第4話:開けてはいけない封筒

ピコピコピコン、ピコピコピコン・・・。

スマートフォンの目覚ましを止める。

また雪乃ゆきのが亡くなる夢を見た。

心も体も重い。

が、起きなければならない。

今日は、紫苑しおんが久しぶりに登校する日だ。

無理矢理に体を起こし、カーテンを開ける。




昨日より登校が遅かったのもあって教室にはすでに何人か登校していたが、擁斗ようとは特に挨拶もせずに自分の席へ着くと机に突っ伏せる。


「おはよう、ダルそうな感じだなあ」

重音流えねるが声をかけてくれた。

「おは」

「まあ、あんまり無理するなよ」

重音流はポンッと僕の肩を叩いて席に向かっていく。


どんどんとみんなが登校してきて、クラスが人で埋まっていったが、紫苑はまだ来ていなかった。

時計を見るともうすぐホームルームの時間が迫っている。

流石にいきなりの登校は、抵抗があったのかもしれない。

雨草あまくさ先生が教室に入ってきて、もうホームルームがはじまる。


その時、教室の後ろのドアが開く。

先生が来ていたので少し静かになっていた教室に、ドアの音がとても大きく響いたように感じた。

そこには、見たことが無い美少女が立っていた。

その歩みは少しスローで、ゆっくりと教室にはいり、席に座る。

紫苑だった。



いつものボサボサ頭ではなく、しっかりと髪を整えている。

ダボッとした普段着とは違い、清潔感を感じる制服をパリッと着こなし、凛とした雰囲気を醸し出していた。

長めのスカートを履いていて、いつもの派手な義足ではなく落ち着いた色の義足を履いていることもあり、パッと見は義足に気づきにくい。



教室は少しざわついたものの、ホームルームがすぐに始まり、ざわつきはすぐにおさまる。

「皆も今気づいたと思うけれども、紫苑が今日から学校に来れるようになった。みんな仲良くしてやってくれ。じゃあ、出席を取るぞ」

そう言って、雨草先生が生徒の名前を呼びはじめる。



一通りホームルームが終わって、1限がはじまるまでの少しの時間に、紫苑の周りへ生徒が集まってくる。

その様子を見ていると、

「何見惚みとれてんだよ」

と重音流が声をかけてきた。

「見惚れてねーよ」

「それにしても、紫苑ってあんな感じだったっけ?」

重音流が最後に紫苑を見たのはたぶん高校1年の頃で、それほど絡みはなかったはずだ。

それに印象が全然違うのは、昨日紫苑と会った自分が一番そう感じているのだから当然だろう。

「いや、全然違うよ」

「だよなあ。なんか誰かに似てる気がするんだけど、誰だったけなあ。そういえば、擁斗って紫苑と仲良かったよな」

「そうでもないよ」

「おいおい、よく一緒にゲームしてるって言ってじゃん」

「まあ、遊ぶ程度だよ。それに、いつもはあんな感じじゃないし」

「なになに〜、本当の紫苑を知ってるのは俺だけ的なやつ?」

「ちげーよ」

リンゴン、リンゴン、リンゴン。

チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきて、一斉に生徒たちが所定の位置に動き出す。

「まあ、お前が少し元気になったみたいだから良かったよ」

と重音流は言葉を残し席へ戻っていった。


紫苑の方を見る。

いつも家で見る顔とは違う顔。

喋り方も丁寧で、僕に話すときとは違う話し方だった。

僕の知らない紫苑がそこにいた。



昼休みも紫苑の周りには人が集まってきていた。

いろいろと質問責めにしているらしい。

「飯行こうぜ」

重音流が声をかけてきたので席を立つ。

すると、紫苑がクラスの生徒を手を合わせて頭をペコリと下げ、こっちを向く。

「擁斗くん、約束してたよね」

そう言って、僕の手を取り教室を出ようとする。

約束? 何かしてたか?

僕は紫苑に手をつられて教室を出ていく。

背中から

「何だよ、そういうことかよ〜」

という重音流の声が聞こえた。



「何? なんか約束してたっけ?」

紫苑は僕の方に少しだけ顔を向けて、無言で圧をかけてきた。

何だろうと思う。

二人で校舎から出たところで、紫苑が

「どこか静かに話せる場所ってある?」

と聞いてきたので、いつもの校舎裏が良いかなと伝えた。



二人で校舎裏にある階段に座る。普段は使われておらず鍵がかかっている扉の前にある階段だ。

「擁斗はさ、あのクラスにいて何も感じないの?」

「えっ、どういうこと?」

「あのクラス、何かがおかしいよ」

「おかしいってどういうこと? 意味がわからないんだけど」

「中にいると、意外と気づかないのかもね」

そういうものかもしれない。

「まずさ、何でみんな名前で呼んでくるわけ? 馴れ馴れしすぎない?」

ああ、そういうことか。これまでの経緯を知らなかったから、面食らってしまったのだろう。

「あれなんだよ、うちのクラスってさ、佐藤が3人、鈴木が2人でさ、名字が被ってて、佐藤Aとか佐藤Bと呼ぶのもおかしいし、佐藤と鈴木だけ名前で呼ぶのも変だから、みんな名前で呼ぼうってことになったんだよね」

「ふーん」

「先生が言うには、昔は名前も同じ人が多かったみたいだけど、最近はキラキラネーム?って言うのかな、個性的な名前が多いから被りにくいってことみたい」

わかりやすい名前の生徒もいるけど、個性的な名前が多いのは確かだ。

「それって誰が言い出したの?」

「うーん、確か先生だったと思うけど・・・あんま覚えてないや」

「そう」

紫苑は何か考えを巡らせているようだった。

「あとね・・・」

「他にもあるのかよ」

「結構ある。違和感がすごかったから」

違和感? あまり感じたことは無かったが、いつの間にか当たり前になっていたからかもしれない。

自分たちのルールというやつは、外から見ると奇異に見えることもある。

特に学校のルールというのは社会のルールとは違うロジックで成り立っていることがほとんどだ。

「他に何が気になった?」

紫苑の言葉を促す。

「ホームルームの後、みんながワタシのところに来たよね。アレもおかしいよ。知らない人ばっかりだたし」

「ああ、なんかうちのクラスって、優しいやつらばっかりなんだよ。僕が昨日久しぶりに登校した時もみんな集まってくれて、声かけてくれたし」

「それって普通じゃないよ」

「そうかなあ。きっと紫苑が・・・」

かわいいという言葉が出そうになって、言葉を飲み込む。

「紫苑が学校に来てくれたことが嬉しかったんだよ。僕も嬉しいし」

紫苑が僕をじっと見つめてきた。

僕の体を通り抜け心を見透かすような強い眼差し。ふと雪乃を思い出す。

雪乃の瞳は飲み込まれるような、吸い込まれるような綺麗な瞳だった。

紫苑の瞳も綺麗だけれど、雪乃とは違い鋭さがある、突き刺すような瞳。

じっと見つめられ、心臓が高鳴る。それは・・・。

「そう。ありがとっ」

そう言って、いつもの笑顔を見せる。いやいつもよりも100倍増しの笑顔に見えた。

そのありがとうは、どういうありがとうなんだろう。

「でもね、普通って、普通の定義が難しいけれど、普通は知らない人にいきなりあんな風に馴れ馴れしくはしないと思う。それに・・・」

「それに、何?」

「まだ、確信は無いから、それはまた後で話すよ。戻ろっか」

紫苑はゆっくりと立ち上がり、向かおうとする。

「あっ、擁斗、別々に教室に戻ろう。たぶん、その方が良いから」

何だろう、何があるのだろうか。

紫苑は何を考えているのだろうか。

一人取り残された校舎裏で、ぼんやりと考えを巡らす。

ただ、考えてみたけれど、おかしな点は何も思いつかなかった。




教室に戻ると紫苑の周りにクラスの生徒が何人か集まっていた。

それに笑顔で対応する紫苑。

僕にしてみたら、そんな紫苑の態度の方に違和感を感じる。

「紫苑とのイチャイチャはどうだった?」

「別にイチャイチャしてたわけじゃないよ」

茶化してくる重音流。

「またまた〜、隠さなくても良いんだぜ。もうみんなも噂してるよ。擁斗と紫苑のこと」

「マジか〜」

「紫苑、すごくかわいいし、良いと思うけど」

「そういう問題じゃないよ」

「じゃあ、どういう問題? 嫌いなの紫苑のこと?」

「そういうわけじゃないけど・・・」

「素直になれよ〜」

普段の紫苑を知っている僕からすると、落差が大きすぎて、まだ脳が追いついていない感じだった。

「まあ、その話はおいといて、放課後さ、ちょっとだけ時間取れる?」

「良いけど」

「例の話、直接じゃないけど、話聞けると思う」

ああ、雪乃の話か。いろいろと有りすぎて、脳がパンクしていたみたいだ。

「OK」

「じゃあ、放課後にな」

少し自分が情けなく、薄情にも感じた。紫苑のことがあったとは言え、雪乃の話が頭から抜けてしまっていた。

こうやって人は何かを少しずつ忘れていくのかもしれない。

今でも雪乃のことを思うと、心が痛む。その気持は変わらない。

けれど、ポッカリと空いていた穴に、他の何かが入り込んできて、僕の思考を、心を侵食してく。

それが人間の性なのかもしれないし、僕の業なのかもしれない。




放課後に重音流がクラスの女子を連れてきた。

雪乃と仲が良かった友達 明沙良あさらだ。あまり話したことは無かったけれど、特に悪い印象も無いし、良い印象もない。ニュートラルな感じ。

でも、クラスの中で多少浮き気味だった雪乃が明沙良と笑って話していたのは覚えている。

いつも髪の毛をツインテールのような感じで結っていて、明るい笑顔が特徴的だ。

三人で教室を出て移動しようとする。ふと視界に久里亜くりあが入ってきた。紫苑と何か話しているようだった。

思うところがあったが、今は考えないようする。明沙良の話が先だ。

重音流が僕たちを連れ立ってコンピュータ室に入った。


「あんまり、みんなの前で話すようなことじゃないかなって思ってね。明沙良さ、俺に話したこと、擁斗にも話してもらえるかな」

重音流が話を切り出す。

「うん」

重音流の方を見て頷いたあと、多少俯きながら、僕の方を見る。ああ、そういうことか。

「あのね・・・雪乃ちゃん、なんだけど・・・」

言葉に詰まっているようだった。そりゃそうだ、友達を亡くしたのだから。

「事故が起きる前に、たぶんだけど、先生と何かあったみたいなんだ」

先生? 雨草先生と?

「何かって?」

「細かい話はわかんないだけど・・・、先生に・・・」

明沙良はとても言いづらそうにしている。促すべきかとも思ったがジッと言葉を待つことにした。

「ほんとにね、わかんないんだけど、雨草先生から言い寄られていたみたいなんだ・・・」

「それって、その男女的な?」

「わかんない。でも、たまたま最後の方だけ話が聞こえちゃって、雪乃ちゃん、『ありがとうございます。先生の想いは理解しました。でも、ごめんなさい』って言ってて・・・」

それって、告白じゃないのか・・・。

雨草先生はまだ20代のメガネ男子だ。キリッとした顔立ちで背も高くすらっとしていて女性徒からの人気が高い。というか人気だ。

高校教師と生徒の恋愛。

でも、ごめんなさいってことは、雪乃が断ったわけで、それが理由で自殺するというのは変だ。逆ならわかる。振られた方が自殺するというのであれば・・・。

「それって断ったってことだよね?」

「たぶん、そうだと思う。でも、その後、雪乃ちゃん、何かをずっと心配している感じがしてて、怯えている感じではなかったんだけど、もしかして、その・・・ストーカー的なことで、困ってたのかもって思って・・・」

明沙良の目が潤んでいた。

「みんなには言ってなくて、誰にも言えなくて、先生にも言えないし・・・それが原因で・・・」

そう言って泣き出してしまった。

重音流が明沙良を抱き寄せて、頭を軽くポンポンする。こういうことがサラリとできて、そして受け入れられるのは重音流の特権だろうなと思った。イケメンって羨ましい。

学校には生徒だけのルールがある。それは閉鎖的で、皆が少なからず何かを抱えていて、でもそれは表に出てくることはない。暗黙の縛り。

「今日はここまでにしようか。明沙良、ありがとな」

まったく予想していなかった事実だった。ずっと雪乃を見ていたのに、雪乃の変化にまったく気づかなかった。僕は雪乃の何を見ていたのだろう。



明沙良を教室まで送る。教室には何人かまだ残っていたが、紫苑はいなかった。久里亜も。

紫苑はどこの行ったのか。

今聞いた話を紫苑と話したかった。

スマートフォンで紫苑にメッセージを送ってみると、野暮用があって少し遅くなるけどOKって返事がすぐに返ってくる。

どこかで時間を潰していこう。



明沙良と別れ、重音流と一緒に下駄箱に向かう。最近知ったのだが、昇降口って言うらしい。

下駄箱を開けると、そこには白い封筒が置いてあった。コレって・・・。

「どうした、擁斗。あっ、それってもしかして、ラブレターなんじゃないの! こいつ〜、やるねぇ」

ラブレター・・・。人生で初めてだった。何だよ、最近、いろいろと予想外なことが起きすぎる・・・。

「あれっ、俺のところにもあるわ」

思わず重音流の方を見る。手には、同じ封筒があった。

何か、嫌な予感がした。少なくともラブレターではないことは間違いない。開けてはいけない封筒な気がした。

けれど、好奇心が勝り、封筒の中身を見る。

そこには写真が何枚か入っていた。

雪乃の写真。そして、雪乃と誰だか知らないおじさん。二人が並んで歩いている。

背景の建物にはホテルの文字が見えた。

その写真が意味しているのは、そういうことなのだろう・・・。

やはりこれは開けてはいけない封筒だった。

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