第6話:紫苑の歯音
「ちょっとお手洗い行ってくる」
それが正しいとするならば、雪乃の自殺に久里亜は関係無いのかもしれない。
一度、久里亜とちゃんと話をした方が良いように思えた。
なんとなくの雰囲気だけで、久里亜のことを判断していただけなのかもしれない。
であるならば、僕は本当に何も分かっていなかったとも言える。
「あのさ、1回久里亜と話がしてみたい」
「すれば良いんじゃないの?」
「いや、なんか気まずいっていうか、たぶん久里亜は僕のこと好きじゃないと思うし」
「なんで?」
「その雪乃のことでさ、いろいろとさ」
「そうなの?」
「だから、3人で今度一緒に会ってくれないかな?」
「良いけど・・・、ちょっと待ってて」
紫苑はPCに向かい、何かカタカタやりはじめた。
「良いって」
「えっ、何が?」
「久里亜くんが、話OKだって」
「はやっ。てか、紫苑ってKINEとかやってないのに、どうやって久里亜と連絡してんの?」
「久里亜くんとはダスコかな?」
「ダスコ?」
「ゲーム好きのKINEみたいな感じのやつ」
そんなのがあるのか。というか、久里亜と連絡するの早くないか。
「返信早くない?」
「大切な話があるから、明日の放課後に会ってくれませんか♡って送ったらすぐ返事きよ」
「それなんか勘違いされるだろ」
「何? 勘違いって?」
「いやそのさ、その、告白みたいな」
「告白しちゃダメ?」
「だ、ダメってことはないけど、別に紫苑、久里亜のこと好きじゃないだろ」
「どうなかー。久里亜くん、優しいし、真っ直ぐなところは好きだよ」
「好きなら、別に良いけど・・・」
そう言いながら、僕の心はとても乱れていた。僕は雪乃のことが好きだったんじゃないのか?
「嘘だよ。ちゃんと擁斗が話をしたいって伝えておいから大丈夫」
その言葉を聞いて胸をなでおろす。なんで僕はホッとしているのだろう。
紫苑が誰かと楽しそうにしているのが、なんとなく嫌だった。
紫苑が離れていってしまうのが怖かったのかも知れない。
「そういえばさ、今日、ワタシたちの後を付けていた人がいたんだよね。気づかなかった?」
えっ。まったく気づかなかった。
「誰だったかわかる?」
「わかんない。でも、ワタシたち監視されているかもしれないね」
「なんで?」
「正確にはワタシの監視だと思うけど。たぶん、あのクラスに異物が混入したように感じたんじゃないかな」
「異物って・・・」
「やっぱりあのクラスには何かあると思うよ」
「いじめが無いって話だろ」
「それ以外にもね。例えば、人間関係もちょっと歪だったかな」
「何か変なところあったか?」
「普通さ、学校のクラスのコミュニティってさ、その中でも小さなができるもなの。仲の良い友達が数人集まって小さなコミュニティができるわけ。グループって言っても良いかな」
「グループなら結構あるよ」
「確かにグループはあったよ。でも、複数の人間が複数のコミュニティに属しているって感じだった」
「言ってることがわかりにくいんだけど」
「だいたいさ、休み時間には仲のグループで集まって話をするんだよ。でも、あのクラスは、休み時間ごとにグループが変わっていた。それってさ、変なんだよね」
「変?」
「スクールカーストのときもあるし、単純に気の合う仲間同士でグループを作ることもある。それはさ、結構普通のことなの。もちろん、複数のコミュニティに属している人は存在するんだけど、あのクラスではそれを意図的にやっている感じがした」
「難しいこと言うね」
「簡単に言うとさ、いろいろなグループを渡り歩いて、情報収集している人がいるってこと」
「情報収集・・・」
「さっき擁斗はさ、雪乃さんが居たから、いじめが抑止されたって言ってたけど、ワタシが観測した感じでは、誰かが情報を集めて、クラスをコントロールしているような印象を受けたかな。いじめが無いのも、そのせいだと思ってる」
「そんなことって・・・」
できるのだろうか?
「まだ情報が足りていないから、今の話が正解かどうかはわからないけど・・・、ワタシに監視を付けたのは、ワタシに対しての宣戦布告だって思ってるよ」
そういった紫苑は笑みを浮かべているようだったが、鋭い眼光は笑っていなかった。
ギ、ギギリ。
紫苑の
ゲームで負けこんむと紫苑が鳴らす音。
戦闘態勢に入ると紫苑は無意識に歯を鳴らす。
こうなった時の紫苑はめちゃくちゃ強い。
対戦ゲームではいつも一方的な展開で、僕はただ只管やられるだけ。
圧倒的なセンスの差を見せつけられる。
一度火がつくと止められない紫苑。そんな時は最終手段だ。
僕は紫苑の後ろに素早く回り込み脇腹をくすぐる。
ひゃあ。
紫苑は変な声を出し転がった。
「もう止めてよー、ダメだって、もう」
ゴツン。
紫苑の肘が僕の顔に当たる。
「いたたた」
「ごめん、でも擁斗が悪いんだからね」
表情はいつもの紫苑に戻っていた。
紫苑の家を後にして、帰り道に今日の出来事を振り返る。
明沙良の証言、雪乃の写真、紫苑の監視、そしてクラスのコントロール。
僕が知らないことがたくさん出てきた。いや知ろうとしなかったことなのかもしれない。
ただ、わかったことが1つだけある。
僕が大切だと思っていること、守りたいと思っているもの。
だから、雪乃の件にはちゃんと決着を付けないといけない。
そうしてはじめて、ちゃんと区切りをつけるべきなのだ。
翌朝、少し寝坊をしてしまった。
というか、事件の前の自分に戻ったというのが正しいようにも思う。
ギリギリまで寝てたい派。
雪乃のことを考えれば憂鬱な気分にはなったけれど、前のような落ち込み方はしないようになってきた。
人間の心は強く、そして冷たい。どれほど悲しかったとことでも、それをアーカイブしていく。
いつも通りの通学。
いつも通りの教室。
いつも通りの着席。
そしていつも通りの重音流。
「おはよう。なんか、顔色良くなった感じがするな」
「おは。自分の中でいろいろと整理ができているんだと思う」
「そっか。そう言えば、久里亜の話聞いた」
「話って?」
「直接対決するんだろ、今日の放課後、久里亜と」
重音流は何でその話を知っているんだろう。昨日、紫苑と話した内容を、何で。
久里亜の席を見ると、久里亜と目が合う、が、久里亜がクラスメイトの方を向き直し話を始めた。
「情報早くない?」
「俺の情報網を舐めるなよ、なんてな。さっき久里亜から直接聞いた」
久里亜から・・・、直接・・・。
重音流はサバサバした性格だけど、面倒見が良いところもあって、ほとんどのクラスメイトと仲が良い。
久里亜と話しているのを何度も見たことがある。
「一昨日、擁斗言ってたろ、久里亜のこと探ってくれって」
少し声のトーンを落として話す重音流。
「ああ、そうだった」
それにしても、情報が早すぎないだろうか・・・。
「直接話すんなら、これ以上、俺が調べる必要ないよな?」
「うん、いろいろとありがと」
「気にすんなって」
そう言って重音流は僕から離れ、他のクラスメイトの輪に入っていった。
昨日の紫苑の言葉。
『いろいろなグループを渡り歩いて、情報収集している人がいる』
僕とは違って重音流は交友関係が広い。
朝は久里亜のグループ、さっきまでは僕、そして今は違うグループに移動している。
短い時間の間に。
重音流との関係を思い返してみる。
1年の頃は結構一日中休み時間の時は一緒にいたような気がするが、そういえば最近はそこまででも無い気がする。
交友関係が広がるにつれ、結果として僕と一緒にいる時間が短くなっているのだと思っていた。
けれど、何かしらの意思を持って交友関係を広くしていたとしたら・・・。
重音流が?
何のために?
少なくとも重音流は様々な情報を持っていることは確かだ。
まさか、重音流がクラスをコントロールしている?
面倒見が良いというのも、そういうことかもしれない。
重音流がいじめを抑止していたということなのだろうか。
わからない。
ガラリ。
教室の後ろのドアが開き、今日も時間ギリギリに紫苑が登校してきた。
昨日と変わらず、バッチリ決めてきている。
僕と家でいるときの紫苑、学校の紫苑、歯ぎしりをする紫苑。
どれが本当の紫苑なんだろう。
ぼんやりと紫苑のことを考えていたら、ホームルームが始まっていた。
出席を取る
クールな印象が強く、あまり表情を変えないせいもあって、以前と変わったところは感じなかった。
事件からもう2週間以上経っているからかもしれない。
「今日は学園祭の件について話をしたいと委員長から要望があったので、ホームルームはそれについて話をする時間にします。莉杏、後はよろしく」
雨草先生はそう言って教室を出ていく。
「それでは、今年の学園祭のクラスの出し物について何をするかを決めたいと思います」
莉杏が教壇に立ち、クラスを仕切る。クラスのコントロールという点で言えば、委員長もある意味、コントロールする立場に思えた。
委員長という立場からなのか、莉杏もほぼすべてのクラスメイトと仲が良いように見える。
ただ眺めていたクラスが、紫苑に言われた一言で、こうも違って見えるのか。
「みんなから案は、いくつかいただいたので、まずはアプリから投票をお願いします。その結果を踏まえて、みんなで話し合う予定です」
クラスのみんながスマートフォンを取り出し、アプリを起動する。
今は本当に便利な時代になった。黒板に”
僕もアプリ「みんなで投票くん」を立ち上げる。
カフェ、お化け屋敷、錯視実験室などいくつか候補が並んでいた。
とりあえず無難にカフェを選択して投票する。
と、紫苑が困っているようだった。
そうか、紫苑は昨日登校してきたばかりで知るはずもない。
ただ、隣の席の人がアプリについて教えて教えはじめていた。
問題ないだろう。
「それでは投票の結果を発表します」
と莉杏は言っていたけれど、すでにアプリでは集計が終わっていて、結果が表示されていた。
本当に便利だ。
「カフェが最多票で17、お化け屋敷が6票、
・・・特に何も無いようだった。
「特に反対意見は無いようなので、2-Bの出し物はカフェに決定したいと思います」
パチパチパチとクラスで拍手が起きる。
「カフェのコンセプトについては、また改めて投票で決めたいと思いますので、アイデアをまた応募してください」
サクッと決まってしまった。黒板もチョークも使わずスマートだ。
うちのクラスはいつもこんな感じで、アプリを使っていろいろと決めている。
議論になることもあるけれど、多くの場合、そこまで白熱することもない。
事前に情報が見えているというのもメリットなのだろう。
昼休みはいつものように重音流が飯に誘ってきた。
紫苑も誘っていつもの校舎裏に行く。
重音流と紫苑が何か話していたようだったが、『今日、ワタシたちの後を付けていた人がいた』という紫苑の言葉を思い出し、後ろが気になってチラチラと見てしまったが、誰かに付けられている様子はなかった。
「学校はどんな感じ?」
重音流が紫苑に聞く。
「思ってたより、楽しいかな」
「そうか。みんなとも馴染んでくれているみたいで良かったよ」
昨日ほどではなかったけれど、確かに今日も休み時間に何人かの生徒が紫苑のところに集まってきていた。
「みんな優しいよね」
紫苑は笑顔で答える。
「そういえば、紫苑と擁斗って仲良いよな」
「そうかな? 普通だと思うけど」
僕はそう言いながら紫苑の顔を見る。
「毎日うちに来てるからね」
「え、何、そういう関係だったの。マジかよ、擁斗やるなあ」
「ち、違うよ、紫苑、勘違いするような言い方するなよ」
「本当のことでしょ。昨日だって、一昨日だってうちに来たじゃない」
「へー」
「そ、それはそうだけど・・・」
重音流が楽しそうな顔でこっちを見ていた。絶対に勘違いしている。
紫苑は何を考えているのか表情からは読み取れなかった。
「そうそう、写真の件、あっ紫苑は擁斗から聞いた?」
雪乃が知らないおじさんと映っている写真のことだ。
「うん」
紫苑がうなずく。
「写真の内容は良くわからなんだけどさ、雪乃教のやつなら何か知ってるかもなって思って」
雪乃教。前にそんな単語を聞いたけれど、そんなものが本当に存在するのかどうかは半信半疑だった。
「雪乃教って?」
「雪乃ってさ、あのルックスでモデルもやってたじゃん。で、推し?っていうのかな、うちの高校でも雪乃のファンがいるんだよ。で、そいつらのことを雪乃教って誰かが言いだしたんだよね」
「雪乃教なんて噂だろ。単にファンのことをそう呼んでるだけだろ」
雪乃教は、何か明確に活動しているわけでもなく、自分たちの存在アピールしているわけでもない。単純に雪乃のファンというくくりで、そういう意味では自分も雪乃教の一員だった。
「確かにファンのことを揶揄したような言い方ではあるんだけど、コアな人間もいてさ。ちょっと情報を掴んだんだよね」
「情報?」
うちのクラスには情報を集めている人間がいる・・・。重音流は言ってしまえば情報通。久里亜の件もそうだった。
「同じ学年の
「ああ、写真展で賞とか取ってた人だっけ? なんかちょっとオタクっぽいっていうか、あんまり自分から行くタイプじゃない感じの?」
「そう、結弦がさ、結構な雪乃信者みたいでさ、探ってみたら、どうも雪乃の写真を売ってたみたいなんだ」
写真を売る?
アイドルとかの隠し撮り的なことか。
「その結弦って人が、雪乃さんの写真を撮ったかもしれないってことね」
「御名答。まだ直接聞いたわけじゃないけど、調べてみる価値はあるだろ」
また新たな事実が明らかになる。
雪乃教、結弦、隠し撮り、写真販売。
雪乃の周りで、一体、何が起きていたのだろう・・・。
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