第12話:終幕の序曲
「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
僕はレクレーションルームの上座に立ち、座っている
「どういうことなのか説明してください」
明沙良が口を開く。
「まあまあ落ち着いてください。今日は雪乃の自殺について皆さんと話したいと思ったからです」
僕は大きく息を吐く。
「何か、今日、
重音流鋭い。しかし、動じてはいけない。
「僕はこれまでぐうたらで、本当に駄目な生徒でした。高校生として何も謳歌せず、ただ無為に過ごしてた愚か者と言えるでしょう」
「しかし、そんな僕に閃きの神様が舞い降りてきました」
今日は両手バージョンの閃きポーズをする。久里亜が俯いて笑いをこらえているようだった。もしかして、久里亜は知っているのか・・・。
「何だよ、閃きの神様って。はじめて聞いたけど。新手のギャグ?」
重音流がツッコミを入れならがニヤニヤしている。重音流のツッコミは台本に無かったので、無視していいだろう。たぶん。
「今回は雪乃が誰から嫌がらせを受けていたのか、雪乃が何をやっていたのか、そして死の真相について、話したいと思います」
教室の空気が一変した。
死の真相・・・誰かが小さな声を漏らす。
「まずは雪乃が誰から嫌がらせを受けていたのかを話しましょう。皆さん知っているとは思いますが、念のための確認です。雪乃が受けた嫌がらせで確認できているのは、莉杏への誹謗中傷、そしてこの写真です」
僕は知らないおじさんと写っている写真を手に持ち皆に見せる。
「これらは嫌がらせというよりも、雪乃の評判を下げることで、間接的に雪乃を陥れようとした行為です。そして、それをやったのは・・・」
僕は一同を見回し、右腕を軽く上げた後、勢いよく腕を降ろしながら指さした。
「明沙良、君だよね?」
明沙良は俯き震えているようだった。
「反論しないということは、Yesということで間違いないかな?」
一同の視線が明沙良に集まる。
「莉杏への誹謗中傷とこの写真は同じ封筒に入っていた。そして、それは文芸部が使っている特殊な封筒だ。そうなると文芸部である明沙良が一番近い存在と言える」
明沙良は肩を震わせていた。泣いているのかもしれない。
「写真は、雪乃から貰ったものだろう。そしてその写真を使って、裏アカウントも作ったんだよね?」
マジかよ・・・重音流が声を漏らす。
「明沙良さん、本当なの?」
莉杏が明沙良に声をかけるが、明沙良は俯いたまま反応しなかった。
僕は続ける。
「裏アカウントについては、重音流と雨草先生から話を聞きました。そしてその二人とも明沙良から情報を得ています。間違いないですよね?」
僕は重音流と雨草先生を順番に見た。二人が頷いたことを確認し、僕はさらに続けた。
「雨草先生はかなり前に明沙良から情報を得ていました。しかし、重音流は一昨日、明沙良と一緒に調べて見つけたと言っていました。これは大いなる矛盾です。その矛盾を解消できる解答は1つ。明沙良、君が裏アカウントを作ったからだ」
皆驚いていた。僕が考えたわけじゃないけど・・・。
「話してくれるかな? 明沙良」
僕は明沙良に問いかける。できる限り優しい口調で。
明沙良はすすり泣きながら、顔を上げる。
「ごめんなさい」
そう言って明沙良は号泣する。莉杏が明沙良に寄り添い、背中に手を当てる。
僕たちは明沙良が落ち着くのを待ち、言葉を待った。
「雪乃ちゃん・・・」
明沙良が鼻をすすりながら口を開く。
「雪乃ちゃんは、すごく完璧で・・・私なんか、全然違くて・・・。友達だったけど、ずっと、ずっと見下されているような感じがして。それに・・・久里亜くんと付き合ってるって聞いて。全部、全部、雪乃ちゃんが持っていくの。だから、それで・・・」
紫苑が僕に役割を与えたのは正しい。もし、僕が聞いている側だったら、明沙良に飛びかかっていたかもしれない。
これも先読み、フォーサイトジーニアスの為せる技なのか。
「雪乃はもう居ません。そして、明沙良も反省をしているみたいですし、僕はこれ以上、この件については追及しない方が良いと思っています。どうでしょうか?」
「擁斗は、それで良いんだな?」
今回の件は僕の想いから始めたことだ。だから、重音流の言葉は最もと言える。でも、これは序曲だから。
「うん」
僕は頷いた。
「皆もそれで良いかな?」
異論は無いようだった。最後に先生に問いかける。
「先生はどうですか?」
メガネを中指で軽く直しながら、雨草先生はゆっくりと喋りはじめた。
「わかった。ただ、やったことについては反省文を書いてもらう。それは僕だけが読んで、公にはしない。ということで、良いかな」
「しぇんしぇい」
そう言って、明沙良は再び号泣した。
ふう。とりあえず、ここまでの流れは台本通りだ。
細かいところに違いはあったけど、最初の関門である明沙良の罪の告白はクリア。
パンと僕は軽く手を叩く。
「さて、次に雪乃が何をやっていたのかについて、話していこうと思う。まず、この写真の人物は、雪乃のお父さんの議員秘書です。この写真は結弦が撮ったもので間違い無いですね?」
僕は結弦に視線を投げる。
「はい。間違い無いです」
「日時と場所を指定されて撮ったんですよね」
「はい」
「この日は久里亜とデートの約束をしている日でした。しかし、それはアリバイ工作であることがわかっています。そうですね、久里亜」
久里亜は大きく頷く。
「二人は交際の噂がありましたが、それは雪乃が提案した偽装です。雪乃はそうやって、議員秘書と会っていました。では、雪乃はこんな写真を撮る必要があったのでしょうか?」
僕は一同を見回す。皆、僕の言葉を待っているようだ。
「それは、8年前の汚職事件について、調べていたためです。雪乃はその情報を得るために議員秘書と会い、そしてこの写真を使って、情報を引き出していました」
「それってどういうこと?」
僕は重音流の言葉に手で答える。
「議員秘書が女子高生とホテルの前で会っている写真と言えば、理解できるでしょうか。例え何も無かったとしても、大きなスキャンダルになるでしょう。それをネタに雪乃は情報を引き出していたのです」
僕は昨日紫苑から聞いた話をそのまま繰り返す。
「その証拠はあるのかな?」
雨草先生が僕を鋭い目で見てきた。
「もちろん。あります。これは僕の助手が昨日、雪乃のスマートフォンから抜き出したデータです」
僕は用意していた紙を皆に見せた。
「これは手帳のコピー、あと帳簿と裏帳簿とその違い、そして雪乃が追記したメモが残されています」
「それをどうするのかな?」
「僕はどうしようか迷っています。公表すべきなのか、それとも隠したほうが良いのか。それを皆で話し合いたい」
「雪乃さんは、そのために調べていたのだろう。そうであるならば、雪乃さんの想いを汲むのであれば公表するのが良いのではないだろうか」
「先生、その結論はまだ早いんです」
「どうして?」
「その前に雪乃の死について話す必要があるからです」
「雪乃さんの死について?」
先生は眉根を寄せ、怪訝そうな顔をする。
「ええ。雪乃は自殺なんかじゃない。事故でもない。彼女は、雪乃は殺されたんです」
教室にどよめきがこだまする。
「殺されたって、どういうことだよ・・・」
重音流が声を漏らす。
莉杏は口に手を当てていた。
明沙良は涙を拭きながら、こちらを見上げている。
結弦は単純に驚いているようだった。
雨草先生は相変わらず、こちらを怪訝そうな顔をして見ていた。
久里亜は両手を「くの字」にして、広げたり縮めたりしている・・・。
えっ?
そのサインは・・・引き延ばせってこと?
あっ、そう言えば、紫苑が登場するのは、もう少し前だった。
やっぱり久里亜は全部知ってたのか・・・。
「えーっと」
ちょっと調子にのっていた。そうだよ。紫苑のことを忘れてた。紫苑からGoサインが出ないと、この後の話はできないんだった。
「僕は雪乃が殺されたと思っています。皆さんはどう思いますか?」
場が急に変な空気に包まれる。
「擁斗はどうしてそう思ったんだ? それを聞かせてくれ」
重音流が当然の質問をしてくる。
「その前に、みんなに聞きたいことがあったんだよね。チョコミントアイスについてどう思う? 僕はさあ、すごく好きなんだよね。でも、嫌い人もいるじゃん。みんなはどうかなあーって」
絶対に今する話ではない。それはわかっているんだけど、何も思いつかなかった。
「夏休みにはさ、もう毎日食べてたの。でもさ、最近無くなっててさ、どうも期間限定みたいなんだよね。ずっと出してほしいなーって思ってさ。そう思わない?」
久里亜は下を向きながら肩を震わせて笑いをこらえている。助けてよ。
みんなポカーンとしている。もう限界じゃないか・・・。紫苑・・・どうしおん。
ガラリ。
教室の前のドアが開いた。そこにはニヤケ顔の紫苑が立っていた。
紫苑・・・ワザとだな・・・。
「ごめんさい。遅れてしまって。擁斗くんに頼まれたもの準備できました」
そう言って、紫苑は僕に紙を渡す。そして親指を立ててサムズアップのジェスチャーをした。
Goサインだ。
「話を戻そう」
戻したいのは時の方だったが・・・。
「まず雪乃が殺された真相について話す前に、今回の事件の鍵となる事柄について確認しておく必要があります」
一度、変になってしまった空気を戻すのは大変そうだったが、頑張るしか無い。
「それは僕たちのクラスで使っている『みんなで投票くん』です。先生、『みんなで投票くん』は先生が作ったもので間違い無いですよね?」
雨草先生はゆっくりと頷いた。
「そしてクラスで使うことを提案したのも先生ですよね?」
雨草先生は今までに見せたことの内容な突き刺すような視線で僕を睨む。
「これは先生に確認しなくても、クラスの人間なら誰も知っていることです」
僕が見回すと重音流、莉杏、明沙良、久里亜が頷いた。
「このアプリはインストールするときに警告がでます。それは公式のアプリではないからです。A社にもG社にも登録されていません。ただ、先生が作ったアプリということで、僕たちはあまり何も考えずに、その警告を無視してインストールしてしまいました」
僕は雨草先生を睨み返す。
「先生は、このアプリで僕たちのスマートフォンのジェイルブレイクをしましたよね」
「ジェイルブレイクって何だよ」
重音流の疑問は最もだ。
「重音流、重要なのはそこじゃないんだ」
なぜなら、僕もよくわかってないから。
「需要なのは、このアプリをインストールしてしまうと、僕たちのスマートフォンの中身が先生には見えるってことなんだ」
皆が先生を視線を向ける。
「それだけじゃない。スマートフォンの機能を操ることができるんだよ。そして、その機能を使って、雪乃は殺されたんだ」
なんだってー!そんな声が教室に鳴り響いて欲しかったが、教室はむしろ静まり返っていた。
「僕が雪乃さんを殺したと言いたいわけか。では、どうやってやったのかな?」
「音です」
「音?」
リーンゴーンガンゴーン。
「もう昼休み終わりか?」
重音流がスマートフォンを見る。
「あれ、まだそんな時間じゃないけど・・・」
「今の音は僕がスマートフォンで鳴らした音なんだ」
「どういうこと?」
「人間というのは、気づかないうちに音にも意味を持たせてしまう。このチャイムもそう。チャイムが鳴ったら、時間が来たと思ってしまうものなんだ。そして・・・」
僕は息を少し吐く。
「信号機の音を聞くと、青だと思ってしまう・・・。そうですよね、先生」
先生がニヤリと笑う。
「そうか、そこまでわかっているのか」
「ええ。すべてわかっています」
「どういうことだよ!」
重音流が立ち上がる。
「雪乃はイヤフォンをしてスマートフォンを見ながら英語の勉強をしていたんだ。事故の時、イヤフォンから声が漏れていたからね。最近、成績が落ちてきていたから、スキマ時間も勉強に使っていたんだ。そして、イヤフォンから『通りゃんせ』がかすかに流れ来る。信号が青になった合図だ。だから前を見ずに歩き出してしまった。本当は赤だったのに・・・」
「そんなことって・・・」
「非注意性盲目。特定のものに集中していると他が見えにくくなる状態のことだ。歩きスマートフォンが良くないのもそうだね。ゲームでも映像でも良いけど、スマートフォンの画面に集中していると、他に注意が向かなくなる。時間の感覚もズレてしまうことが多い」
僕は一気に続けた。
「毎日のように通る道。毎日のように聴いた『通りゃんせ』の信号音。それはパプロフの犬の効果もあったのかもしれない。ただ1つ言えることは、誰かが雪乃のスマートフォンの機能を使って、『通りゃんせ』の信号音を聞かせたことで雪乃は歩を進めたということだ」
パチパチパチ。雨草先生が拍手をする。
「それを僕が仕組んだと?」
「半分はそうで、半分は違います」
先生の顔色が変わる・・・。
「雪乃のスマートフォンを調べました。そこにはアップデート前の『みんなで投票くん』のアプリがあったんです。それをリバースエンジニアリングしたところ、『通りゃんせ』の信号音の音声データがありました。そして・・・」
僕が続きを言いかけたところで、雨草先生は紫苑の後ろにまわり、紫苑を羽交い締めにする。
紫苑!
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