第3話:青き義足の紫苑

「お待たせー」

10分ぐらい待っただろうか。オンライン対戦ゲームのチームを組んでやっているみたいで途中で抜けるのは大変らしいが、僕が来る時は結構気を使ってくれているみたいだ。

「お前さ、前から言ってるけど、曲がりなりにも女子なんだから、鍵ぐらいかけとけよ」

「えっ、だって擁斗ようと来るって言ってたじゃん」

「まあそうだけどさ。でもさ、一応さ」

「ゲームしてるとチャイム鳴っても出れないし、外で待ってるの嫌でしょ。あっ、もしかして、合鍵が欲しいってこと? えっ、通い妻じゃなくて、通い夫?」

「何言ってんだよ」

こういう軽口が今は懐かしく、そしてありがたい。

「最近物騒な事件も多いしさ、なんかこの前も女性が襲われた事件とかあったじゃん」

「えっ、もしかして心配してくれてるの?」

「まあ、付き合いも長いさ」

「ありがとっ。でも大丈夫だよ。いざとなったらワタシのスペシャルな義足で蹴ってやるから」

そう言って、僕を軽く蹴る。

「お前ね、こっちは生身なんだから、蹴ったら危ないだろ」

紫苑しおんは片方の足が義足だ。今日は青色で少しメタリックな感じの義足。その昔、事故で、膝から下の足を失ってしまった。

「てか、久しぶりじゃない? 2週間ぶりぐらい? 何かあったの?」

そう言って紫苑は冷蔵庫から、炭酸水を取り出す。雪乃ゆきのが亡くなる前はかなり入り浸ってたから、まあそう感じるよなと思う。

「紫苑ってさ、雪乃の件、・・・知ってる?」

「ああ、うちの高校の生徒が自殺したってやつ?」

「うん」

心の奥が少しズキリとする。まだ、普通には話せる感じではなかった。

「紫苑は雪乃のことどのぐらい知ってる?」

「うーん、あんまり知らない」

「モデルやっててさ、髪が長くて」

「ああ、何かいたね。でも、話したことはあんまりないかなー」

そもそも紫苑は他人にそこまで関心は無いから、当然の反応と言えば、当然だった。

「で、それがどうかしたの?」

「本当に自殺なのかなって思ってさ」

「えっ、自殺じゃないの?」

「自殺なのかもしれないけど・・・なんか、納得できてないっていうか、どうして自殺なんかしたのかなって」

「ふーん」

僕は雪乃が自殺した時に現場にいたこと、雪乃がスマホを見ながら普通に歩いて道路を渡ったこと、雪乃が自殺をするようには思えないことを、僕に雪乃の死が自殺ではないというメールが来たことを紫苑に話した。自分の雪乃への想いは省いて。

「大変だったね。それで最近来なかったのね」

「うん、ごめん」

何がごめんなんだろうなと思いつつ、口をついて出てきた言葉。

「メールのせいもあるかもしれないけど、やっぱり何かしっくり来てない自分がいてさ。で、何で自殺したんだろうって、調べようと思ってて」

「えっ、何? 名探偵にでもなるつもり?」

「名探偵なんて無理だよ、僕みたいな凡人には」

「ふーん、でも、何で擁斗が調べる必要があるの? 雪乃さんと何か関わりあったの?」

「いや、と、特には無いんだよ。ただ気になっちゃってさ」

思わず慌ててしまった。鋭いやつだ。

「ああ、何か隠してるでしょ」

「何も、何も隠してないよ」

「ほんとかあ?」

そう言って紫苑は僕の頭を手のひらで小突いてきた。

「マジで何も無いって。ただ、ちゃんと真面目にさ、調べてみても良いかなって思ってさ」

「まあ良いけど。でも面白そうね」

そう言いながら紫苑はニヤリと笑ったような気がした。すぐに炭酸水を口にしたから、それは僕の見間違いだったのかもしれないけど。

「あと、アレだ。メールが誰から来たのかってわかるかな?」

「ああ、さっき見たやつ? ちょっと見せて」

僕はスマートフォンを紫苑に渡す。紫苑は慣れたようにパスコードを入力して、メールアプリを起動した。

「何で、お前、僕のパスコード知ってるんだよ」

「えっ、それは、ひ・み・つ♡」

「待て待て待て、秘密じゃないねーよ」

「もう煩いなあ。パスコードなんて些末なことでしょ」

「些末ってなんだよ。まあ紫苑だから良いけど」

些末って言葉を後で調べたら、全く重要ではない小さなものごとという意味を知った。全然些末じゃないだろ、パスコードは。



「で、何かわかった?」

「これだけじゃわからないよ。ちょっと待ってて」

紫苑は僕のスマートフォンとPCをケーブルで繋ぎ、何かやりはじめた。

僕はこういうのに疎いからまったくわからない。

「どう?」

「ちょっと待ってって。あのね、そんなすぐわかることって無いから。あと、調べるのにも時間かかるから」

そう言って、紫苑はPCで何かゴニョゴニョを作業をしている。


暇になってしまった。

また壁に並んでいる義足を見る。

義足というと、なんだかのっぺりとしたイメージがあったけれど、紫苑が使っている義足をみて、その考えは結構変わった。いろいろとデコレーション的なものがされていて、パッと見義足と気づきにくいものが多い。

ちょっとキラキラした感じのものもあれば、落ち着いた和風っぽいものもある。

そう言えば、着るものによって義足を変えているって前に言ってたことを思い出す。


「擁斗」

「ん? 何かわかった?」

「そうだねぇ、おそらくこれ海外のサーバを経由して送られてる。送信元が偽装されているし、サーバも良く知られているスパム系のやつだね。だから、ワタシでは追いかけるのは難しいかな」

「そうか、スーパーハッカーでも駄目なのか」

「あのね、ワタシはスーパーハッカーじゃないよ。コード読むぐらいはちょっとできるけど、プログラミングもできないし」

「でも、なんかいろいろとできるじゃん」

「んとね、それはワタシがやっているわけじゃなくて、いろいろなアプリを使っているだけなの。ワタシはそのアプリを使ってるだけ。後はネットで毎回調べてるんだよ」

「そうなの? でもすごい詳しいじゃん」

「詳しくないよ。プロの人からしたらワタシなんて素人同然。知識が無いからネットで調べてその都度試しているだけだよ」

「ふーん」

「あんたさ、全然理解する気ないでしょ・・・」

そう言われても、わからないものはわからない。こういうのは才能の違いだと思ってる。

「まあ良いけど。でも、PCをいろいろなことに使っている人と全然使わない人の差って、単に調べるか調べないかの差でしかないからね。あと、擁斗も大学とかに行くことになったら、PC使えないと困るよ。たぶんね」

「必要になったら勉強するよ。それまでは、よろしくお願いします、紫苑様!」

紫苑はため息をつく。


「とりあえずわかったことと言えば、このメールを送ってきた人物は、ざっくり言えば、ある程度PCに関する知識があるってことかな。あと、雪乃さんの事件を知っていて、擁斗のメアドも知っている人物ってことね。そうなると容疑者はかなり絞られると思うけど」

雪乃の事件については、同じ学校の生徒であればほぼ知っているだろうし、ニュースにもなったから、この地域の人なら知っている人も多いとは思えた。

ただ、自分のメールアドレスを知っている人物となると、かなり限られてくる気がする。

「親だろ。あと重音流、莉杏か。それぐらいかなメアド知ってるのは」

「じゃあ、その中の誰かなんじゃない?」

「でもさ、最近はメールなんてほとんど使って無くて、KINEばっかりだけどなあ」

KINEは人気のあるメッセージアプリだ。瞬く間に広がって、音声通話もできるから、みんなKINEを使っている。

「さっぱりわからないや。まあ脅されてるわけじゃないから、別にいいか」

「擁斗が問題無いならそれで良いけどね」



その後は、紫苑と久しぶりにゲームをした。最近出たばかりの格闘ゲーム。

そして紫苑は対戦するゲームをするときは、かなり、なんというか、負けず嫌いというか、容赦がないところがある。

そんな感じだから、ゲームではかなりボコボコにされたけど、何か少しだけ元気が出た。

お腹も少し空いたから、昼間食欲がなくて食べなかった弁当も食べることができた。

この空間だけは、前と一緒で、心地よくて安心する。



「今日はありがとな」

「何? 急にどうしたの?」

「紫苑と話せて良かった。元気出たよ」

「そう」

「じゃ!」

「じゃね! また明日学校で」

「どうしたの? 素っ頓狂な顔して」

「えっ、だって学校行くって・・・」

「うん、久しぶりに行こうかなって」

「学校行くの面倒くさいって言ってたじゃん」

「なんか面白そうだから」

笑顔で紫苑は答える。


紫苑が学校に行く・・・。なんだか、嫌な予感はした。

普通にしていれば普通なんだけど、たぶん普通では終わらないだろうなと思った。

それでも、ずっと学校を休んでいた紫苑が学校に行くようになってくれたのは、ちょっと嬉しかった。

そうか、今日重音流に言われたことを思い出す。

『擁斗が居ないとさ、学校つまんねーから、学校来てくれて嬉しいよ』

重音流の気持ちが少しだけわかった気がした。

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