プロローグ(2) 普通のホモ・サピエンスには抜けない聖剣

「で、その右手に持ってるのは何なんだ?」


 第一声、俺の質問は、目の前のJK、もとい皐月が引きずってきた、血だらけの男へと向けられていた。


「えーと、これはねー、ほら、あれですよ、あれあれ! ダンジョン内で死なれたら、魔物(バグナント)化しちゃうかもしれないじゃないですか〜。そうなったら目覚めが悪いし、ついでにジャマいし、一石二鳥かなぁ、な〜んて……えへへ」


「ハァ……いいよ、いいよ。そういう言い訳はもう聞き飽きたから。しかし、お前のヒーロー願望も、そこまで行くと勲章ものだな。で? 今回の遠征の成果はそれだけってオチか?」


 机に頬杖をつきながら、思わず悪態をつく。全く勘弁してくれよ。うちは慈善事業者じゃないんだぞ。コイツ本当に分かってんのか? ……分かってないんだろうなぁ。


「ちーがーいーまーすー! ほら、ちゃんと入ってるでしょ! 全く、この私を一体全体誰だと心得るぅ?」


 皐月は、身につけている学生バッグをどさっとおく。まぁ確かに、出発時よりは明らかに膨らんではいる。


「んーそうだなぁ。人を助けずにはいられない無策で無謀なメスガキってところかな〜」


「ひぃー、メ、メスガキャ!? ひ、酷い。それはいくらなんでも酷過ぎない!? これでも私、ちゃーんと命張ってやってんだよ! うぅ、オーイオイ(泣)」


「下手な泣き真似はやめろ、ムカつくから。じゃあ中身確認すっぞ。それ次第で褒めてやらんでもない」


「それマジ?……やったぜ! 見てろよ、見てろよ〜今回は豊作だったんだぜ〜! あまりの成果に頭ナデナデさせてやるから、覚悟しとけ〜!」


「あっそ」


「反応うっす!? JKの頭ナデナデとか普通垂涎もののご褒美でしょ!?」


「誰も彼もがそんな変態じみた性癖持ってると思うな。あと、そういうの他人に安易に吹聴すんじゃねぇぞ。色々と危ねぇから」


「はいはい、冷たくあしらってるなーと思ったら今度は親ヅラですか。ほんと難儀な性格してるよねー、ツンデレ君にでも改名したら〜?」


「そりゃ、義理だが正しく親だからな。お前が成人するまでは、構ってやる。ただそれだけの話だ」


「あらら〜、まーた照れちゃって〜。そう言って、私を理想のお嫁さんに育てる計画のくせに〜。素直じゃないな〜もう、このこのぉ」


「光源氏じゃねぇんだから、そんなことしねぇよ、ったく。いいから早速始めんぞ」


「ちぇ〜つまんないのー」


 皐月、こいつは俺が孤児だったのを拾った女だった。歳を追うごとに、客観的には美少女になっていく。多分黙っていれば、そしてこんな時代出なければ、引くて数多だったんだろう。


 皐月はカバンをガサゴソ揺らす。学生バッグ。教科書を入れるためだけの平たーいカバン。だが、中には結構な量を収納できる。見た目以上に高性能なカバンだった。


 俺の名は五百旗頭妖眼(いおきべ あやめ)、ある施設のナンバー2を名乗らせてもらっている。俺達がくだらない会話をしている場所、東都博物館でのナンバー2。だだっ広いが、人っこ1人いない閑古鳥の泣いた建物。で、ナンバー2、つまり副館長をやっている。最も、ここには館長と俺とこいつの3人しか働いていないわけだが。そもそも本来、ここは博物館用の建物じゃないし、俺達は学芸員でもなんでもないんだから、しょうがないっちゃしょうがないんだがな……。

 ふと、外の景色を見る、ここは地下だからカメラ越しで。一歩外を出ればまさにカオスな光景が広がっている。


 コボルト数匹とハイエナのような生物。2種類の生物が丁度真上で、縄張り争いをしている。しかも、ここは、日本。更に地面はコンクリ。本来自動車、そして人間が通るために整備された道のはずだ。そこにモンスターが山ほどいるんだから、閑古鳥が泣かない方がおかしいわけだ。

 そして、その真横を通るように、金髪のボサボサ頭をした女冒険者ぽい女が、フラフラと横を歩いている。危険んだ、と叫びたくもなりそうだが、なんだか様子が変だ。よく見れば、その格好は修道服。だが、もはや何の服をきていたかどうか分からないほどに血まみれになり、それを平然と着て歩いている。どう考えても正気じゃない、お客足り得るわけもない。


(バグナントになっちまったやつみたいだな)


 俺は少し物憂げな顔で、カメラをきった。


「それで準備はできたか?」


 一呼吸おいて、皐月の方に目を向ける。可哀想な話だが、もうあの修道女は人間じゃない。バグナントは、本質こそ別物だが、人類の敵、言うなればゾンビのようなものだ。もう助ける手段はない。璃奈が引きずってきた、あの男性のシーカーもあと数日もすればバグナント化は免れないだろう。全く面倒ごとを持ってきやがって。


「ほんじゃあ、まあ、取り出しますね〜」

「ああ」


 非道だと言われようがどうでもいい。今はこの博物館の展示を豪華にさせることだけが、俺の目的だった。


「聞いて驚け、見て笑え! まずは、これ、エアレーの角。そして、みんな大好き、エルフの杖」

「うんうん、それで?」

「ラミアの涙に、キングゴブリンの盾、でバジリスクの尻尾に〜、そして今回の大目玉! 普通のホモ・サピエンスには抜けない聖剣、以上6つだぜ!」

「ほう」


 皐月は、誇らしげに胸を張る。ラミアとゴブリンはそれほどでもないが、他の4つ、特に聖剣は、激レアアイテムというやつだった。


「どうよどうよっ! 私だってやる時はやるんだよ〜」


 ふんすふんすと鼻をならす皐月。どうやら認識を改めなくてはならないようだ。


「分かった。頭ナデナデは無いが、ここまでの戦果を上げたんだ。何かご褒美をあげなきゃな」


「よっ、待ってました大統領! いいの期待しとくぜ〜」


 そして後ろを向きガッツーポーズを決める皐月。着実に強くなっていく彼女を見ていると、時間の流れを痛感せずにはいられない。


 もう、あれから十五年か……嫌な思い出が頭をよぎる。あの時は俺も若かった。スキルやステータスこそが全てだと信じて疑わなかった。それがあんな秘密があったなんて、言っても信じてすらもらえないんだろうなと思う。

 

 思えば、どうしてこんなところに来てしまったのか。人生とは分からないものだ。


「それもこれもお前のおかげだよ……ほんとにな」


 思わず横にある鳥籠を見る。

 中にいるのは3つ足の烏。

 

 パーティーを追放されたあの日……こいつに出会えたおかげで、今の俺があるのだった。

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