推理のための

 春日井立夏りっか――ブチョーの言葉に対して、真っ先に質問を返すことができたのは、他ならぬ南風原だった。


「名前が分かってるって……それはどういう……」

「文字通り、今回の騒動の発端が誰であるかということです。そして意外に思われるでしょうがホノミン――失礼、燕子花かきつばた帆乃海ほのみもその名を当てられるはずです」


 言われて南風原がホノミンに視線を送ると、彼女は珍しくもきゅっと口を噤んだ。

 もっとも、とブチョーが続けた。


「後ろにおられる生田先生ならご承知でしょうが、燕子花はなぜその名が上がるのか説明できません。いまの段階で口にさせても言い逃れができてしまう。そこで、いましばらく時間と皆様のご協力をいただいて、材料を集めさせてもらいたいのです」

「材料? おい……えぇと……」

 

 名前がわからないのだろう、年輩教師が言いよどむと、ブチョーは薄笑いを浮かべて答えた。


「申し遅れました。春日井立夏と申します。今日の探偵役を務めさせて――」

「探偵役ぅ!? おい春日井! 遊びじゃないんだぞ!? さっさと先生と一緒に来なさい! そこですべて話してくれればいい!」

「拒否します」

「はぁ!?」


 相当に苛立っているのだろう、年輩教師が詰め寄ろうとし、南風原が止めた。


「先生お願いします。ブチョーには、立夏には考えがあるはずです」

「然り」


 ブチョーが言った。


「ここが多目的室で良かった。人を集められますし、必要な機材も揃っております。この事件を解き明かすにはここより適した場所はございません」

「人を集める……? 春日井さん、君は――」


 教務主任の質問を遮り、ブチョーは言った。


「時間がありません。いましばらく、目をつぶっていただけますか、先生?」


 渋々に頷くのを見て取り、ブチョーは南風原に向き直る。


「ではまず、南風原先生から事の発端とこれまでの経緯をお伺いして、皆で共有するとしましょう。よろしいですか?」


 冷え冷えとした目を向けられて、年輩教師も押し黙った。

 頷き、ブチョーが南風原を教壇の上、教卓の前に手招いた。


「では、お願いします。先生」


 教卓に立つ直前、ブチョーがアマネルに視線を送った。彼女は隣席に置いていた鞄からスマートフォンを出し、操作した。録音しようというのだろう。南風原は逸る気持ちを抑え込むべく一つ咳払いをいれて話し始めた。


「まず……この文書が提出されたのは先週のことでした」

「先生」


 すかさずブチョーが付け加える。


「できるだけ、正確にお願いします」

「あー……わかった」


 南風原は懸命に記憶を手繰り、これまでに起きたこと、行ったことを仔細漏らさずに語った。そこには彼自身の行動の意図と、推理あるいは思索も含まれており、また休日に真里ともった酒席の話も含まれていた。途中、真里を除く教員たちが叱責や追及を加えようとしたが、それはすべてブチョーが差し止めた。


 南風原の語りが先日、そして今日たったいま保護者会で起きた出来事に至り、いまこの瞬間に達すると、ブチョーは静かに頷いた。


「なるほど、この時点で、南風原先生が悪徳を働いた証拠はないということですね」

「くだらない……なんだこの茶番は! もう満足したか、春日井?」


 年輩教師が憤懣やる方ないと吐き捨てた。

 ブチョーは悠々と首を左右に振って答えた。


「ここからですよ、先生。いまの話を裏付けるには、いくつかの物が必要です。南風原先生、まずは卒業文集の提出記録と赤西鈴璃の原稿、それから調査に使った手帳をお持ちください」


 頷き、南風原が部屋を出ていく合間にブチョーは教務主任に向き直る。


「先生、お手数をおかけしますが、この事件に関わる人をここに呼んでください」

「関わる人、というのは……」


 ブチョーが醸し出す気配に呑まれたか、教務主任は従順に問い返した。


「まずは赤西鈴璃。その御母堂。疑いをかけられた当人として、斎藤正人の御母堂、加えて藤原家の代表者として藤原千桜かずさ先輩、他校の松本依先輩はご都合がつかぬやもしれませんが、それはこちらでなんとかしましょう」

「それは……いえ、わかりました。呼んできましょう」


 教務主任が頷くと、すぐに年輩教師が肩を掴んだ。


「先生!? こんな子どもだましを真に受けるんですか!?」

「なにを言いますか、先生。ときに生徒を信じるのも教職の仕事でしょう」

「ですが――」


 なおも食い下がろうとする年輩教師を押し留め、教務主任は生田に向いた。


「生田先生。この場をお任せします。彼女らを部屋から出さないでくださいね」

「え? へ? ふぁい!」


 真里は直立不動になって答えた。教務主任が唸る年輩教師を連れて部屋を出ていくと、場の緊張を和らげるような、おっとりとした柔らかい声がした。


「マリちゃん先生? 大変ですね?」


 ホノミンが、かくんと小首を傾げた。アマネルがその肩をつつき、机に乗せたスマートフォンを指差す。録音しているんだぞ、と。


「あ、えと、えぇと……みんな、今日、ちょっと雰囲気ちがうね……」


 なにを言っていいのか分からなかったのだろう、真里が困ったように笑った。

 ブチョーは片肘を抱くようにして手を垂らし、自信たっぷりに答える。


「……このような形になるとは思いもよらなんだが、トモキンの大恩に報いるまたとない機会ですからなあ」

「――へ?」

 

 ブチョーの口調の変化に、真里は呆気に取られた。その様子を受けてかどうか、ショーは手元をじっと見つめて、アマネルとホノミンはどちらともなく苦笑した。

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