第50話 黛さんが拗ねました

 朝教室に着くと、誰もいなかった……。


「僕が一番か? 珍しいな」


 多分だけど、黛さんが毎朝各人を迎えに行っていると思う。しっかりしているのは、楓さんくらいだ。

 教室で待っていると、牧先生が来た。走っている?


「才羽! 手伝ってくれ!」


「なにを?」


 というか、ホームルームはなし? 皆どうしたの?

 その後、車で連れて行かれる。

 住宅街を通って行く。

 そして、高層マンションの駐車場に止まった?

 セキュリティーが凄そうなマンションだな。億ション?


 牧先生に連れられて、エントランスへ。2重のセキュリティーを抜けた先の、エレベータを待つ。

 もういいかな? 聞いてみるか。


「この先に、誰がいるんですか?」


「黛だよ。引き籠りになっちゃってね。たまにあるんだよ」


「えっ……?」


 話を聞くと、流石にオーバーワークだったらしい。

 過労死ラインを超える労働時間……。

 夜中でも呼び出されるし。

 軽い鬱みたいなんだとか。


「寄りかかれる人物が必要だ。頼むぞ男子!」


「はい?」


 背中をバンと叩かれる。



 エレベーターが最上階に着いた。

 エレベーターから降りるんだけど……。


「空間が歪んでいますね。辿り着けそうにないです。これは無理です。不可能です。帰りましょう」


「諦めんのが、早ぇよ! なんとかしてよ!」


 無理でしょこれ……。

 黛さんが、本気で籠城策をとったら誰も連れ出せないと思う。


「魔法は三重ね。一番外側が、踏み込んだ者を〈転送〉させる。多分、富士山山頂だから、空間に触れないでね。二番目が〈落とし穴〉で足場がない。下の階で落下は止まる――と思う。ビル20階分を落下させたことはないので。最後が、破壊不可能の〈結界〉だ。形を自在に変えられて、物理破壊不可能ね。捕まって動けなくなったら、衰弱死が待っているわ」


 無理でしょこれ……。

 スライム防衛隊が、全力で攻撃しても効果なさそうだな。


「僕に、どうしろと?」


「黛を引き摺り出してよ! 秒単位で国家的損失が出てんのよ! 方法は、問わないわ!」


 頭痛い……。



 相談をしていると、なんか偉そうな人たちが、集まって来た。別室が、緊急の会議室に生まれ変わって行く。

 日本の危機なのかもしれない。


「まず、水を断ちましょう」


「無理! コッソリ抜け出して、コンビニに水と食料を買いに行っている!」


「街の全ての店舗に、スライム防衛隊員の配置を!」


「日本中じゃないと無意味なんだけど? それに、見つけた後に、どうするの? 確保なんて誰が出来るの?」


 うん。変異種モンスターよりよっぽど手強いね。


「下の階から、天井を抜きましょう!」


「前に行っていて、対策されているのよ! 最悪、このマンションの2フロアが消し飛ぶわ!」


「他の3人は?」


「我関せず……。街の防衛って名目の不干渉を貫いている」


 ダメじゃん。



 最終的に、週二回の休みを取らせることで、黛さんが折れた。スマホは便利だな。電波は繋がっていたか。

 黛さんが、愚痴愚痴言いながら、甘いモノを食べている。泣いてもいるよ。


「しくしく。私だって、風邪くらい引く……」


「うん、うん。そうだよね~」


「それと、才羽……。女子の部屋に無断で入っている。不法侵入。死刑に値する……」


 黛さんは、僕に部屋に何度来ましたか? 事前連絡もなかったですよね? 最中とか言っていませんでしたか?

 でも、牧先生の視線が痛い。

 なんか言った方がいいのかな?


「えーと、可愛いパジャマですね。それに、いい匂いだ。ドキドキします」


「……」


 無言だったけど、最低限の合格は頂いたみたいだ。

 とりあえず、黛さんの部屋から出ると、お偉いさんたちが、会話しているよ。


「やはり、負担をかけ過ぎているよ。まだ高校生なんだ。だが、対価も尽きてしまった……」

「ですが、彼女しかいないのも事実。八雲君では、制約があり……」

「貴重な人材なのだ。使い潰すのはもっての他だと、あれほど言ったのに……」


 中間管理職っぽいな。

 責任を擦り付け合っているよ。

 そして、視線が僕に集中した。


「「「やはり、恋人だろう!」」」


「僕では、無理です。他を当たってください」


 これから数日間が、日本の危機なのかもしれない。

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