春日井立夏の推理

 ブチョーが教壇に登り教卓につくと、赤西親子は入り口に近い側に、教務主任は出入り口を固め、教卓の前には文学部、少し離れて窓際に斎藤の母と藤原千桜が離れて――と、集まった人々はそれぞれ思い思いの席に腰を下ろした。


「では、さっそく――といきたいところですが、先にご面識のない方もおられるでしょう我らの人間をお見知り置き願いましょう」


 ホノミン、ショーと説明し、ブチョーが一礼した。


「通常ならばこのような場であだ名を用いるのは憚られますが、今日この日しばしの間はご了承ください。あと一人、いまを回収しに言っている部員が――来ましたね」


 扉が開き、息を切らしてアマネルが入室した。その手には、社会科資料室で回収してきたであろう小さなゴミ箱が内側に入れたビニール袋ごと持たれていた。


「あれが私と同学年。副部長を務めております押下天然――押し下げる天に然りと書いて押下おうか天然あまね、部ではアマネルと呼んでおります」


 アマネルはゴミ箱をブチョーに手渡すと、居心地悪そうに元の席に戻った。ブチョーはゴミ箱を捧げ持ち、南風原に訊ねる。


「南風原先生。これは社会科資料室のゴミ箱に間違いありませんね?」

「ああ。間違いない」

「では失礼して」


 ブチョーはゴミ箱からコンビニエンスストアの小さなビニール袋を外して中を検めると、薄く微笑み鈴璃を見やった。


「……誤算でしたね、赤西先輩」


 ビクリと鈴璃が震え、操作していたスマホを下ろす。隣席の赤西母が目を吊り上げるもブチョーが素早く機先を制して言った。


「さて、この一連の事件は、一枚の告発文から始まりました」


 言って、ブチョーは教壇を歩き、二枚の告発文のうち一つを書画カメラに乗せ前列の電灯を消した。プロジェクターが低く唸り、レンズから伸びる光線が宙に浮かぶ塵の一粒一粒を煌めかせる。正面のスクリーンに、赤い告発が映った。赤西の母が今にも牙を剥きそうな顔つきに変わった。


「ここにあります。赤西鈴璃を断罪する。内容は省略させて頂きますが、鈴璃先輩は小学校のみぎりを主導し、いじめをおこなったとあります。まずこの内容について鈴璃先輩、お認めになられますか?」


 鈴璃がちらと横を窺うと、赤西の母が吠えるように言った。


「違います! 主導したのはそこ!」


 赤西母は袂を手繰り、指をまっすぐに伸ばして藤原千桜を示した。


「あの子です! それと忌々しい……あの土師はにしとかいう家の子です! 娘はそそのかされただけで――」

 

 なお続こうかという弁明に手のひらを向け、ブチョーは淡々という。


わたくしは、御母堂には訊ねておりません。あくまでも、鈴璃先輩に」

「――っ! 鈴璃。なにも言わなくていいから」


 鈴璃は下唇を噛みうつむいた。ブチョーは鼻でため息をつき、続けた。


「まあ、今は、よろしいでしょう。――我らの顧問にして鈴璃先輩らの三年二組を受け持つ南風原智樹は、これを受けて告発者を探そうと考えた。それはなぜか。卒業文集とは面白いものでして、過去、我ら文学部の先輩などは文集に一編の私小説を載せたこともございます。あるいはタイポグラフィーとでもいいましょうか、雑誌を切り抜き脅迫文めいた物を載せることも。南風原先生はそれらの事情を加味した上で、はじめ鈴璃先輩のお巫山戯と考えた。


 しかし、鈴璃先輩の原稿は別に提出されていた。これはどうしたことかと頭を悩ませているなか、先生は我らの活動を監督にいらした。我々は常日頃から読んだ書物や見聞きした事象について論を戦わせておりますゆえに、先生は一計を案じて事実のほぼ全てを伏せたまま、謎を解くにはどうすべきか訊ねられました。


 その謎とはすなわち、? というものでした」


 ブチョーは喉を押さえて咳払いを入れ、アマネルを指さした。


「えーっと……」

 

 アマネルは言葉を考えながら席を立ち、振り向いて言った。


「場所は教室。提出物に紛れ込ませたものだから、出した列から特定できます……」


 もはや遠い昔のように思える、いつぞやも聞いた説明をアマネルはくり返した。背後のスクリーンには、ブチョーが書画カメラに乗せたルーズリーフに書き記していく見取り図と特定の方法が映っていた。説明が終わったところでブチョーがカメラを引いて、提出者の名簿と同時に映す。


「事件までに提出されたのは約四割。席順も書き入れれば――このように、ここにはお母様にお越しいただいた、斎藤正人先輩が入ります。一方で藤原千桜先輩は含まれませんが、告発文を出すだけなら誰にでも可能であるため候補として残ります」


 ブチョーはあらためて教室を見渡し、銀縁の丸い眼鏡を押し上げた。


「容疑を晴らすというのは簡単ではありません。しかし、告発の動機を考えればやる意味がないとすぐに分かります。――ショー?」

「……はい」

 

 緊張しているのだろう、ショーが僅かに声を震わせて言った。


「斎藤先輩には赤西先輩を告発する理由がありません。――というか、さっき先生から聞いた話が本当なら、斎藤先輩は赤西先輩のことをほとんど知らないと言ってもいい。それに斎藤先輩の噂なら僕でも知ってます。たいして強くない――あ、」


 言いかけて、ショーは慌てて言い直した。


「ごめんなさい。ええと、部としては目立たないサッカー部のなかで、一人スポーツ推薦で強豪に進む先輩がいるかもと聞いています。よく知りもしないクラスメイトを告発したとして、先輩には得るものが何もありません。それどころか、告発者が露見すれば受験にだって差し支える。まず間違いなく斎藤先輩じゃありませんよ」


 言い終えると、奥で斎藤正人の母がホッと息をついた。

 続けてブチョーが言う。


「では、藤原千桜先輩についてはどうでしょうか?」


 名をあげられた千桜が顔を険しくした。

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