五
やがてその鼓動が止まったことを確認すると、
私はその柔い首元から手を離した。
まだ温かい血液が、今も胸元から滴り落ちていた。
私は乱れた美しい黒髪を整え、
零れ落ちた涙を掬うと、
彼女を見つめた。
躯を沈ませ、目を瞑っている彼女。
その細くて白い、しなやかな躯を眠らせて、
煙のように、甘い香りを漂わせている。
硝子のような肌は、更に白く、血の気が引いていた。
体温は溶け、指先は力無く落ちて、
少し赤に染まっていた頬は色を無くして、
形のいい唇は色を変えていた。
胸元は花が咲いたように赤く、
その血液は未だ鮮やかに彼女を彩っていた。
嗚呼、ずっと、こうしたかったのではないか。
こんなに美しい姿を、見たかったのではないか。
力無く青白い、硝子のような手を取り、
私は彼女に軽くキスを落とした。
彼女の罪は、償えたのだろうか?
あの悪魔の言うとおり、同じ場所へ行けるのであろうか。
彼女は地獄の烈火に焼かれ、傷だらけになって、
言葉も無くしているのだろうか?
嗚呼、折角、此処にいる彼女は美しいままに眠っているのに。
思考に堕ちたときだった。
「愚かな寵愛」
「貴方に償えるものか」
先程までの黒く冷たい影が、こちらを見つめている。
まるで心を無くしたように、
空っぽの心臓のように私を見つめていた。
「貴方もこの罪を償いなさい」
「地獄へ、彼女と同じところへ」
その姿は、いつしか自分の姿となっていた。
冷たく嘲笑する黒い悪魔は、
私の瞳をじい、と見つめると、
また黒い影に戻るのであった。
あの悪魔は、自分自身の濁りきった鏡なのだろうか。
そうなのだとしたら、私は、嗚呼、私は、
私も共に死のう。この苦しみに、
僅かに残った罪悪感に、後悔に、身を委ね、
彼女をあの檸檬の木の下に埋めて、
私も、その隣に寄り添って、私をころそう。
嗚呼、嗚呼、嗚呼、
なんて幸福で、苦しい。幸福な苦しみだろうか。
さあ、行こう。共に眠ろう。終わりにしよう。
そうして、この罪に、罪悪感に、地獄に、
まるっきりの悪者として喰われてしまおう。
愛の悪魔へ、この身体全てを捧げてしまおう。
ころされてしまおう。
愛の悪魔に。
寵愛の悪魔 天ヶ瀬 @Amase_0304
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