第11話:遺書らしきもの

雪乃ゆきのが殺された・・・かもしれないという紫苑しおんの言葉。

「それは、アレだよね、間接的にってことだよね?」

嫌がらせをうけたことが原因で、それに耐えられず自殺したのであれば、嫌がらせをした人間が間接的にと言えるだろう。

「間接的という意味では、確かにそうね。でも、嫌がらせを苦にしたとか、誹謗中傷で心を痛めたということではないよ」

紫苑は何を言っているのだろう。

「明確な殺意を持って、殺すための準備をして、それを実行した結果によって、雪乃さんが事故にあったという話。けれど、これは殺人事件として法で裁けるのかどうかは、ワタシにはわからない・・・」

「どういう、こと?」

「まだ必要な情報、いえ、証拠が揃っていないから。ただ、明日で一連の事件は解決するはずよ。正確は明日で終わらせようとしている人がいるということだけど」

終わらせようとしているというのはどういう意味だろう。

「でも、それは許さないわ。だって、ワタシに手を出してきたんだから。しっかりと報復しておかないとね」

そういって紫苑はニヤリと笑う。ギ、ギギリ。


「擁斗にはさ、協力して欲しいの」

紫苑は紙を取り出し僕に渡してきた。

「コレって・・・」

「明日の台本」

台本?

「さっきも言ったでしょ。明日、すべてを終わらせるの。きっと相手ものってくるはずだわ。むしろ、そう仕向けてきているから」

「仕向けて来てるって・・・」

「擁斗も薄々は気づいてるんじゃない? あまりにもタイミング良く情報が出てきたり、話がトントン拍子に進んでることに」

それは確かにそうかもしれない。

「たぶんだけど、明日の朝に、重音流えねるくんか莉杏りあんちゃんから、封筒の件について話があると思うわ。それをトリガーにして、擁斗には台本通り動いて欲しいの」

「わかった・・・よ」

僕は静かに頷く。

しっかり頼むよと言いながら紫苑は僕の二の腕をパンっと叩いた。


僕は台本を少し読み始めた。

「あのさ、コレってどういうことなのかな?」

気になったので紫苑に質問をする。

「ああ、そうね。ちゃんと背景情報を知っておいた方が、演技しやすいかもね。ちょっと待ってて」

紫苑はPCに向かい何か作業をしはじめた。


「お待たせっ。えっとねー、何から話そうかな」

「まず雪乃の遺書って何?」

「ああ、それね。雪乃さんのスマートフォンに残ってたの。遺書らしきものが」

「遺書らしきもの?」

「そう。でも、これは遺書ではないわ」

そう言って、紫苑はスマートフォンの画面を僕に見せてくれた。

いつも使っているスマートフォンとは違ったのが気になったけれど、僕は画面の文字を読むことに意識を集中しする。


私はけがれた存在だ。

これまでの私にはどうしようもなかった。

すべてを知った今、私自身の手で私を解放しよう。

すべてを解き放つ時が来たのだ。


確かに遺書らしくない。

「おそらくだけど、『私自身の手で私を解放しよう』という言葉が自殺という意味と解釈されたのかなって思ってる。ただ、これは自殺を補完するものであって、警察もそれほど重要視はしてないでしょうし、それは正しい判断だわ」

「どうしてそんなこと言えるのさ?」

「これはあるWeb小説の一節なの。擁斗はヨモカコって知ってる?」

「小説投稿サイトだよね」

「その小説の1つに、まったく同じ言葉があったわ。そして、その小説は1ヶ月くらい前から更新されてないの」

「それって」

「ペンネームはスノーガール。雪乃さんのスマートフォンにもカコヨモのアプリが入っていて、ちゃんとログインして確認した。つまり、これは遺書ではなくて、何か考えがあって小説の一節を残していただけだと思う。もしくは下書きだったのかもしれない」

だから遺書らしきものという情報しか出てこなかったのか。それなら納得もできる。

「その小説って」

「タイトルは贖罪。まだ見れるけど、ざっくりと話をすると、国会議員である父親の不正を知った少女が父親を告発する話」

告発・・・。それは・・・。

「小説は非公開のエピソードが続いていて、そこには父親の汚職事件について書かれていたわ。でも、公開をためらっていたんでしょうね。最後のエピソードの公開後、更新が止まっていたの」

「それはもしかして・・・雪乃自身のことだから・・・」

「たぶん、そうだと思う。少し調べてみたんだ。そうしたら8年前に雪乃さんの父親の贈収賄事件の話が出てきたの・・・。その事件は、秘書が独断でやったということで、幕引きされているわ」

よくある政治のニュース。秘書が独断でやったことで私は知らなかった・・・。いつも同じセリフだ。

暴力団は組員がしたことでもその長に責任を取らせる法律があるのだから、議員についても秘書の責任を議員が取る法律を作れば良いのに、誰もそんなことはしない。

したがらないのか・・・。

「ああ、だから雪乃はお父さんの議員秘書と何度も会っていたのか」

「おそらくね。調べていたんだと思う」

「隠し撮りは証拠を残すためってことか。何かあった時のための保険・・・」

「そういう側面もあったかもね。でも、ワタシは違うと思ってる」

「どういうこと?」

「あの写真、背景にホテルが写ってたでしょ。時間と場所は雪乃さんが指定してた。ということは、雪乃さんはそれが背景に映ることがわかった上で、いえ、あえて背景に映るようにしたんだと思う」

「何でそんなこと・・・」

「もし、議員秘書と女子高生がホテルの前にいる写真が出回ったとしたら、擁斗はどう思う?」

「それは・・・」

たしかにそうだ。例え何も無かったとしても、マスコミは多いに騒ぎ立てるだろう。

「雪乃さんは、それを交渉材料に情報を手に入れていたんだと思う。そして、それを小説として残そうとした。でも、公開してしまえば・・・すべて終わってしまう。例え、汚れたお金であっても、自分を育ててくれた両親に対して、何の感情も持っていないとは言えないでしょう」

そうか。『私はけがれた存在』とは汚れたお金で育った自分という意味なのだろう。

「じゃあ、何で雪乃は・・・、告発を恐れた誰かに・・・もしかして、その議員秘書の人が・・・」

「そう単純な話でもないの。それに、雪乃さんが亡くなったとき、議員秘書の人は近くに居なかったわ」

「遠くからなんか、催眠術とか使ってとか、そいうのはできるんじゃ」

「催眠術の可能性は考えた。催眠術なら何かトリガーが必要で、例えば雪乃さんに電話をしてキーワードを伝えたのかなって思ったけれど、雪乃さんのスマートフォンには事故当時、着信は無かったわ。それに、機内モードになってたの。それも予想通りだけど。というか、それも台本に書いてあるから」

えっ?

「まずはちゃんと読んでみて」

そう紫苑に促され、僕は台本を頭から読み始める。




「紫苑、コレって・・・」

「すべてが正しいかどうかは、明日わかることよ。それにアドリブがいろいろと入るだろうから、その時は適当にお願いね♪」

ニッコリと笑う紫苑。

でも僕はどうしても納得できない点があった。

「この台本だと、紫苑が危ないじゃないか」

「えっ、心配してくれてるの?」

「当たり前じゃないか」

「でも、ワタシの予測が確かなら、大丈夫よ」

「想定外のことが起きたら?」

「擁斗が身を挺して守ってくれるでしょ♡」

「うん」

それ以上僕は言葉を口に出すことができなかった。

雪乃が亡くなったとき、僕は見ていることしかできなかったから。

もし、紫苑に危険が迫ったとき、僕はなにかできるのだろうか・・・。




翌朝、昨日は夜遅くまで台本を読んでいたのもあってまだ眠気が取れなかったが、なんとかベッドから這い出す。

紫苑の台本によれば、僕は少し早めに学校に行き、封筒の件の情報を得て、皆を昼休みに集める算段をしなければならない。

僕が通っている学校は私立で土曜日の午前中に授業がある。

その授業の後の昼休みが決戦の場だ。


眠い目を擦りながら、なんとか学校に着いた僕は、どうしても耐えきれず、机に突っ伏してしまった。

一瞬だったかもしれないし、少し時間が経ってからかもしれないが、重音流が僕の方を揺らし声をかけてきた。

「昨日は夜更かしでもしたのか?」

「いろいろとやることがあってね」

台本を覚えなければいけなかったから。

「そっか。そういえば封筒。どこで見たか思い出したよ」

紫苑が昨日言っていた通りだ。台本に書いてあった。

僕は台本のセリフで返す。

「本当か? それで最後のピースが揃ったな」

「えっ、何? 最後のピースって」

その返事は台本には書いてなかった。

「ピースはピースだよ、平和にピースってこと」

「意味わかんね、何それ」

「細かいことは良いじゃん。で、封筒はどこで見たんだよ」

「ああ、あの封筒さ、あれ文芸部が使ってる封筒だと思う」

「文芸部?」

「そう。この封筒さ少しマチがあって、ちょっと厚めのものを入れられるようになってんだよ」

重音流は鞄から封筒を取り出して、封筒の横を見せてくれた。

「おはよう」

莉杏が声をかけてきた。

「おはよう!」

重音流が爽やかに挨拶する傍らで、僕は手を上げて挨拶をする。

「莉杏さ、嫌がらせの紙が入ってた封筒ってさ、横にこんな感じでマチが無かった?」

「うん。あった」

そう言って莉杏も鞄から封筒を取り出す。

同じ封筒だ。

「これ文芸部が使ってる封筒なんだよ」

莉杏は驚いた顔をする。

それにしても紫苑の読みは恐ろしい。重音流か莉杏のどちらかとは言っていたけれど、ダブルで畳み掛けてくるとは・・・。

「ってことは、文芸部の奴が怪しいってことだよな」

重音流は顔を斜め後ろに向け、目の端で明沙良を見る。

「重音流、頼みがあるんだけど・・・」

「何?」

「昼休みにさ、みんなを集めて欲しいんだ」

「みんなって?」

「重音流、莉杏、明沙良、久里亜くりあ結弦ゆずる、あと雨草あまくさ先生」

「先生も?」

「うん。言ったろ、最後のピースが揃ったって」

「わかったけど、紫苑は良いの?」

「紫苑にはもう連絡済。お願いしてることがあってね。あとから来るよ」

「何だよ、やっぱそういう仲なんだろ? こいつー」

重音流が肘で僕をグリグリと突いてくる。

「ちげーよ」

そう言う僕の言葉に力は無かった。言い切れない自分がいた。


授業中、僕は教科書を盾にして、台本を読み返す。

紫苑からはセリフは似たような感じであれば問題無いって言われた。

大切なのは流れだって。それを改めてセリフとともに確認する。

大丈夫さ、僕ならできるはずだ。




あっという間にお昼休み。僕はセリフに不安はあったけれど、頑張るだけ頑張った。

後は野となれ山となれだ。


重音流や久里亜と目配せをして、僕たちは教室を出て、レクレーションルームに向かう。

レクレーションルームの前にはすでに明沙良と莉杏、そして結弦が待っていた。

部屋に入るときに雨草先生がこちらに歩いてくるのが見えた。これで役者が揃ったというわけだ。

僕は気合を入れるために、片方の頬を平手で叩く。

さあ、決戦だ。

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