第3話 庭でポイズンスライムと遭遇しました

 退院許可が出たので、平屋の家に帰って来た。親が購入してくれた持ち家だ。一応、家主は僕になる。

 家政婦さんが、僕の手を取ってゆっくりと歩かせてくれた。


 庭付きの一戸建て。建売り住宅だ。値段は分からないけど、相当な額なのは理解している。アパートでも良かったと思うけど、親の考えは分からない。近隣住民とのトラブルを避けたかったのかな?


 父親と母親は来ない。仕事が忙しいんだろうな。

 弟と妹は、両親と共に都会で暮らしている。滅多に会う事もない。


「病気が移ったらどうすんだよ!?」


 それが、兄弟仲を引き裂く決定的な言葉になった。

 まあ、家は裕福だ。

 空気の澄んだ土地で生活させて貰えるのは、嬉しいかな。


「相馬さん。お食事は、どうなされますか?」


 家政婦さんが、今晩の晩御飯の相談をしてくれた。

 食事か……。


「脂分の少ないモノをお願いします」


「何時もの鳥のささ身ですか? たまには別なモノを食されても……」


「胃に優しいモノで」


「病院食も飽きたんじゃありませんか?」


 そう言われてもな……。

 病院食、老人介護食……。もう、何が美味しいのかも分からなかった。

 最終的に、『豆腐』を選んだ。


 家政婦さんは、「それでは、湯豆腐にしましょう」と言って台所に向かって行った。材料は……、買ってあるのかな?


「そんなに張り切ることもないと思うんだけど」


 家政婦さんの名前は、小鳥遊怜奈たかなしれいなさん。

 十九歳の綺麗な女性だ。看護師になりたかったらしいけど、家庭の事情で諦めたのだとか。

 僕の四歳年上。

 僕も本当なら来年から高校生だったけど、こんな体では無理だ。

 全国模試を受けさせられたけど、散々たる結果だったし。


「教科書だけ渡して、テストだけ受けろという教師と国の制度……。意味が分からないよ」


 他の病弱な人たちは、どうしているのか分からない。僕に同学年の知り合いはいないからだ。

 まあ、言い訳だよな。僕が、勉強をしたくないだけだ。



 庭に出て、テラスにある椅子に腰かける。

 椅子が、ちょっと埃っぽいけど、服は洗って貰おう。日光浴を行いつつ、風を感じる。やっと、病室から解放された実感がわいた。


「ふぅ~」


 気を抜いた時だった。


「きゅぅ~」


 なんだ? 鳴き声? 猫? 犬?

 慌てて上体を起こす。

 庭を見ると、紫色の何かが震えていた。


 ――プルルン、グニョグニョ……


「動いている?」


 見間違う訳もない。あれだけ、毎日放送されているスライムだ。だけど、色が違う?

 でも、その毒々しい色……。

 通常のスライムであれば、半透明か薄い水色だ。

 なのに、ここまで明度が低く彩度の高い個体は、見たことがない。毒々しい紫色だし。


 スライムの脱走は、稀にある。普通は見つけた人が、その場で食べてしまうので、全体の件数は分からないけど。

 売れば足がつくし、研究所に返却しても謝礼金も出ない。詐欺が、横行したからだ。

 競売でなら、兆円単位の値がつくのにね。


 最悪なのが、犬や猫、鼠に食べられてしまうことだ。巨大なモンスターが現れる度に、研究所が怒られている。管理体制が甘すぎるみたいだ。

 そして、逃げ出したスライムを研究所に返却する義務もなかった。これは、研究所の責任問題に起因する。


 本当のところは、実際に逃げ出しているのかも怪しいという話だ。自然発生しているのか、海から這い上がって来ているのか……。正式な見解は出ていない。だけど、海外では起きていない事象だった。


「仲間を助けに来ているって、話もあったんだよな」


 僕は、ビニール袋を探して、捕まえてみた。

 上から袋を被せたんだ。


 ――シュワ~


「プラスチックを溶かしている。炭素分解……。間違いない。スライムだ。色的に……、ポイズンスライム?」


 勝手に命名してみる。

 僕は、鞄の中身をぶちまけて、スライムを捕獲した。

 カバンは、革製だ。スライムは、革や皮を好んで食べないのは確認済み。周知の事実だ。


「何をしているんですか?」


 ここで、怜奈さんが来た。

 カバンの中身を見せる。


「ぎゃあ~~~!」


 そんなに気持ち悪いかな?





 自分の部屋に戻り、入れ物を探した。部屋にカバンを置いて、家にある戸棚を片っ端から開けて行く。

 大き目の金属性の鍋……、寸胴鍋が台所にあったので、部屋に持ち帰り、スライムを入れてみた。


「ちょっと狭いかな? ゴメンね。明日は小屋になりそうなモノを探してみるから、今日だけ我慢しておくれ」


 僕は、ペットボトルを与えてみた。

 ポイズンスライムは、嬉しそうに溶かしている。

 最後に固まった炭素の個体が出る……、はずだった。


「コークスもどきが、排泄されるはずだったけど……。出ないな?」


 日本は、スライムの排泄物でエネルギーを賄うようになっていた。

 石油の輸入は、最盛期の百分の一らしい。

 そして、二酸化炭素排出量が多過ぎるので、世界中から非難されてもいる。

 だけど、世界中のプラスチックごみを輸入してもいる。


 スライムが発見される前からの、終わりの見えない問題だった。


 ――カラン


 金属の底板に、何かが落ちた音がした。

 それを拾ってみる。


「これ……、小さいけどダイヤモンド?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る