第10話:隠されていた事実

紫苑しおんを家まで送り、家に帰ってから、これまでのことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

スマートフォンのアラームで目が覚めたが、もう少し寝ていたかった。


雪乃ゆきのの死は自殺じゃない』というメールで僕は立ち直り、雪乃の死の原因を調べはじめた。

そして雪乃は何かを調べていたのか、何かをしようとしていたことは間違いない。

久里亜くりあとの偽りの交際と、隠し撮りの写真を雪乃が自ら依頼したことが理由だ。

その一方で、莉杏りあんへの嫌がらせ、僕たちに隠し撮り写真を見せることで、雪乃を陥れようとしている人間がいることもわかった。

もしかすると、それが雪乃が自殺した原因なのかもしれない。

鍵は写真に写った知らないおじさんだろう。

おじさんが誰かわかれば、雪乃がしようとしていたことがわかる気がした。


ぼんやり考え事をしてゴロゴロしていたら、スマートフォンが鳴る。

紫苑からKINEでメッセージが来ていた。

『アリバイ工作してきまーす♪』

嬉々としてアリバイ工作をする宣言はどうかと思ったけれど、僕は予定通り『よろしく頼む』と返信をしておいた。

紫苑からすぐに『了解です』の絵文字が返ってくる。

よくわからなかったけど、紫苑には何か考えがあるのだろう。


普段通り学校に行き、普段通りのホームルームを終えると、久里亜が教室の前の扉から出ていく。

それを目の端で追っていたら、重音流えねると莉杏、そして何人かのクラスメイトが集まってきて僕に話かけてきた。

みんな紫苑のことを聞いてきたので、僕は風邪で体調が悪いみたいだと伝える。

たった数日で僕よりクラスメイトに人気の紫苑に、ちょっとだけ嫉妬しそうになる。

でもそれは、僕がクラスメイトとあまり関わってこなかったことも原因だろう。


みんなが掃けた後、教室の後ろの扉を開いて久里亜が僕のところへ歩いて来る。そてい、机の前にしゃがみ込み、顔を近づけてきた。

久里亜が良い奴だとわかって改めて顔を見ると、中性的で整った綺麗な顔立ちだなと感じる。

こんな顔に近くで見つめられると、みんなドキドキしてしまうだろう。女子に人気が出るのもわかる気がした。

久里亜は僕を見つめたまま、何も話さない。

「近いよ」

「ああ、すいません。目が悪くて」

久里亜はかなり声のトーンを落として話す。周りに聞かれたくないようだ。

「紫苑さんから頼まれたことがあって、今日お昼休みに時間をください」

そう言い残して久里亜は席に戻っていった。


授業が始まって久里亜の姿を後ろから眺める。

少しわかりにくかったけど、メガネをかけていることが確認できた。

もう何ヶ月も一緒のクラスで、何でこんなことに気づけなかったのだろうと思う。

僕がずっと見ていたクラスは、今や全然違うクラスに見えている。


授業の終わりと昼休みのはじまりを告げるチャイムが鳴ると、早速久里亜が僕のところへ来た。

重音流も僕を昼飯に誘いにきたけれど、久里亜と先約があると伝える。

「いつの間にそんなに仲良くなっただよー」

「いろいろとあってさ」

「直接話して良かったろ」

それは確かに重音流の言う通りだと思う。

イメージだけで人を判断してはいけないなんて、当たり前のことだと思っていたけれど、自分では意外と気づかないことも多い。

きっと他にもイメージで判断してしまっていることがあるような気がした。


久里亜に連れられて僕は教室を出る。

「あのさ、何で僕たち手を繋いでるの?」

「はぐれたら困りますから」

「もう子どもじゃないから大丈夫だよ」

僕の言葉はスルーされ、久里亜は歩く。何か、僕の扱い悪くない?


連れてこられたのは職員室だった。

久里亜は雨草あまくさ先生のところへ向かう。

朝、ホームルーム後に教室を出ていったのは、先生を追いかけたのだと思った。


「先生」

雨草先生は振り返り、僕たちの顔を見た後に、繋いでいる手に目を落とす。

「先生、相談があって」

「ああ、朝、聞いた。どんな相談?」

「雪乃さんの自殺の件です」

久里亜は声のトーンを落とす。

先生は微動だにしない。いきなりこんな話題をされたら、誰だってそうなるだろう。

「場所を移動しようか」

雨草先生は立ち上がり、僕たちを連れて職員室を出た。


職員室から少し歩いてレクレーションルームに入る。

映像などを生徒に見せる部屋で、主に教育系のビデオを見る場所だ。

最近では生徒にタブレット端末が配られていて、そのタブレットで映像を見ることも多く、あまり使われなくなった。

先生を正面に僕と久里亜が机を挟んで座る。

そして久里亜が、先制パンチをいきなりかます。

「先生、雪乃さんの自殺の真相について知ってますよね?」

「どういうことだろう? 意味がわからないけれど」

雨草先生は中指でメガネを少し上げる。

「隠さないでください。雪乃さん、何か嫌がらせを受けましたよね?」

先生の目が少し鋭くなったように感じた。

「どうしてそれを?」

知っているのか?ということだろう。そしてそれは雪乃が何らかの嫌がらせを受けていたことを認めたということでもある。

久里亜はスマートフォンを取り出し、雪乃の裏アカを先生に突き出すようにして見せた。

画面をちらっと目をやり、再び久里亜の顔を見た雨草先生は、それである程度理解したようだった。

「このアカウントについては、生徒から情報提供があって僕も知っている・・・」

そこで一度先生は言葉を止める。僕たちを値踏みするような目で見ていた。

「このアカウントを他に知っている人は?」

「何人かいますが、みんな表沙汰にはしたくないということで話はまとまっています」

「そうか」

雨草先生はそこで一呼吸置く。

「雪乃さんの自殺については、僕も責任を感じている。けれど、僕にはどうしようもなかったとだけ言っておきたい。これは言い訳ではなくて、本当にどうしようも無かった」

先生は知っていて黙認していたのか。

どうしようも無かったってどういうことだ。

何もしなかっただけじゃないのか?

先生が対処していたら、雪乃は・・・。

僕の中でフツフツと怒りが込み上げてくる。

僕は立ち上がり先生に詰め寄った・・・と思ったら、グッと手を久里亜に引っ張られた。

思わず久里亜の顔を見るが、久里亜は先生の方をジッと見ている。

手を握っていたのは、そういう理由だったのかと理解する。手綱を握られている感じ。

「このアカウントについて知った時、僕は雪乃さんと話をした。何か困っていることは無いのか? 辛いことは無いのか? と。雪乃さんは特に何も無いと凛として答えていたよ。だから、僕はこのアカウントを見せて、僕にできることは何でもしたいと雪乃さんに伝えたんだ。けれど、雪乃さんは『ありがとうございます。先生の想いは理解しました。でも、ごめんなさい』と言って、拒否されてしまった」

先生はメガネをずらし手を目に当てながら下を向く。

そのセリフは明沙良から聞いたものと一緒だった。やはり先生からの告白ではなかっのだ。

「あの時、もっと強引に雪乃さんに迫っていたらと思うことはある。ただ、僕は男性の教師で、雪乃さんは女性の生徒だ。彼女に断れたのに強引に介入するのは、今の御時世難しいだろう。僕の保身という気持ちが無かったとは言わない。ただ、他には証拠が見つけられなかったから、それ以上は踏み込めなかった」

先生は鼻を啜る。

「すまない」

「やはりそうでしたか。擁斗が推理した通りでしたね」

僕が推理した通り?

「俺たちは明沙良さんからこのアカウントについて教えてもらったのですが、先生もそうですよね?」

先生は俯いたまま首を縦に振る。

「本当にすまない」

嗚咽混じりで、雨草先生は声を絞り出していた。



少し一人にしてほしいと先生から言われ、久里亜と僕はレクレーションルームを出る。

久里亜がフーっと大きく息を吐く。

レクレーションルームから結構離れたところで、僕は久里亜に疑問をぶつけた。

「あのさ、僕、そんな推理したっけ?」

「ああ、それはオーダーからの指示です」

「オーダー?」

ああ、司令塔的なやつか。

「細かいことは良いじゃないですか。俺は役割は果たせたので満足です」

「役割って?」

「それは秘密です」

何だよ、みんな僕に秘密多すぎないか。

それに話がトントン拍子に進んでしまっているようで、やっぱり僕だけ置いてけぼりになっている気もする。

「あとさ、手」

僕は久里亜の手をほどこうとしたら、強い力でグッと握られた。

「まあ、もう少しだけ良いじゃないですか」

久里亜は僕に満面の笑みで答えた。



昼休みの出来事を思い起こす。雨草先生も雪乃の自殺を悔いていた。

きっと裏アカ以外の嫌がらせもあったに違いない。

それらが積み重なって・・・。

最近、芸能人の自殺のニュースをよく見る気がする。

一般人から見たら成功者と言える有名な人でも誹謗中傷によって自ら死を選んでしまう現実。

言葉には僕たちが思っている以上に強い力があると思う。

SNSの登場で、以前よりも、その言葉が直接伝わってしまう時代になった。

その分、言葉の力が以前よりも、強くダイレクトに届いてしまう。

悪いことをした人間を叩くという大義名分が、多くの人を狂気に駆り立てていると感じるのは僕だけだろうか。

そして多くの人の狂気が凶器に変わり、人間を殺してしまうのではないかとも思う。

雪乃もそんな時代の犠牲者なのかも知れない。


気づけば放課後。大きな出来事はお昼休みの件だけで、放課後は他に取り立てて何も起きなかった。

ここのところ、いろいろと有りすぎたのだ。むしろ、それが異常なことで、何もない放課後ってのが正常な状態なんだろう。

僕は紫苑にワンコして、紫苑の家に向かった。いつものように。



紫苑の家に着き、ドアを開けようとしたら、鍵がかかっていた。

スマートフォンを見たけれど、紫苑からの着信は無い。

いつものルールなら、部屋の鍵は開いているはずだけど・・・。

紫苑に電話をするが、紫苑は出なかった。

ドアを叩く。

「紫苑!」

僕の中で嫌な考えが浮かんでしまう。

ドアを叩きながら僕は『紫苑!』と何度も叫んだ。

雪乃は久里亜にアリバイ工作を頼んで、そして亡くなった。

そんなことはないと、頭を振る。

KINEでアリバイ工作を依頼したら、死んでしまうなんて、馬鹿げてる。

そんなことあるわけない。

絶対にだ。

そう自分を必死に説得する。

「紫苑!」

何で出ないんだよ。

紫苑!紫苑!紫苑!

待ってくれ、本当に、待ってくれ。

誰かが言っていた、『伝えられなかった想いは一生付き纏ってくる』って。

僕はまだ何も伝えられてないじゃないか。

紫苑!紫苑!紫苑!

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

ゴン!

頭にドアがぶつかった。

痛っ。

「煩いなー。近所から苦情が来るでしょ」

「紫苑!」

僕はドアを開け、紫苑に抱きつく。

「良かった。良かった。良かった」

紫苑をギュッと抱きしめる。



「擁斗、本当にバカだねー」

紫苑は嬉しそうに笑う。

「いや、だってさ、鍵がかかっててさ。何かあったのかなって、そう思っちゃったんだもん。仕方ないだろ」

僕はドアの前で考えてしまった悪い予感を紫苑に話していた。

「KINEにアリバイ工作を書いたからって死なないよ、普通」

「まあでも、擁斗のそういうところ、良いと思うよ」

褒められているのか、それともバカにされているのか。

「昨日の夜から寝て無くて、午後に寝落ちしちゃったんだよね、ごめんね」

「う、うん。何も無かったなら別に良いけど」

今日の紫苑はいつにも増して髪の毛がボサボサだ。寝起きというのもあるだろう。

紫苑はちょっと待っててと言って、立ち上がりPCに向かった。


「お待たせー」

半分あくびをしながら、戻ってくる。

「そういえば今日、久里亜と一緒に雨草先生と話したよ」

僕はその時の状況を紫苑に話した。

「ああ、うん、さっき久里亜くんからのメッセで読んだ」

「先生も後悔してるみたいでさ」

「そだねー」

紫苑は生返事で返す。

「聞いてる?」

「半分だけ。まだ眠いのよね」

そういえば、昨日の夜から寝てないって言ってたっけ。

「ああー駄目だー、全然駄目。ちょっとシャワー浴びてくる」

フラフラと立ち上がり、浴室へ向かう紫苑。

シャワーの音を聞きながら、一応、僕も男なんですけどと思った。

ああ、駄目だ駄目だ・・・僕はスマートフォンを開きハラルドウォーズのアプリを立ち上げる。

気持ちを少しでも逸らす必要があった。



「気持ちよかったー。少しだけ目が覚めた」

髪を拭きながら、紫苑が戻ってくる。

「で、何だっけ?」

「雨草先生の話」

「ああ、それね。うまくいって良かった。まあ久里亜くんなら、ちゃんと役割はこなしてくれるって信用してたから。でも、予想以上の収穫かな」

「なんか僕が推理したみたい言ってけど、アレって紫苑の指示だよね?」

「うん。でも、どこまで効果があるかは、わからないかな。少しでも相手が惑ってくれれば、それで良いかなって思っただけだし」

「相手? 先生ってこと?」

「うーん、まあそうかな」

「特に先生が戸惑ってる感じは無かったけど」

「そういうことじゃないだよね、虚実の使い分けって話。それに今回は分が悪いっていうか、最初から負け戦だからね。少しあがいてみたって感じかな」

そう言って紫苑は残り少なかったペットボトルの水を飲み干す。


「紫苑は昨日から何してたの?」

「いろいとた調べてた。あと、雪乃さんの家に行ってきた」

「家に?」

「うん、意味があったかどうかは、わからないけど」

そう言えば、僕はまだ雪乃の家に行ったことが無かった。お線香をあげに行くべきだったんじゃないのか。

「すごく大きな家だったよ。議員さんはやっぱり違うよねー」

雪乃のお父さんは国会議員をやっている。いや、やっていたというのが正しい。

雪乃が自殺した後、辞職したことがニュースになっていた。雪乃の死が影響しているのは間違いないだろう。

「あと、写真のおじさん、誰だかわかったよ」

「えっ、誰?」

「雪乃さんのお父さんの議員秘書だって。雪乃さんのお母さんが言ってたから、間違いないんじゃないかな」

議員秘書。お父さんの議員秘書なら、雪乃が二人で会っていても、そこまで変な感じはしない。

だけど、なんで隠し撮りなんか・・・。

「ああ、暑い。擁斗、水取ってー」

紫苑が冷蔵庫の方へ手を伸ばす。

「仕方ないなあ」

僕はペットボトルの水を紫苑に手渡した。

紫苑はそれをガブガブと半分ぐらいまで一気に流し込む。

そしてボソリと呟いた。

「擁斗さ、雪乃さんがとしたら、どうする?」

僕は紫苑を見つめたまま、時が止まってしまったように感じた。

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