第7話:フォーサイトジーニアス
写真と
重音流は飯を食べ終わり、
「ちょっと運動してくよ」
と言って立ち上がる。重音流はいつも昼休みに友人たちと体を動かしているからだ。
立ち去り際に
「そうそう、もう1つ聞きたいことあったんだった。友達から聞いたんだけど、
フォーなんとかっす? 何だそれは?
「知ってたの?」
「知ってたって言うか、どっかで見たことあるなあって思って、少し調べた」
「ちょちょちょちょっと待って、何々、フォー何とかって?」
「
先読みの天才?
「全然話が見えない。ちゃんと説明してよ」
「本当に知らないのかよ。オンラインの対戦ゲームで、
「ああ、バトルロイヤルするやつだろ。それは知ってる」
「RUBGは世界大会とかあってさ、基本チーム戦なんだよ。で、日本にもいくつかプロチームがあって、紫苑は『デトリクション』ってチームの1人なんだよ」
全然知らなかった。ゲームが上手いことは知ってたけど。
「で、紫苑がオーダーをした試合がさ、すごくてさ」
「オーダーって?」
重音流がおいおいって顔をする。
「オーダーってのは、チームのリーダーみたいな感じ。チームを率いる司令塔だな。で、プロの公式リーグではないんだけど、練習試合みたいなのがあってさ、それに紫苑が出てたわけ。その時にさ、紫苑が他のチームの動きを先読みして予測するんだけど、それがバンバン当たってさ、そこから付いたあだ名がフォーサイトジーニアス。で、合ってるよな、紫苑?」
「買いかぶり過ぎすぎ。ただ思ったことを喋ってたら、たまたまそのとおりになっただけだよ」
そうだったのか。本当に何も知らなかった。
「マジで凄かったんだよ。後で動画のURLを送っとくから。ゲームしてる時とさ今の雰囲気が全然イメージ違ったから、最初わからなかったよ」
それは何となく理解はできた。熱くなると紫苑は人が変わる。
重音流が行った後、紫苑からも聞いた。
プロチームに所属と言っても、候補生で正式に所属しているわけではないこと。
ゲームをしていたらたまたま声がかかって、お試しでチームに入ってみないかと言われて、たまに活動しているという話だった。
「ワタシよりすごい人は一杯いるし、本当に偶然上手くいっただけだから」
そう紫苑は言っていたが、紫苑の才能を考えればあり得る話だとも思う。格闘ゲームをしていてわかる。紫苑が本気を出すと僕が何かをしようとしても、それが必ず潰されてしまって、一方的な展開になることが多かったから。
「フォーサイトジーニアスか、すごいな」
シンプルに素直にそう思った。
お昼ごはんを食べ終わり教室に戻ると紫苑の周りにクラスメイトが集まってくる。
主に男性で口々にフォーサイトジーニアスの話をしているようだった。
すでに噂が広がってしまったようだ。
重音流が話したんだろう。やはり重音流は情報のハブ的な、情報流通の中心にいる1人のように思える。
僕は重音流についても、やっぱり表面しか見ていかなったのかもしれない。
午後、授業を聞きながらぼんやりとクラスメイトのことを考える。
みんな僕の知らない面をいっぱい持っているのだろう。
それぞれがいろいろなことを考え、多様な好みがあり、様々な才能がある。
僕が知っていることは、彼らの、彼女たちの、一部しかない。
それは僕がクラスメイトのことを、ちゃんと見ていなかったからだと思える。
いや、正確には見ようとしていなかったのだろう。
休み時間になると、何人かのクラスメイトが僕のところにきて、紫苑について聞いてきた。
話題はゲームの話だったけど、雰囲気からすると僕と紫苑との関係について気になっているのだろう。
特に男性は、紫苑の見た目もあって、紫苑に興味を持っているように思えた。
普段の紫苑を見たら、彼らはどう思うだろうか。
僕だけが知っている紫苑。
放課後。今日は
少しだけ気が重かったが、逃げてはいけない。こんなところで止まってはいけないと思う。
付き合っていることにして欲しいと雪乃に頼まれた久里亜。
交際の噂はたしかにある程度効果を発揮しているように思える。
少なくとも自分はその噂を聞いてから雪乃に近づきにくくなった。
久里亜の見た目の影響もあるだろう。
短髪で中性的な顔立ちだけれど、眼光の鋭さから、ちょっとオラオラ系男子を思わせる。ちょいワル系か。そこが女子に人気なのかもしれない。
待ち合わせ場所は繁華街から少し離れた国道沿いのファミレス。
紫苑が指定して、別々に向かうことにしたようだ。
ファミレスに入ると奥の席に、少し斜め下を向いてスマートフォンを眺めている久里亜が見えた。
紫苑と席に向かうと、気づいた久里亜がこっちを睨んでくる。
僕は嫌われているのかもしれない。僕も以前は雪乃のことで久里亜を睨んでいたから、心象は悪いだろう。
「お待たせ」
「何で、擁斗くんがいるんですか?」
少しムッとしたように思える口調で久里亜が口を開く。やはり歓迎されていないようだ。
「本当は二人きりが良かったんだけど・・・擁斗がダメって言うから」
そう言って上目遣いで紫苑が僕を見てくる。
「何言ってんだよ紫苑。誤解するだろ」
「誤解って?」
紫苑は意地悪い顔で言う。僕をからかいすぎだろう。
「いや、その付き合ってる的なさ、噂とかさ、困るだろ、その紫苑が・・・」
「昨日だって、うちに来て、強引にワタシを・・・」
「わーわーわー、何言ってんだよ」
「あの、
久里亜が話を遮る。
「ごめんごめん、ちょっと悪ノリしちゃった」
紫苑が笑顔で下を出す。
ただでさえ、印象が悪いのに、これじゃ最悪だ。久里亜はきっと紫苑に興味があるだろう。
放課後、紫苑の席に行って、いろいろと話しているのを覚えている。
ドリンクバーを注文し、ソーダを持って席に戻ってくる。紫苑はジャスミン茶、久里亜はピンクグレープフルーツジュース。
「昨日さ、久里亜くんがワタシに話してくれこと、また話してくれるかな?」
紫苑が切り出す。久里亜はちょっと紫苑を見やり、何を言うべきか言葉を探しているようだ。
「雪乃さんの件。擁斗がさ、雪乃さんのことが好きで好きで仕方がなくて、ずっと気になってたんだって。ねー」
紫苑がニヤリとしながら首をかしげてこっちを見る。
あまりにもサラッと紫苑が言うものだから、聞き流しそうになってしまった。
「何いきなり言ってんだよ」
「だって、本当のことでしょ」
久里亜は僕の方を見る。目が会って、久里亜は少し目を伏せた。何か考えてるようだ。
「擁斗には、サラッとは昨日話しちゃったんだよね」
お願いと手を合わせて紫苑に頼まれ、久里亜は決心が付いたようだった。
「わかりました。師匠がそういうのあれば。でも、この話は本当にここだけにしてください」
「師匠って言い方は止めてよー、久里亜くんの方がすごいんだから」
「いや、師匠は師匠ですから」
「えっ、何々、し、師匠って?」
「久里亜くんが勝手にそう呼んでるだけだよ」
どういうことなのか、のっけから話についていけない。
「んー、じゃあ、先にさ、久里亜くんとワタシの馴れ初めの話からしよっか?」
馴れ初めって・・・。
久里亜がわかりましたと言い、話し始める。
「師匠と初めて出会ったのは、半年ぐらい前ですかね。RUBG《らぶじー》ってゲームで師匠のプレイを見て、感動して、俺から連絡を取りました」
また、RUBGか。僕は全然知らない。
「俺は今、『ニンジャゲーミング』ってチームに所属していて、と言ってもプロのチームではなくて、プロのリーグを目指してるアマチュアチームなんですけど」
「すごいよね、自分たちでチーム作ってプロ目指してるって」
「師匠に比べたら全然ですよ」
「えーでもさ、この前の大会では7位ぐらいに入ってたよね」
「アマチュアばっかりの大会ですから」
「それでも大学生とか社会人とかのチームもあるし、スポンサーのいるチームもいる中で7位はすごいと思うよ」
久里亜は少し嬉しそうな笑みこぼす。こういう表情もするんだと思った。
「師匠が『デトリクション』のチームでプレイしているのはわかってたんですけど、高校生だと知って、無理だとは思ったんですけど、うちのチームで一緒にプレイして欲しくて。チームに入って欲しいという気持ちも少しはあったんですけど、どちらかというと、うちのチームの良い刺激になるんじゃないかって思って、思い切って連絡してみたんです」
「最初さ、ビックリしてさ。すっごい長文のメッセージが来てさ」
紫苑が笑いながらしゃべる。久里亜は照れくさそうにしていた。また違う表情を知る。
「でも、すごく熱は伝わってきたのね。ワタシはチームには入ってるんだけど、正式加入じゃないから、一応チームに相談したら全然OKって話なって、それで何度か久里亜くんのチームでプレイしたんだよね」
「マジで、本当に、嬉しかったです。めちゃくちゃ勉強になって。師匠のおかげでこの前の大会も7位に入れたと思っていて。マジで感謝してます」
「勉強だなんて、ワタシは何も教えてないし、楽しかったよ」
久里亜って斜に構えているような雰囲気がしてたけど、実際には結構真っ直ぐなんだなと感じた。いい奴じゃん。
「そんな感じで、たまにうちのチームで練習試合に参加してもらっていて、オンラインでは顔は見てたんで、一昨日学校で見た時に、ちょっとビックリして」
「あー、それはね、ワタシも思った。あれっ、久里亜くんだーって。なんか雰囲気もさ、全然違ったから、オンとオフを切り分けたいのかなって思って、声かけなかったんだよね、迷惑かと思って」
「迷惑だなんて、そんなことはないですよ。俺も気軽に声かけすぎるのは良くないかなって思ったんで」
「お互い、おんなじこと考えてたんだよねー」
何だろう。久里亜ってなんかオラオラ系のようなイメージがあったけど、ずっと話し方が丁寧だなって思う。
言われてみれば、こんなに久里亜と話すというか、一方的に話を聞いているだけだけど、久里亜が喋っているのを聞いたのははじめてな気がする。
ずっと勝手な僕の思い込みで、久里亜のことをイメージしていただけだった。
僕はまた何も知らなかったんだと、少し反省する。
「それで、本題なんですけど」
久里亜が今日のメインディッシュについて話始める。
「確か、7月の中旬ぐらいだったと思うんですけど、雪乃さんに直接話があるって言われて、放課後に呼び出されました。それまで、特に雪乃さんと深い関わりがあったわけではなかったので、何だろうと思って」
確かに5月ぐらいに雪乃と久里亜の交際の噂が広がった気がする。たまに話しているのを見たけれど、特に二人が学校でイチャイチャするようなことは無かったから、噂でしかなかったけれど、僕はイラッとしたのを覚えている。
「放課後に、学校から離れたカフェで待ち合わせをして話をしました。その時に、雪乃さんから付き合っていることにして欲しいって言われて、そして条件というか、約束をお願いされて」
久里亜は一呼吸置く。
「まず付き合っていることは、みんなには内緒にして欲しいって言われたんですよね」
「それって意味わからないよねー」
「どういうこと?」
僕は意味がわからないという意味がわからなかった。
「そうなんですよ。付き合っているフリをするってことは、付き合っていることを周りに伝えないと、フリをする意味が無いんですよね。知っているのが雪乃さんと俺だけだったら、恋愛ごっこみたいな感じじゃないですか」
恋愛ごっこ・・・。
「それって・・・」
僕はそこで口ごもる。それって、雪乃がフリを言い訳にして久里亜と付き合いたいってことだったんじゃないのか・・・。
雪乃は久里亜のことが本当は好きだったんじゃないのか・・・。
「あと、学校でも普通にしてて欲しいって言われて・・・、何か良く分からなかったんですよ。ただ、とても大事なことだからって、雪乃さん、かなり真剣な顔で」
久里亜はピンクグレープフルーツを飲み干す。
「正直、どうしてそんなことをするのか、よくわからなかったので理由を聞いてみたんですけど、ストーカーみたいな人がいてとは言ってました。でも、それなら、学校というか、例えば帰り道とか一緒に帰るとかの方がわかりやすいじゃないですか。なのに、そういうのは必要ないって言われて」
「何か変だよねー」
確かにおかしいように思える。雪乃は何を考えていたのだろう。
「そうなんですよ。何か変なんです。ただ、その時は、久里亜くんには迷惑をかけないからって言われて」
そう言って久里亜は下を向く。机の上に置いてあった拳は少し震えていた。
「付き合うフリをしてから二人で会ったりしたことあったの?」
紫苑に促されて久里亜が顔を上げる。
「夏休みに入って、1回だけ直接会いました。その時に、いろいろとありがとうって言われて、とりあえず付き合うフリは終りました。何だかよくわからなくて・・・ただ・・・それから学校が始まって・・・雪乃さんが自殺してしまって・・・」
久里亜はまた下を向く。
「自分に何かできたんじゃないかって、ずっと思ってて・・・。でも、付き合うフリの話を学校の友達に話すのは、何か違う気がしていて・・・。そんな時、師匠が学校に来て、師匠なら話しても大丈夫だと思ったんです・・・」
久里亜は雪乃のことが好きだったのだろう。とても悔しそうにしている。その気持は僕も一緒だ。
会う前は嫌な奴だと思っていた久里亜に、僕はかなり共感というか、シンパシーを感じていた。
すいませんと言い久里亜は席を立ち、お手洗いに向かったようだ。気持ちが
「どう思う?」
紫苑がジャスミン茶を少し口にして僕に聞いてきた。
「どうっていうか、久里亜って、良いやつだな」
正直に思ったことを言葉にする。
「でしょっ。久里亜くんが雪乃さんの自殺の原因じゃないことは、感じれたんじゃない?」
僕はうなずく。
雪乃はもういない。僕の想いも、そして久里亜の想いも、一生雪乃に伝えることはできなんだ。
誰かが言っていた、『伝えられなかった想いは一生付き纏ってくる』って。
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