春日井立夏の推理③

「みなさん、今一度、思い出していただけますか。なぜ我々はこうして一同に会しているのか。特に先生方、なぜ南風原先生を伴ってこの教室に来たのです?」


 言って、ブチョーは書画カメラに映す告発文を入れ替えた。第二の告発、南風原智樹への怨みを綴った文書だった。


「この告発があったからでしょう? その意味するところは? 嫌がらせや、真に告発するのが目的であったなら、誰に出しても構わない。いやむしろ、人目を盗んで廊下にでも貼り出してしまえばいいのです。それだけで書かれた内容は周知の事実となるのですから。


 しかし、一通目の告発者はそうしなかった。

 

 態々わざわざ、南風原先生にだけ分かる形で、一通だけ出した。しかも中身を見れば不思議なところがある。いじめの加害者は三人いるにも関わらず、赤西鈴璃だけを対象としているのです。そして、もう一つ、とても重要なことがあります。


 告発文は、西稿


 ブチョーに視線を送られ、アマネルが首だけを振り向けて言った。


「……卒業文集用に渡された原稿用紙は同じものが二枚あった。別に特殊な用紙ではないから、買おうと思えば文房具屋を巡るかネットで探せばすぐ手に入る。絶対に外せない条件があるとしたら、複数人が同時に提出する状況だった。そのタイミングが来たらいつでも出せるように、原稿と告発文を準備して、


 うん、とブチョーが頷くと、彼女と南風原を除く全員の目が同じ方向を見ていた。


「ホノミン」


 ブチョーが呟くと、ホノミンが物憂げに息をつき、言った。


「鈴璃先輩を告発したのは? 鈴璃先輩?」


 言い終えて、ほうと満足の吐息をつく間もなく、赤西の母が机を叩いた。激しい打音が多目的室に反響する。誰もがその行動を予測できていたために、誰一人として動じていなかった。


「何を言い出すかと思えば、鈴璃が鈴璃を告発!? いい加減なことを言わないでくださいますか!? 私はあなた方を、学校を、訴えることもできるんですよ!?」


 とうとう最後の手段を口にした。それが何の脅しになるというのだろう。赤西母は半狂乱になって唾を飛ばした。


「だいたい、鈴璃がなんのために自分を告発すると言うんです! 鈴璃にそんなことができるはずがない! あの日以来、毎日、毎日、私が付きっきりで躾けてきたんですよ!? 私の鈴璃がそんなことするはずがありません!」

「――子どもというのは、親が思うよりも成長しているものですよ」


 ブチョーは不意に酷薄な目をして言った。


わたくしは怒っています。顔を見ればわかる。あなたが南風原先生の顔を殴打したのでしょう?」


 赤西母が息を呑むようにして押し黙った。


「――にも関わらず、この期におよび、あなたがた親子を――ご自分で戦うべきところを他人に任せて黙り続けている赤西先輩を守ろうとする南風原先生に。こちらを御覧ください」


 ブチョーに鋭い視線を送られ、南風原は首を横に振った。応じて彼女も首を振って返した。手にしたメモの一片を書画カメラに置き、社会科資料室のゴミ箱から回収したビニール袋を逆さに振った。


 ふわり、と


 ブチョーがメモを読み上げた。


「ここに、涙とあります」フンと鼻を鳴らした。「いつの時代も男子は女子の涙に弱いのでしょう。先生は。見ればわかるはずです。


 しわくちゃになったティッシュペーパーがピンと綺麗に伸ばされた。


「泣いていないからです。ティッシュのような柔らかな繊維をもつ紙は、色が変わるほど濡れれば、たとえ一滴でも繊維が収縮して元の形に戻らなくなります。少々、お聞き苦しい話にはなりましょうが、鼻水などの粘液となれば、乾いたときには接着剤の代わりを果しこのように開けません。拭うものが流れなかった赤西先輩は、ただ握りしめてゴミ箱に落としたのです。ついたとすれば手の汗が精々でしょう」


 ブチョーはティッシュをずらし、メモ上の二重線で強調された文字を読んだ。


「ここにとあります。誰に? それはあなたのことですよ、御母堂」


 スイと伸ばされた指が、赤西の母を捉えていた。


「この告発は狂言です。なんのために? それは――どうでしょう、赤西先輩、ご自身の口で語られては? ?」


 赤西鈴璃が、目を潤ませていた。


、春日井さん」


 火で炙られるような気配に、鈴璃は首を横に振った。スピーカーモードにしてあるスマートフォンに顔を向けて言った。


「言わなきゃダメだよね、依?」

『……ごめんね。こうなるとは思ってなかった』

「ううん。やるだけやって、ちょっと勇気でたかもだから」

 

 傍らで微笑む鈴璃に、母の顔が歪んだ。


「鈴璃……?」

「ごめんね、お母さん。でも言うね」

「鈴璃?」

「私もう、お母さんの言いなりになりたくない」

「鈴璃!」

「お母さん、おかしいよ。


 南風原が知らず痛苦に耐えかねて胸を押さえた。


「やっぱり、


 赤西鈴璃は、はい、と消え入るような声で答えた。

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