「欲望に忠実になりなさい」

「彼女は罪を犯しているのだから」

「だから貴方も」

「彼女のため、償わせてあげればいい」

「そして貴方も」

「彼女と同じところに行くといい」


「彼女だって、罪を犯しているのだから」

「貴方が彼女の罪を、償わせてあげればいい」


 嗚呼、私は今、色欲に溺れているのだ。

そして、その穢らわしい欲望を彼女にぶつけようとしている。

なんて幸せな、なんて甘やかな行為。

私は彼女のいる客室に向かった。


 寝台に眠る彼女に、手を伸ばす。

その可憐な体に、幾つもの痕をつける。

紅の花が首筋へ、鎖骨へ、胸元へと、

徐々に小さな刺傷のように彼女を侵食していく。

彼女は緩く身を捩ると、だんだん意識が浮上してきたようだ。

「...?どうか、しましたの?」

そう言い終わる前に、私は彼女の小さな口を塞ぐ。

呼吸もままならず、快楽に溺れ喘ぐ彼女に、

私は手に隠し持っていたカッターナイフを突きつける。

キラリ、と銀色の光が反射し、彼女の恐怖に怯える瞳を映す。

「どうして」

「なぜ?私を、どうするのですか」

震える彼女の綺麗な黒髪を撫で、もう一度その柔い唇にキスを落とす。

赤く蒸気した肌は、酷く艶めかしく、私の色欲の目に映るのだった。


 柔い、女性らしい細い首元を、強く、強く、強く、締めつける。

ほんのりと熱くなった温度が重なり合う肌越しに伝う。

彼女は溺れたように呻いては、私に手を伸ばして、

縋り、助けを求めている。

恐怖に、疑心に、錯乱に、蝕まれていく。

嗚呼、なんて愛おしい姿なのだろうか。

美しい黒髪は乱れ、硝子玉の瞳からは涙が零れ落ちている。

やがて冷えた喉から、ひとつひとつ温度を零す。

その声は、酷く拙く脆く、やはり愛おしかった。


私はそんな彼女の胸元にナイフを刺す。

鮮やかに赤いその血液が、つう、と流れ、

私の手のナイフに滴り、私を、彼女を、汚していく。

徐々に彼女の首元から体温が消えていく。


 嗚呼、この甘やかな行為が、

どうか彼女の償いになりますように。

嗚呼、この穢らわしい愛情が、

どうか彼女の全てになりますように。

 彼女を貫いたナイフを抜くと、

その銀色は血液を塗りたくられ、光を反射させた。

ほんの少しの罪悪感と、狂おしい寵愛が、

今、この瞬間に終わったのである。

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