指示らしい。

 そうなると……、総理大臣?


 だけど……、考えてしまう。


「昔は、ベヒーモスが悲鳴を上げてましたよね? 鼓膜が破れるほどの……」


「そうだね……」


「危なくないですか? スピードを上げたら、また鳴き出すかもしれませんし」


「政府が使っているAIがさ、"安全"って結論を出したんだとさ。才羽の魔力なら、明日全てを〈崩壊〉させられると、太鼓判を押したんだよ」


 AI? あれか……。未来予測を行うAIだ。信頼性は、イマイチ。占い程度にしかなっていない。株で大赤字を出したのは有名だ。


「茜と焔が手伝って、3倍の速度にしろとさ。演算では、"安全"だからって」


「反対ですね。僕以外の魔力でどんな反応を示すか……」


「分かってるよ、そんなこと……。それでも決行しろとさ……」


 かなり、リスクのある命令だな。誰が責任を取るのか。



 5人での移動になった。

 僕の左右に、茜さんと焔さん。

 黛さんを護る位置に楓さんだ。

 躊躇っても時間の無駄だな。


「行きます……」


 僕の魔力を送って行く。それに合わせて、風と炎がベヒーモスを襲う。

 混合された魔力で、ベヒーモスを削って行く……。


 ――ピク


 なにかを感じた……。魔力を止める。


「「才羽?」」


「……下がって!!」


 全員で、黛さんの位置まで移動する。


「才羽? なにがあった?」


「モンスターの核が……」


 次の瞬間に、ベヒーモスの〈再生〉が始まった。

 僕たちは、黛さんの〈転移〉で、教室に戻った。



 とりあえず、全員の服装を確認する。ベヒーモスの細胞が付いていたらアウトだ。

 スライムの細胞に反応する専用の装置があるので、問題のないことを確認した。ちなみに、ブラックライトみなたいな装置だ。


「最悪だね……」


 牧先生が、テレビの前で呟いた。

 テレビに映るベヒーモスは、その質量を増やし続けていた。形は……、歪だ。


「何処まで、質量を増やすと思いますか?」


「……最大値までだろうね。今までがそうだったんだし。最大値プラス茜と焔が削った量の2倍かな~」


 幸いにも、ベヒーモスが質量を増やす速度は、それほど速くなかった。

 危惧した通り、茜さんと焔さんが触れた部分からのみ、質量が増えている。

 今ならば、まだ間に合うかもしれない……。


「黛さん。僕だけもう一度お願いします!」


「才羽……。国策の失敗だ。付き合う必要はないよ。討伐期間が、2年から4年になって……、次は8年になるだけさ。これで、政府も懲りたと思うし」


「……行きます。お願いします」


「牧、時間がない。決断」


「……分かった、任せたよ。でも、危なくなったら、撤退だからね」


「はい……」



 黛さんに再度、〈転移〉して貰う。ベヒーモスから少し離れた地点だった。


「黛さんは、戻っていてください。次になにが起きるか分かりません」


「才羽? なにを考えている?」


 回答している時間が惜しい。

 僕は、ベヒーモスに駆け寄った。


「右手の、〈固定〉!」


 大きく、覆うように魔力を放出して行く。


「きゅうるるう~~~!!」


 ベヒーモスが、悲鳴を上げる。

 次の瞬間に、僕の魔力で覆われていないベヒーモスの体表が破裂した。

 僕は、ベヒーモスの細胞を浴びることになる。


「才羽!!」


「黛さん! 僕は、もう戻れません! 一人で逃げて!」


 黛さんは、一瞬逡巡したけど、撤退してくれた。


「ふぅ~」


 大きく息を吐き出す。


「きゅっ!」


「メタル……。悪いけど付き合ってね」


「きゅきゅ!」


 メタルは、僕の決意を感じ取ってくれたみたいだ。

 僕は、魔力を全開にした。

 〈崩壊〉の魔力で全身を覆うと、ベヒモスの細胞が、塵となって消えてなくなる。

 元は、メタルの魔力なので、当然メタルに影響はない。

 それと、服がボロボロになって行くので、途中で止めた。


「全裸は、避けたいな」


 ここで、逃げてもいい。誰も文句は言わないだろうし。

 だけど、4年後とか8年後と言われると……、僕には自信がない。

 そして、僕にしか出来ないことだ。


 今しかなかった……。

 それが、牧先生の指示を聞かない理由かな。



 僕は、左右の手に魔力を集中して、ベヒーモスに触れた。


「全力で……。今日だけは、回数も無制限だ!」


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