第1話 配信者を反対したら追放された

「五百旗頭、君はクビだ」


 ダンジョンから帰ってすぐのこと。俺達、同級生で組んだパーティー、悠我がリーダーを務める、《ステラメイト》。そこそこ名が知られ始めた、ようやくここまで来た、という段階での出来事だった。


 前衛を担うタンク、東雲晴希。

 火力の要、ウィザードの我妻隆二。

 機械オタク、メカニカルの多々来英明。

 そして、紅一点、回復と支援、プリーストの七瀬李里香。


 仲間達は、俺と悠我の話を後ろで聞きつつ、厳しい表情を浮かべている。


 その日の敵は間違いなく、モンスターではなく身内。もう俺に居場所は無い、という話だった。


「おいおい冗談はよしてくれよ。エイプリルフールはまだ半年以上も先の話だろ?」

「……はぁ、じゃあ逆に聞くけどさ。僕の目、嘘をついているように見えるかい?」


 殺気だっているのが一目で分かる。悠我はいらつきを表現するかのように、死んだ目で俺のことを見つめ続けていた。


「……マジなのか」

「ああ、そうだ」


 それ以上もそれ以下もない。有無を言わさないと言わんばかりの肯定。


「……みんなはどう思ってるんだ?」

「そんなの簡単なことですよ」


 パーティーの頭脳、我妻が話に割って入る。


「貴方が裏切り者だからです。実力は伴っていることは間違いないにも関わらず、我々は深層に進めなかった。そしてその理由が貴方だったということです!」

「その通り! まずは話を聞くべきだ!」


 春希も強く頷いている。


 う、裏切り者って……。俺はただ、仲間の命を危険に晒すわけにはいかないと思って慎重に事を運んでいただけなんだがな……。


「あのね、ネタは割れてんのよ。アンタが先公と共謀して、私達の攻略を邪魔していたってことはね!」

「えっと、それは……」

「まさかスパイが紛れ込んでいたとは。糸目キャラは裏切る。小生の眼をもってして、オタクの基本を忘れていたとは、全くもって不覚であります」


 他の2人も怒りを隠せないようだ。

 まさかバレていたとは……。


 皆の言うことはまあ正しい。確かに俺は先生に頼まれて、このパーティーを監視していた。 歴とした事実だ。

 だが、それは彼らを邪魔するためでもなければ陥れるためでもない。無謀な行動にでないように、導いて欲しいという頼みに他ならなかった。


「では本題に戻ろうか」


 悠我はふっと笑って見せる。


「皆がいうように君はもう必要の無い存在なんだ。何せスパイなんだからね。確かに君は役に立ってないわけじゃない。それにスパイと言っても、僕達を学校に引き戻そうって役割でも無さそうだしね。でも僕らは名が売れてきた。次のステージに立つ時がきたんだ。実力だけでなく、気品も問われる。そういう段階にね」

「気品……? まさか、まだDtuberにでもなろうと思っているのか?」

「当たり前だろう? 前から決めていたことだ。ダンジョン、こいつを使って有名配信者になる。それが俺、いや俺達ステラメイトの真の目的」

「……」

「君は以前反対したよな? 配信者なんてやるなら俺は降りるって。じゃあ降りさせてあげようという話しさ。何せ君の実力位の奴なら腐るほどいるからね。だから今度は考えの合う罠師を誘う、それだけ。僕の考えを好きにならない奴は邪魔なんだよ!」

 

 言葉が出なかった。

 ずっと前から計画されていただって?

 つまりはみんなDtuberなんてものになるために命を張っていたのか?


 Dtuber。Yのつくあれのように配信者を量産するダンジョン専門のプラットフォーム。今や名を知らぬものはいない、終末世界に突然生えた謎の会社。


 最初は怪しさ満点だったが、徐々に人気を博しており、10年後にはYのつくあれに並ぶとまで噂されている。


「僕たちは探究者だ。だが、それだけじゃ足りない、地位も名声も。君と違って僕らは児童養護施設育ちだからね、大学にもろくに入れない。だったら一山上げるしかない。何か間違ったことを言っているかな?」


 間違っているなんて面と向かっては言えるわけがない。ダンジョン災害が起きてからというもの、孤児の数は激増している。今や学校には孤児の方が多い。明らかにおかしな状況だ。今の状況が若い頃からダンジョンの探求者になることに拍車を掛けているのもまた事実だ。


「僕たちは、ここまで何のトラブルも無く順調に深層へと到達しつつある。表層、日本そのものもダンジョン化し始めていて、モンスターも地上に出てきている。探求者の重要性はこれから益々高くなるだろう。そしてそれに伴って、Dtuberの地位も際限無く高まっていくはずだ。配信ってのは基本的に最初に始めたやつが正義なんだ。参入チャンスは今をおいて他にない!」

「……そうか」

「ダンジョンパーティーはいわばバンドメンバーのようなもの。本来は方針が違えば抜ければいい。でも君はきっと拒むだろう。何せ先生から直々に、僕たちの監視をしろって言われていたんだからね……無茶をしないようにと」

「……」

「ほんと、あんたって教師へのゴマスリが上手いわよね。はっきり言ってもうウザいだけって感じ〜」

「そうだ、そうだ!」

「小生もおおよそ同意見であります。それに君は学業と兼業、我ら専業。ダンジョンに潜る頻度も違いますからなぁ」

「兎に角、これが君を除いた皆の総意なのです。胸中は察しますが、受け入れてください」


 次々に無慈悲な言葉が飛び交う。ダンジョン行きを阻止できない以上、少しでも未来ある子供が犠牲にならないようにと、先生に託された任務だったのに。

 なぜバレていたのか……俺じゃ力不足だったということだろう。


 そうか。

 そうなのかもな。

 

 俺は裏切っているつもりは微塵もなかった。先生に頼まれたのも仲の良いグループだったからだった。心を閉ざしてしまい、授業にもまともに来なくなってしまった彼らをせめて少しでも導きたい、聖人のような考えの先生の意見に共感していただけだったのに。


 先生を味方と認識した時点で、彼らにとって俺は味方ではなく敵だったのだろう。自分の努力や思いが伝わらないことに、心が張り裂ける思いだった。


 本心から、皆、仲間だと思っていた。

 だが、その結果がこのザマだ。


 しかし、しょうがない。

 彼らの逆鱗に触れるかどうかを深く考えなかった自分が悪い。壁に耳あり、障子に目あり。俺はエージェントでもなんでもないただの学生。多かれ少なかれ、このことはバレていたのだろう。

 今はそのことを素直に認めておくとする。


「皆の本心は分かった。今日で俺はパーティーを抜ける。それでいいな?」

「そうだ、それでいい」

「引き際だけは一丁前ね」

「もう姿を見せるなよ、2度と」

「小生達を裏切ったこと。深く、深ーく反省するでありますよ」

「それは言い過ぎでは?」

「言い過ぎも何もないでしょ。コイツは実際裏切ってたんだから。自業自得よ」

「……」

 

 彼らの闇に気づけなかった。

 まさかこんなひどいことを平気で言えるような人間になってしまっていただなんて。

 先生にどう報告すればいいのだろう。


 しかし、そこで気づく。

 俺が気にしていたのはパーティーじゃない。先生からの評価だったのかと。

 どうやら李里香の指摘した通りだった。


「でもまあ、これが真面目君の仕事だからね。今日のことは先生に報告しても構わないよ」

「……分かった」


 すんなりと辞める方向に話にもっていける悠我。もはや何とも思われていなかったことを再確認せざるおえない。


「で、俺達は学校に戻らない。退学ってことにしてもいいって伝えといて欲しいな」

「……そうか」


 薄々分かってはいたが、やはり戻らないつもりらしい。都合の良い伝書鳩扱い。友人とはなんだったのか。俺は本気で分からなくなってしまいそうだった。


 そう思うと、何だか、今までのことがどうでもよくなってきた。


「じゃあな裏切り者」

「そのツラ2度と見ないことを願うぜ」

「そんなに先公が好きなら、一緒にパーティーでも組んじゃえばいいんじゃないの〜クスクス」

「憧れは理解から最も遠い感情といいますからな。君は小生達との友情に焦がれるあまり、我々の思いを理解しなかった。そういうことでありましょう」

「そうか。忠告、胸の内に止めとくよ。じゃあな」


 俺は、モンスター同然にしか見えなくなった仲間に背を向け、2度と振り返ることは無かった。

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