スキル・ゼロでも世界最強〜追放された罠師、拾った少女を救うべく、ダンジョン世界で無双する〜

紫焔の復讐者

プロローグ(1) マグナムと個人的な価値観

「ハァ」


 思わず溜息が漏れた。それは3時間前、ダンジョン深層での出来事だった。

 俺はどこかイカれてしまっていたのだろう。調子に乗って、いつもは行くはずもない階層まで来てしまっていたのだ。

 飲み屋でいつも競り合っている同期。アイツが超えたと豪語した階層に辿り着くこと。それだけが今回の遠征の目的だった。


「見栄なんて張るもんじゃねぇな」


 今更ながら後悔する。

 脱サラしてまで夢見た一攫千金。フタを開ければ、退職前のうだつの上がらない自分がいるだけ。


 上司にゴマをすり、出世のために会社の歯車となる。こんな生活はもう懲り懲りだ。そう思って、脱サラしたのに。


 結局、人間ってのは、どこに行っても変わらないもんなんだな。大事なのは、覚悟。己を変えようと奮闘するための覚悟だったんだ。


 だが時既に遅し。俺は血だらけになりながらも、重い体を引きずっていた。


 世界中にダンジョンが現れて往く数十年。世間の常識、そしてモラルは大きく変わった。ダンジョン内で金(きん)が見つかった。ダンジョン内で得たスキルがダンジョン外でも使用可能だった。そんな噂が真実に変わった時、真面目に働くという概念は馬鹿馬鹿しいものとなった。


 今や学歴なんて関係ない。思い立ったが吉日。明日やろうは馬鹿野郎。皆そう言ってダンジョンへ我先にと潜っていく。そしてものの見事に社会は崩壊。たった1人の人間が一個中隊と渡り会ったというニュースを聞いた瞬間、この世の終わりを年寄り達は嘆いたという。


 全く、だからなんだってんだ。俺は少なくともそう思う。これはチャンスだ。恐らく人生最初で最後のな。行くところまで行って、停滞してしまった経済。年々膨れ上がる税金。高度経済成長だかバブルだか知らないが、どうして俺達若い世代が全ての責任を追わなきゃならんのだ。そんなものは終わらせる、とでもいいたげに、若者はこぞってダンジョンへと潜って行ったのだ。無論、俺も含めてな。


 今や彼らは探求者(シーカー)と呼ばれ、日本の経済、そして政治をもを担っている。いつの間にやら、日本はダンジョン内の宝に依存する究極のモノカルチャー経済と化していた。


 しかし、大きく変わったのは経済では無い。何よりスキルの存在だ。力を得て人智を超えた存在に既存の権力システムはまるで機能しなくなっていたのだ。


 ま、そういうわけで、法律とか何やらが機能しなくなった結果、警察などの公的組織も見事に崩壊。監視者のいなくなったダンジョンは、あっという間に肥大化し、やがては日本全域を飲み込んでしまっていた。


 もうダンジョンと大地の境目がどうとか、学者共の定義は意味を成さない。ついでにビルや塔も錆びてきており、世界はカオス・アポカリプスの様相を呈している。ダンジョンは今や、世界全域。それにワーウルフやスライムまで、草の生えたコンクリの道を闊歩してるんだから、もはや異世界に来たと行っても過言じゃない。


 もはやこの世は弱肉強食。ゾンビものすら真っ青の、サバイバル世界と化したのだ。


 なんでこんなことを言ってるのかだって?

 ……俺にも分からん。強いてあげるとすれば、意識朦朧だからだろう。いわゆる走馬灯というやつだ。


 言っただろ? 身の丈に合わない階層に来ちまったって。それが証拠に俺は現在追われている。とんでもねぇ奴にな。


 そいつの名はミノタウロス、ギリシャ神話の怪物だ。まぁ正確にいやあ、何故かミノタウロスに似た何かなんだろうが。

 糸玉でもあれば助かるのかもしれないが、残念ながら俺は、テセウスみたいな英雄じゃない。ただの落武者、社会の落伍者。こんな終わりがお似合いってことさ。


 そういうわけで、モブはモブらしく、嵐が過ぎ去るのを待っている。どっちにしろ出血多量で死ぬ気がするが、あの太い右手に携えた巨大な棍棒を振るわれるよりかはなんぼかマシだと思おう。


「ちょっと深層に来すぎたな。ここに来れる奴はさしずめ、レベル65ってところか」


 ステータスオープン。スキルと数字が羅列するだけの、最悪なUXを暇つぶしに眺める。


 助かる方法は主に3つ。人間の血液は20%以上を失うと危険域に達すると、ネットに書いてあった記憶がある。それまでにあのデカブツがどこかに行くか、自分のスキルでなんとかするか、誰か同業者という名の英雄(ヒーロー)が来るのを待つか、それだけ。


 ちなみに2つ目は無しだ。俺のレベルは40。スキルは、ファイア・ボールとサンダー・スピア、ウォーター・ウォールの3つだけ。全て試したものの、あのデカブツはビクともしなかった。あとは探索用のスキルだけだ。こんなのを喜ぶのは、怪しい壺を嬉々として買う、情弱なキワモノだけだろう。


「へへへ、終わったな、俺」


 1つ目、3つ目はただの運だのみ。特に後者はさっき言った通りのレベル65以上、日本の総人口の10%以下という有様。

 ほんとバカだな、俺。同期の奴を僻んだ結果がこれかよ。


 もう考えるのもめんどくさくなってきた。頭も霞がかってボッとしてきている。赤い泉が体の周りに出来つつある。どうやらもう危険域に入ってしまっていたらしい。


「はーあ、ガールフレンドや嫁でもいりゃ、こんなマネ、しなかったんだろうなぁ」


 そんなありもしないくだらないことを考える。男子校育ちでろくに女子と会話したこともない奴が何を言ってるんだろうな。


 ふと見上げると、そこには美少女が立っている。クリーム色の髪をした、制服の少女。恐らくは、背丈的にJKだろうか……ハハハ、まじでヤバくなってきた。どうやら命の危機が過ぎて、俺の中の妄想が溢れ出しているみたいだ。空気も読めず、表情筋が緩んでいるに違いない。


(こんな時に女のことを考えてるあたり、まじでどうしようもねぇな、俺)


 その少女が、ミノタウロスに向かって歩いていった気がしたが、恐らくは気のせいだろう。レベル65以上を超えた奴は、最年少が飲み屋にいたアイツ……つまり俺の同期、30代前半だからな。

 そんなことより眠い。もう限界だ。


「お兄さん、死ぬにはまだ早いんじゃなーい?」


ガチャリ。


 何かが擦れる声と共に、幻聴が聞こえた気がした。自分の声でない声。高い女の声。なんだか妙に安心する。そう思うと、急激に眠気が襲ってくるのがわかった。


─magnum─


─personal value─


 どうやらもう1人、男性が近くにいるらしい。

 やけに機械チックな声だが、そんなこと、どうでもいいか。


「いひひひひ、変身♪」

 

 俺はその言葉を聞くのを最後に意識を手放し……そのまま暗闇へと溶けていくのだった。

 


 


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