第8話:偽りの仮面が剥がれる時
「気にしてないよ。大丈夫。だよね、
「昨日話してたさ、他の約束事っていうか、ルールみたいなのも話して貰える?」
「わかりました」
お手洗いに行って、気持ちの整理が少しできたのか、久里亜は力強く話し始めた。
「雪乃さんと付き合ったフリをするにあたって、ルールがありました。一番変に感じたのは、デートをしないってことです」
「えっ、どういうこと?」
思わず声がでてしまった。久里亜は僕の方をみて答え始める。
「擁斗くんがそう言うのもわかります。俺もおかしいなって思ったんで」
「あっ、擁斗くんじゃなくて、擁斗で良いよ。俺も久里亜って呼ぶから」
擁斗くんってのは、なんかこそばゆい感じがしたのと、久里亜の話を聞いて、かなり親近感が湧いていたからだ。
久里亜ともっと仲良くなりたいと思った。ゲーマーだってこともわかったし。
久里亜は顔を少し綻ばせる。
「わかりました。擁斗」
「話の腰を折って、ごめん。ちょっと気になっちゃって」
「いえ。で、先程のデートの件なんですけど、例えばデートの約束をするじゃないですが、でも実際にはデートしないんですよ」
「何か変よね」
「はい。それを定期的にやって欲しいって頼まれました。だから、デートの約束とか、遊園地に行ったとか雪乃さんが言うことに話を合わせて欲しいと。なので、学校以外で直接会ったのは夏休みに1回だけなんです。それも別れ話で」
久里亜と雪乃は付き合ってはいなかった。雪乃は何をしたかったのだろう。
「口裏合わせか・・・」
紫苑が声を漏らす。
「俺もそれは考えました。誰かにやり取りを見せるためなんじゃないかって。または・・・」
久里亜は少し目を伏せる。
「アリバイ工作・・・」
紫苑が言葉を繋げた。
「はい。その可能性はあると俺も思います。デートの約束をするときは結構急に連絡が来て、時間とかも細かいって表現は正しいかどうかわかりませんが、例えば13時〜15時とかで指定してきていたので」
何でそんなことを雪乃は・・・。
「推測でしか無いですが、その時間に俺と会っていたことにすることで、何か他のことをしていたんじゃないかと思っています。何かをするためなのか、それとも・・・誰かと会うためなのか・・・」
誰かと会うため・・・。
「モデルだもんねぇ。隠れて会いたい、隠れないと会えない人がいたのかもね」
紫苑の言葉は、僕の心を少しザワつかせた。
「閃きました!」
僕は手の甲を頭に付ける。久里亜は少し驚いた顔をしていた。
「僕、わかったよ」
「また急にどうしたの?」
「写真だよ」
「写真? あー」
僕は鞄から写真を取り出す。雪乃と知らないおじさんが一緒に映っている写真だ。
「久里亜とデートの約束をした時間、雪乃はこのおじさんと会ってたんだ。きっとこのおじさんはプロデューサーとか、そういう人でさ、何か雪乃は強要されてたんじゃないかな。そしてそれが原因で自殺をしたんだ」
そこまで言って僕の心の中にフツフツと湧き上がる怒りを感じた。
「久里亜くん、この人見たことある?」
「いえ、知らないですね」
「あのさ、聞いてた? 僕の名推理」
華麗にスルーされて僕は思わず聞いてしまった。
「はい。聞いてましたよ」
久里亜は優しい。一方紫苑はさらにスルーを決め込んでいるようだ。
「紫苑、聞いてた?」
「ちょっと待って」
紫苑は頬杖をしながら何か考えていて、僕の方すら見ようとはしなかった。
こういう時は放っておくのが良い。
その後は久里亜から、紫苑が如何に凄いかをいろいろと聞かされた。すごく楽しそうに話をする久里亜。
ちょいワル系のチャラい奴かと思っていた自分を恥じる。人は見た目で判断してはいけないなと改めて思った。
「そういえばさ、久里亜に質問っていうか、聞きたいことがあって?」
「何ですか?」
「あのさ、教室でさ、たまに僕のこと睨んでなかった? 今日もさ、ここに来た時、すっごい睨まれてた感じがして」
プッ。紫苑が吹き出す。
「ああ、それはすいません。俺、目が悪くて。メガネかけてないときに、目を細める癖があって、睨んでように見えてしまったかもしれません。授業の時はメガネしてるんですけど、休み時間とかは外してるんですよね」
全然気づかなかった。授業中は雪乃ことを見ていることが多かったというか、そもそもクラスメイトのことを見ることが無かった。
「ワタシもさ、最初ビックリして。一緒にゲームしてるときはメガネかけてたから印象が全然違ってて、ちょっ久里亜くんイケメンじゃんって思った」
「すいません。コンタクトにしたいなとは思ってるんですけど」
そういうことだったのか。これも僕の勘違いだ。久里亜についてもちゃんと見ていたら、気づけたことのように思える。そっか、メガネにすら気づいていなかったのか。
「非注意性盲目だね」
「えっ、何盲目?」
「非注意性盲目。何かに集中していたり、注目したりしていると、その周りで起きていることを見落としてしまう現象のこと。きっと誰かさんにとってクラスの中にすごーく注目しないといけない何かがあったんだろうねー」
ああ、そういうことか。僕は雪乃のことばかり見ていて、他に注意を払っていなかったのか。
クラスの中が少し見え始めたのも、雪乃が居なくなってしまったことが理由なのかもしれない。
ピコン。スマートフォンにメッセージが届く。
『結弦くんとの件について、今日時間が取れますか?』
送信者は
どうして莉杏が結弦の件を知っているんだろう。でも答えはすぐわかる。
『
どうも重音流が莉杏に頼んだようだ。
莉杏は僕の仲で比較的学校では仲の良い友達ではあるけど、雪乃の件について、さらっと話せるような感じではない。
重音流はどうして莉杏に頼んだとのだろうか。
クラスをコントロールしているという言葉が頭をよぎる。重音流と莉杏・・・。
「どうしたの?」
「ああ、莉杏から連絡来てさ」
「莉杏さんって、アレでしょ。擁斗が胸を見て話す人でしょ」
「はあ? 何言ってんだよ」
あながち間違いではないから、否定のしようが無い・・・。確かに莉杏の胸は大きい。
頭ではわかっているんだけど、目が自動的に追尾してしまうのだ。まるで高性能の兵器のように勝手に。
そこに僕の本心は含まれていないと断言したい。
「そうじゃくて、あの写真を撮ったかもしれない結弦って人と話ができるみたい。どうする?」
「莉杏ちゃんに会いたければ、行けばー」
「だから、そういう話じゃなくてさ」
何だろう、何か紫苑の当たりが最近激しい気はする。環境の変化は大きいのかもしれない。
ピコン。またメッセージが届く。
『まだ学校にいるので、来られるようなら、どうでしょうか?』
早く返事をした方が良いだろう。
「莉杏ちゃんも擁斗に会いたいみたいだねー」
「だから、違うって。もう。今はまだ学校みたいだし、少し話すぐらいなら遅くならないし・・・」
「あ、あの。俺、これからチーム練があるんで」
「そうだったね、ごめんね、久里亜くん。仕方ない、莉杏ちゃんに会いにいきますか」
僕は莉杏に返信をして、学校で会う約束をする。
待ち合わせは写真部の部室だ。
「ほんと、しつこいぞ、紫苑」
ファミレスを出ながら、紫苑はまだ莉杏のことで僕をからかっていた。
ふと思う、紫苑の家で会う紫苑よりも、今の紫苑は、なんだか生き生きしているようにも思えた。
僕も何となくだけど、前よりも世界が広がっていくのを感じていて、生きている実感なんてのは大仰だけど、人生を楽しんでいるようにも感じる。
以前の僕は、雪乃を見るために学校に行っていたし、何かを自発的にしようと思うことはほとんど無かった。
雪乃が亡くなってしまったことで、僕は絶望を感じていたけれど、実際には違っていた。
僕が大切な何かをちゃんと見ようとしていなかっただけ。非注意性盲目か。
『雪乃の死は自殺じゃない』というメールのおかげで僕は立ち直り、そして大切なものがあることに気づけた。
見えていなかったものが、見るようになった。
自分の勝手な思い込みで、人生に絶望し、期待するのを止めていたのだろう。
自分で自分の人生をつまらないものにしてたように思う。
チリンチリン。
音の方を見やる。
自転車が僕に向かって突っ込んできていた。
僕は自転車を眺める・・・。
近づいてくる自転車。
スローモーションのようにゆっくり近づいてくる。
僕は何もできなかった。
僕はただ、眺めていることしかできない。
あの時と一緒だ。雪乃の時と。
だったら、僕は・・・。
グッと腕を掴まれて体を引っ張られる。
危ねーだろという声が僕の背中を通り過ぎる。
紫苑が少し泣きそうになっていた。
僕は久里亜にギュッと抱きしめられていた。
久里亜の体温が僕に伝わる。思ったよりも熱い体温。
久里亜の心臓の鼓動を感じる。ドッドッドッ。少し早い。
僕の頭の横に久里亜の頭があって、爽やかな香りがする。
「あ、ありがとう」
そう言うと、久里亜の腕の力が抜けて、僕は解放された。
「咄嗟だったんで、なんかすいません」と久里亜は少し照れくさそうに言って顔を少しそむける。
「あの、俺が時間があるんで、すいません」
急に久里亜がそう言って走り出した。
「ありがとう!」
走る久里亜の背中に向けて、久里亜に聞こえるようにもう一度お礼を言う。久里亜に聞こえていただろうか。
「危ないよ、もう」
「ごめん、気をつける」
これは罰が当たったんだろうか。雪乃のことが好きだったのに、こんなにも早く、雪乃への気持ちが薄れてしまったことへの。
いや、助かったのだから、罰ではないのか。
久里亜の体温がまだ僕の肌に残っている。僕の心臓は少しドキドキしていた。
少し日が傾き、夕暮れに包まれる学校はどこか寂しく、絵画的で、感傷にひたるのに丁度よい気がした。
紫苑と僕は、写真部の部室へ向かう。
部室の入り口には莉杏が立っていて、こちらに気づいて手を振っていた。
「よう」
僕は意識して莉杏の顔を凝視する。胸を見たら負けだと思った。フォーサイトジーニアス恐るべし。
こんなにもまじまじと莉杏の顔をじっくり見ることがなかったけれど、メガネのせいかもしれないけれど、大きな瞳と小さな唇のアンバランスさにグッと心が引き寄せられてしまいそうな気がした。
これはこれで、なんか如何気がする。
もうどこを見たら良いのだろう、僕は。
「こんにちは」
紫苑も莉杏に挨拶し、莉杏も軽く会釈をする。
「重音流くんも来るって言ってたから」
そうか、重音流も来るのか。
紫苑と莉杏が話しているのを直接クラスで見たことは無かったけれど、何だかすでに打ち解けて他愛もない話をしている。また僕が知らないだけかもしれない。
「お待たせっ!」
重音流が走ってきて合流する。サッカー部のユニフォームを来たままだった。
「なんかかっこいいね!」
「だろっ! 一応エースですから」
実際に重音流はかなり活躍していて、3年生を差し置いてレギュラーにもなっているから、エースってのも間違いではないと思う。
まあ、自分で言うものでは無い気もするけど、重音流が言うとそこまで自慢気じゃないというか、嫌味っぽくない。重音流の爽やかなところと、裏表を感じさせないストレートな表現もあるのだろう。
写真部は部室棟の2階の中程にある。
階段を登りながら、ちょっと気になったことを聞いてみる。
「重音流、あのさ、莉杏って・・・」
「ああ、結弦と莉杏ってさ、中学校の頃からの知り合いなんだって。俺も結弦とは少し面識はあるんだけど、付き合いが長いほうが話が通しやすいかなって思って頼んだんだよね」
「それもあるんだけど、何の話かって・・・」
「少しだけしか話してないから、あんまり詳しくは知らないよ。ただ、莉杏も知っておいた方が良いかなって思って。不味かったかな?」
「不味いってことは無いけど・・・」
僕たちがこれからしようとしているのは、たぶん、結弦の糾弾だ。
隠し撮りと雪乃の写真販売の噂を確かめるということは、結弦の友達の莉杏にとっても、あまり良い気分では無いのではないかと思う。
重音流は何も考えてないのか、それとも、何か意図があるのか。
莉杏が部室のドアを叩く。
「結弦くん、入るよー」
写真部の部室はイメージしていたものとは違っていた。
壁にいくつか写真がかけられていて物は意外と少ない。
過去の写真のファイルとかが一杯あるような部室をイメージしていたから。
中央にはテーブルと椅子が置いてある。一番奥に結弦と思われる人物が座っていて、こちらを見ながら軽く頭を下げる。
大勢の来訪に少し戸惑っているようにも見えた。
早速、重音流が仕切りはじめた。こういう時の重音流はかなり助かる。
簡単な自己紹介をして全員が席に座る。
「俺さ、写真部の部室ってはじめて何だけど、結構シンプルなんだね。もっとアルバムみたいなのが一杯あるんだと思ってた」
重音流がアイスブレイクじゃないけど、軽い話題を結弦に振る。
「む、昔はそうでしたが、最近はデジタルになってて。昔の写真もスキャンしてデータにしてあります」
部室の端にはノートPCが置いてあり、そこのラックにはCDかDVDか、BDかわからないけれど、プラスチックのケースが並んでいた。
結弦は少し緊張しているようだ。これだけ大人数に囲まれたら、緊張しないほうがおかしい。
「あー、そういうことね。そりゃそうか。カメラとかってどうしてんの?」
「ほとんどの部員は自分で1つ持っていますが、最近はスマートフォンを使っている人もいますね。僕は一眼レフで撮っていますが」
肩からかけていたカメラのことだろう。重音流がすげーすげー言っていた。
結弦の印象はなんかオタクっぽいかと思ったけれど、しっかり話していて、理知的な印象を受ける。これも僕の勝手な思いだったように思えた。
「莉杏から、話って聞いた?」
本題に入るようだ。うなずく結弦。
「そっか。莉杏もいるし、一回少し整理して話しても良いかな? 変なところがあったら、擁斗でも紫苑でも突っ込んでよ」
そうして重音流はこれまでの経緯を話し始めた。
僕たちは雪乃が自殺した理由を調べはじめたこと、下駄箱に雪乃と知らないおじさんが映っていた写真が入っていたこと、その写真を撮った人物として結弦の名前が挙がったこと。
「でさ、これがその写真なんだど」
重音流が写真を皆に見せる。莉杏は少し驚いた表情をしていた。
結弦は特に表情を変えていない。
「この写真、結弦が撮ったものかな?」
少し落ち着いた口調で重音流が聞く。
長めの沈黙に僕は耐えかねて、何か言いかけようとしたら、重音流が手で制止する。
結弦は考え込んでいるようだったが、その沈黙はYesという答えだろう。
「・・・僕が撮った写真です」
結弦はようやく口を開く。
「結弦くん、なんでそんなこと・・・」
莉杏が口元を手で抑えている。ショックな出来事だったのだろう。重音流からはそこまで詳しく聞いてはいなかったのかもしれない。
「他にも雪乃の写真って撮ってる?」
「はい。いくつかあります」
「それ、見せてもらえるかな?」
結弦は部屋の隅にあったノートPCをテーブルに持ってきた。
そしてカメラとノートPCをコードで繋いでから、画面をみんなの方へ向けながら、ノートPCを操作する。
ノートPCの中にはいくつか写真ファイルが、いや結構な数の写真ファイルがあった。
写真の雪乃はやっぱり綺麗で、心の底がズキズキと傷む。
そして隠し撮りという言葉が頭をよぎった。
けれど、どの写真も雪乃がこっちを見ていることに気づく。カメラ目線だ。そう考えると隠し撮りとは思えない・・・。
あの写真だけ・・・なのか・・・。
「この写真ってさ、誰かにあげたりしてる?」
写真販売の噂のことだ。
「いえ、誰かにあげてはいません」
「そっか」
「このパソコンって誰でも使えるのかな?」
「写真部の人間なら誰でも使えます」
「写真をコピーしたりもできるってことだよね?」
「そうですね。でも・・・今見せている写真は僕のカメラの中にしかないので・・・」
重音流は黙り、腕を組んで考え込む・・・。
「どうした? 重音流?」
「んー、ちょっとさ、どうしようかなあ」
「何だよ?」
皆が重音流に注目し、言葉を待つ。
重音流はスマートフォンをポケットから出し、何か操作をはじめた。
「擁斗さ、これ見ても暴れるなよ」
重音流がスマートフォンの画面をみんなに見せる。
目に黒い線が入った雪乃の写真。それはさっき見た写真でもあった。
そして、写真と一緒に文字が書かれていた。#パパ活募集。
何だよコレ・・・。
「SNSの裏アカ」
裏アカ・・・。
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