やがてその鼓動が止まったことを確認すると、

私はその柔い首元から手を離した。

まだ温かい血液が、今も胸元から滴り落ちていた。

私は乱れた美しい黒髪を整え、

零れ落ちた涙を掬うと、

彼女を見つめた。


 躯を沈ませ、目を瞑っている彼女。

その細くて白い、しなやかな躯を眠らせて、

煙のように、甘い香りを漂わせている。

硝子のような肌は、更に白く、血の気が引いていた。

 体温は溶け、指先は力無く落ちて、

少し赤に染まっていた頬は色を無くして、

形のいい唇は色を変えていた。

胸元は花が咲いたように赤く、

その血液は未だ鮮やかに彼女を彩っていた。


 嗚呼、ずっと、こうしたかったのではないか。

こんなに美しい姿を、見たかったのではないか。

力無く青白い、硝子のような手を取り、

私は彼女に軽くキスを落とした。


 彼女の罪は、償えたのだろうか?

あの悪魔の言うとおり、同じ場所へ行けるのであろうか。

彼女は地獄の烈火に焼かれ、傷だらけになって、

言葉も無くしているのだろうか?

嗚呼、折角、此処にいる彼女は美しいままに眠っているのに。

思考に堕ちたときだった。


「愚かな寵愛」

「貴方に償えるものか」


 先程までの黒く冷たい影が、こちらを見つめている。

まるで心を無くしたように、

空っぽの心臓のように私を見つめていた。


「貴方もこの罪を償いなさい」

「地獄へ、彼女と同じところへ」


 その姿は、いつしか自分の姿となっていた。

冷たく嘲笑する黒い悪魔は、

私の瞳をじい、と見つめると、

また黒い影に戻るのであった。


 あの悪魔は、自分自身の濁りきった鏡なのだろうか。

そうなのだとしたら、私は、嗚呼、私は、

私も共に死のう。この苦しみに、

僅かに残った罪悪感に、後悔に、身を委ね、

彼女をあの檸檬の木の下に埋めて、


 私も、その隣に寄り添って、私をころそう。


 嗚呼、嗚呼、嗚呼、

なんて幸福で、苦しい。幸福な苦しみだろうか。

さあ、行こう。共に眠ろう。終わりにしよう。

そうして、この罪に、罪悪感に、地獄に、

まるっきりの悪者として喰われてしまおう。

愛の悪魔へ、この身体全てを捧げてしまおう。

ころされてしまおう。

愛の悪魔に。

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寵愛の悪魔 天ヶ瀬 @Amase_0304

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