第9話:封筒が意味するもの
写真部が得も言われぬ沈黙に包まれる。
目線が入った雪乃の写真が使われているSNSアカウント。裏アカ。
「このアカウントが
「ただ、今わかっているのは、この写真を持っているのは結弦のみってことだ」
「ってことは、このアカウントはお前が作ったのかよ!」
やりすぎだろ、コレは。僕は身を乗り出す。
グハッ。
急に腹に何かがぶつかってきた。
「暴れるなって言われたでしょ」
僕は突然のことでちゃんと座れず椅子から転げ落ちる。テーブルを手のひらで抑えようとしたが、そのままズルっと落ちてしまった。
「そうなると思ったんだよ。だから黙ってたんだ。紫苑ありがと」
黙ってたってどういうことだよ・・・。僕はゆっくりとテーブルに手をつきながら起き上がり椅子に座って突っ伏す。1発KOである。もう少し加減をして欲しい。
「結弦さ、本当にこの写真って、結弦だけしか持ってないの?」
「・・・雪乃さんには送りました。ただ、他には誰にも渡してないです」
「そっか」
「あと、そのアカウントは僕じゃないです」
「そうだとは思ってた」
「何だよ重音流、どういうことか説明してよ」
声を絞り出す僕。
「写真を見てさ、ちょっと気になってさ。まず
雪乃の友達か。
「明沙良は何も知らなかったんだけど、流れで一緒に調べたらさ、このSNSアカウント見つけたんだよね」
そうだったのか。
「擁斗に言ったら、すぐ殴り込みに行きそうだったから、黙ってたんだよ。写真もさ、結構ちゃんと撮られてたから、写真部の可能性もあるだろうなって思って、あたりを付けたんだよね。で、ビンゴ」
何だよ、重音流名探偵かよ。
「でもさ、結弦の話を何人かに聞いたんだけど、そういうことするような奴じゃないことがわかってさ、
重音流は結弦の方を見る。
「言って良いのかな? 結弦ってさ、雪乃のことタイプじゃないだろ」
驚いた顔をする結弦。
「結弦さ、大きいの好きだよな?」
大きいの? どういうことだ?
「例えば・・・莉杏みたいな」
一同が莉杏に注目する。莉杏は胸を押さえていた。
「すまん、ちょっとストレート過ぎたわ。これは本当にごめん」
結弦は顔を紅潮させ俯く。そうか、莉杏のことが好きなら、断りにくかったんだろう。重音流の調査能力恐るべし。
「何が言いたかったかって言うと、結弦は潔白ってこと」
「じゃあ、何であんなに雪乃の写真があるんだよ。それに隠し撮りだってあるしさ」
僕は食って掛かる。少し抑えめに。お腹をガードしながら。
結弦はまた黙っていた。ただ、何かを考えている、いや悩んでいるように見える。
「ここだけの話ということにしてもらえませんか?」
ようやく結弦が口を開いた。
「大丈夫、大丈夫。誰にも言わないから」
重音流は軽いノリで答え、結弦の背中を軽く叩く。こういうノリというか、人との距離の縮め方は重音流の良さだなと思う。
「僕は雪乃さんから頼まれて、正確には・・・アルバイトとして雇われて写真を撮りました」
アルバイト?
「最初は普通に撮って欲しいと頼まれたので、何枚か撮影してました。その後に、雪乃さんから隠し撮りをして欲しいと依頼されて。僕はそれはできないと言ったのですが、アルバイトとしてお願いと言われて」
隠し撮りは隠し撮りじゃ無かった・・・ということなのか。
「ごめんなさい。どうしても欲しいレンズがあって、お金は自分で貯めてたんですけど、雪乃さんからの依頼が結構高くて・・・、隠し撮りすることを了承しました」
そういうことなのか。
「雪乃さんからは、このことは黙っていて欲しいと。僕もお金をもらうことの後ろめたさもあって、言い出せませんでした。すいません」
「カメラのレンズって高いだろ。知らないけど。いくら貰ったの?」
「その、5万円です・・・」
5万! 高校生には恐ろしいほどの大金だ。
「口止め料も入っているからと雪乃さんには言われて、すいません」
結弦は目に涙を溜めていた。
「雪乃さんが自殺して、誰にも話せなくて・・・」
泣きながら、すいませんを連呼する。
ひとしきり泣いたからか、それとも秘密を話したことで肩の荷が降りたのか、最初に会ったときよりも雰囲気が少し明るくなったように見えた。
紫苑はずっと口を挟まずに、ただ話を聞いていたが、何か考えを巡らせているようだ。
莉杏はずっと俯いている。短い時間に知らないことが洪水のように押し寄せて、整理しきれていないのかもしれない。
雪乃は一体、何をしていたんだろう。何かを調べていたのだろうか。
雪乃と知らないおじさんの写真は他にも何枚かあった。
隠し撮りは何かの証拠だったのか、それともアリバイ工作だったのか。
わからないことだらけだ。でも、少しずつ、雪乃の自殺の原因に近づいているように感じる。
「そういえば、この写真のおじさんって知ってる?」
重音流が指を指しながら結弦に質問した。
「いえ、知りません。雪乃さんからも誰という話は聞いていません。ただ、時間と場所を指定されて、その写真を撮って欲しいと言われただけです」
「そっか」
このおじさんは誰なんだろう。
「これっていつ撮ったの?」
紫苑は僕たちが受け取った写真を指さす。結弦はノートPCの画面を見せた。フォルダに日付が残っていたからだ。
「あとさ、写真ってどうやって送ったの?」
「それはデロップボックスを使いました」
「そう」
デロップボックスって何だろうと思ったが、ここで無知を晒すのもちょっと嫌だったので知っている風な顔をしておいた。
「URLをメールで送ったってことだよね?」
「そうですね、KINEで送りました」
「うん、わかった。ありがと。結弦くんってさ、こういうの詳しいの?」
「いえ、僕はそれほど詳しくはないですね。先輩が・・・」
二人は何かいろいろと話しているのだが、僕には半分外国語のように思えた。
結弦の件に決着がつき、解散という雰囲気になったところで、急に莉杏が口を開く。
「あのさ、全然関係無いかもしれないんだけど・・・」
少しうつむきながら、しゃべりはじめた。
「これは雪乃さんじゃないかもしれないんだけど、結構前から、その嫌がらせっていうのかな、そういうのがあって」
「どういうこと?」
莉杏はスマートフォンを開いて、写真をみんなに見せる。
そこには『一番になったからって調子にのらないことね』と書かれたビラのようなものがあった。
さらに莉杏がスワイプすると『貴方って勉強しか取り柄がないよね』『胸が大きいからって調子のりすぎ』『真面目ぶってる化けの皮を剥がしてやる』など、莉杏に対する誹謗中傷が他にもあった。
僕はまた何も気づいていなかった。注意して見ていたら、莉杏の変化に気づけただろうか。
「私、今年になってはじめて学年で1番の成績を取れて、すごく嬉しくて、その頃から、こういう紙が下駄箱とか、机の中とかに入ってて・・・」
確かに雪乃は学年でずっと1番の成績で、今年莉杏に抜かれている。紙の文字をそのまま受け取るなら、雪乃が莉杏に対して嫌がらせをしているように思える。
「雪乃さんが亡くなってからは、こういう嫌がらせが無くなったの。でも、雪乃さんがそんなことをするような人には思えなくて」
「そうだったのか、辛かったな、莉杏。俺に言えば良かったのに」
重音流がさり気なく莉杏の頭を軽くポンポンとする。何だこれは。重音流だったら何でも許されるのか。
「雪乃さんって、クラスの中で少し疎まれていたというか、仲の良い人以外とは壁があった感じがして。このことを話したら、雪乃さんが孤立しちゃうんじゃないかなって思って」
確かに雪乃は浮いていたところはあった。そういうときにこの手の噂が流れれば、孤立していただろう。例え雪乃がやっていなかったとしても。
「一回、明沙良ちゃんには相談したんだ。明沙良ちゃんも『雪乃はそんなこと絶対しない』って言ってたし、たぶん雪乃さんじゃないと思う」
「あのさ、写真もう1回見せてもらえる?」
莉杏は頷き紫苑にスマートフォンを渡す。
「この紙ってさ、折り目あるよね? 封筒とかに入ってたりしなかった?」
莉杏がハッとする。
「入ってました」
封筒。僕と重音流が受け取った写真も封筒に入っていた。
「白い封筒で、よくあるような、特徴がない封筒でした」
「それって俺等が受け取ったのと一緒じゃないか、擁斗」
僕はうなずく。
「ということは・・・誰かが雪乃を陥れようとしていたってこと・・・だよな・・・」
重くるしい何かが僕たちに急にのしかかってきたような感じがした。
写真が入った封筒は雪乃が亡くなってから受け取ったものだ。
同じ封筒なら莉杏に嫌がらせをしたのは雪乃ではない可能性がかなり高いと思う。
もしかすると、同じようなことを雪乃がされていた可能性があるかもしれない。
それに耐えかねて、自殺をした可能性は無いだろうか?
「この封筒って・・・どこかで見たことあるんだよなあ」
重音流は何かを思い出そうとしているようだ。目線が左上になっている。人間は嘘をつく時は目線が右上に、思い出す時は左上になるからだ。
「どこにでもある封筒のように思えるけど・・・」
「あの時は気づかなかったけど・・・思い出したら話すよ」
それ以上、話は続かず、そこでお開きになる。
写真部の部室を後にする頃にはすっかり暗くなっていた。
ふと紫苑が聞いていた写真を撮影した日の話が気になる。
もしかすると久里亜との嘘デートの日と一緒かもしれない。
「紫苑さ、写真を撮った日って、久里亜の・・・」
と言いかけたところで、腕をつねられる。
「痛っ! 何すんだよ」
「どうした?」
僕の声に重音流と莉杏が振り返る。
「擁斗がワタシのことをさ、エッチな目で見ててさ」
「ち、違うよ」
「何だよ、擁斗〜」
「昨日もさ、ワタシのこと押し倒してきてさ」
「何々? もうそういう関係なの?」
莉杏の視線が痛い。
「だから違うって」
何なんだよ、もう。
重音流と莉杏と別れ、紫苑を家まで送る道すがら、僕は紫苑に聞く。
「何でさっき急につねって来たんだよ」
「あー、ごめんごめん。ちょっといろいろと考えててさ」
「いやいや、考えてたなら、つねることは無くない?」
「擁斗さ、久里亜には写真の日付のこと連絡しないでね」
僕の質問はサラリとスルーされた。
「何でさ?」
「ワタシから連絡するから。あー、あと明日学校休む」
「早速サボりかよ」
「調べたいことあって」
「えっ、何? 今回の件で?」
「うん。だから擁斗はさ、ワタシが風邪で休んでることにしてほしいんだよね」
よくわからなかった。別に僕が言う必要はない気がする。
「自分で学校に連絡すれば良いじゃん」
「そういうことじゃないの。風邪で休むことにしておくってやり取りをして欲しいってこと」
「全然わかんない」
マジでわからなかった。
「うーん、鈍いなあ。雪乃さんがさ、久里亜くんと偽のデートの約束してたでしょ。それと同じようにして欲しいってこと」
その話でようやく理解できた。
「良いけど、どうして?」
「そう言えば、擁斗、デロップボックスって知らないでしょ」
ギクッ。話を逸らされたが、知ったかぶりがバレたことのインパクトの方が大きかった。
「な、なんでわかったの?」
「擁斗さ、知ったかぶりする時、口角が右だけ少し高くなってるの」
全然気づかなかった。
「他の皆もデロップボックスについてはあんまり知らなかったみたいだけどね」
「で、デロップボックスって何?」
「オンラインストレージサービス。簡単に言えばデータをサーバに保管するサービスのこと」
「サーバってどういうこと?」
「うーん、擁斗はスマートフォンに写真を保存しているでしょ。でも、スマートフォンが壊れたらさ、その写真無くなっちゃうよね」
「えっ、でも何とかクラウドっての使ってるから、壊れてもバックアップされてるから大丈夫って言われたよ」
「そうそう。そのクラウドとデロップボックスは似ているものって考えて良いかな。正確には言葉としては違うんだけど、細かい話をしてもわからないと思うし」
確かにそうだ。
「そのバックアップしたデータを他の人も使えるようにできるわけ。だから、結弦くんは、デロップボックスに写真のデータを保管していて、その保管先を雪乃さんに伝えたってこと」
「えっ、何でそんな面倒くさいことしたの? KINEとかで送れば良いじゃん」
紫苑が頭に手をやる。
「そうだよねぇ、わからないよねー。KINEはどういうルールかは知らないけど、メールにしてもメッセージングアプリにしても、データを送れる容量に上限があることがほとんどなの」
頷いたものの、たぶん半分も理解できてないと思う。
「あと、写真を100枚とか別々で送るのも大変じゃない?」
確かにそれは大変そうだ。
「だから、写真のデータを全部サーバにアップしておいて、好きなものをダウンロードしてもらう方が効率的だし、メールやメッセージングアプリよりも容量の制限も少ないから便利なのよ」
そういうものなか。
「とにかくさ、明日は学校休むから、よろしく。明日の朝にKINEするね。ワタシのメッセージの返事は、『よろしく頼む』みたいなのが良いかな」
「わかった」
KINEするという言葉に少し違和感があった。
紫苑と連絡する時はルールがあって、KINEはほとんど使ったことがない。
僕が紫苑の家に行く時は30分以上前にワンコすること。そして無理な時は紫苑からワンコが返ってくるというもの。
昔は結構していたけれど、最近はほとんどメッセージのやり取りをしていなかったから、何で急にKINEなのだろうと思う。
ギ、ギギリ。
紫苑がニヤつきながら、歯軋りしてた。目が
「紫苑、どうしたんだよ、急に・・・」
「ワタシ、楽しくなってきちゃった」
「た、楽しい感じには見えないけど・・・」
「そう? でも今日、確実に仕掛けられたからね。ずっと我慢してたんだけど、思わず出ちゃった♡」
仕掛けられた?
「何かされたのか?」
「そうだね。感覚的には服を脱がされてじっくり舐め回すように見られた感じかな」
えっ、それって・・・。
「擁斗、今エッチなこと考えたでしょ?」
「そいうわけじゃないけど、何か、その暴行的なことされたのかなって・・・」
「ワタシ的には、殴られた方がまだマシだったかな。でも、準備はしてたから」
何の準備だろう。何か変わったことがあっただろうか?
「あと明日さ、久里亜くんが擁斗に頼み事するかもしれないからよろしくね」
「うん、わかったけど・・・何かわかったの?」
「まだ情報が足りないかな。でも、もしワタシの推測が正しければ、やっぱり雪乃さんは・・・」
そこでまで言いかけて、紫苑は言葉を止める。
「何でも無い」
「何だよそれ」
「本当に足りてないの情報が。1つだけ言えることは、いくつか考えた可能性のうち、おそらく、もっとも最悪な地点に収束している気がしてるかな。もしそうだとしたら、本当は面白がっちゃいけないだろうけど・・・」
紫苑が何を言っているのか、何を言わんとしているのか、僕にはまったく検討がつかなかった。
「教えてよ」
「まだダーメ」
「ちょっとぐらい良いじゃん」
そんな問答が何回かあったが、結局紫苑は何も教えてくれなかった。
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