文学部の面々②

「あー……今週は三者面談とかあるから出られないって、ショーにも伝えておいて」


 そう言って、顧問の南風原が明らかな空元気で背筋を伸ばし、家庭科室を出ていった。あまり遅くまで残らないように、そして茶菓子のゴミは持ち帰るように、あと湯呑の片付けを頼む、ありがとう――去り際に残された言葉が、まだ文学部の三人の頭上に滞留しているようだった。


「……なんだか先生、すっごく疲れてます?」

「だねえ」


 真っ先に口を開いたのはホノミンで、アマネルは席を立つと湯呑を回収、調理台のシンクで洗い始めた。


「トモキンは人には言わんが自分にはべき論を課す、間違いなく人より疲労するタイプだからなあ」


 ブチョーが難しい顔で言った。


「とはいえ、取り繕う余裕もないのは気になる。何か相手方からアクションがあったのかもしれんぞお」

「取り繕う?」


 と顎に人差し指を当てるホノミン。


「ああ、そっか。ホノミンはリッカの推理を聞いてないもんね」

「推理?」


 きゅっとホノミンは唇を窄めてブチョーを見やった。まあまあと宥めつつ、アマネルは洗った湯呑を布巾で拭う。棚に戻して、席に戻って、それから話した。


 小説の相談と称して本当に事件がおきているらしいこと。

 南風原が事態を隠蔽しながら解決しようとしているらしいこと。

 そしてどうやら、事態は思わしくない方向に推移しているらしいこと。


 説明を終える頃には、ホノミンの頬は水を含んだフグによろしく機嫌が悪くなったようだが、しかし、すぐに切り替えブチョーに訊ねた。


「犯人は藤原千桜センパイ? ですか?」

「名前が出たから言ってみた、ではいけないのだよ、この場合」

 

 彼女は苦笑で返し、アマネルが話を引き取った。


「でも三年生のクラスで事件が起きたのは間違いないだろうね。藤原センパイは私の名前いじりに参加しなかった唯一の二年生だったから」

「そして事件は教室で起きました?」


 とホノミン。


「うん。私もそう思う。でも何をされたんだろう。脅迫とか?」

「告発です?」

「なんでそう思うのさ」

「なんとなく?」

「今回に限ってはそれじゃ危険かな。犯人当てクイズならそれでもいいけどさ」

「……いやなに」


 ブチョーが横から口を挟んだ。


「答えは合っているだろうがなあ」

「なんで分かるのさ」

「それはアマネル氏の得意分野であろ」

「は?」

、どうすればいい?」

「――ああ、そっか。告発者に意識が向かないように状況を設定するんだ」

「生徒会選挙なら平気なんですか?」

「告発者も理由も気にならないからね。……ショーとかホノミンがいなければ」


 ホノミンの問いには、アマネルが優しく答えた。


「単に告発と言ったら対象が多くなりすぎる。トモキンは社会科の先生だし色々と思いついちゃったのかもしれない。だから生徒会選挙に限定した。選挙で告発と来たら対立候補かその支持者による攻撃――」


 そこまで喋って、アマネルは顔を固くしブチョーに向き直った。


「リッカ」

「うむ。トモキンのクラスでは今、

「でもそんな話」

「我ら文学部は下賤な外界と隔絶されておるゆえ――と言いたいが、まあトモキンの胸の内で話が止まっているということだろうなあ」

「それに藤原センパイ? が関わってる? ってことです?」


 ホノミンが口を挟んだ。ブチョーは眼鏡のつるを撫でる。


「それが知りたかったのだよ。おそらく」

「ああ、ああー……そういう、こと、か……」


 アマネルが顔を覆った。


「うむ。容疑者だったのであろう。しかし、それが疑わしくなったか、あるいは新たな行動に出たか……いずれにしてもリアクションとして相談に来たのであろう」

「ならそう聞けばいいのにさあ!」

「いや、そういうトコがトモキンであるからして」


 ブチョーが困ったように笑った。


「ただまあ、あの様子だと誰が犯人なのかは未だに分かっておられないのだろう。我々に出来ることといえば、トモキンに負担をかけないことと、今日のように頼って来られたのなら、ことくらいだろうて」

「……ブチョー先輩?」

「ブチョーに先輩はつけんでよろしい。――なんだね、ホの字よ」

「ブチョー先輩? もう犯人わかってます?」


 フッとブチョーが鼻を鳴らした。


「うむ」

「うぇ!?」

 

 アマネルが奇天烈な声とともに顎を落とした。


「分かってるならなんで教えてあげないの!?」

「声がデカいぞアマネル氏」


 宥めるように言い、ブチョーはティーポットを揺すった。顔をしかめて下ろした。


「人を疑うというのは取り返しのつかないことなのだ。フィクションなら犯人当ても楽しい余興の一つだが、現実で追及に至れば間違いでしたでは済まされない。許されないし、許されても消えないしこりができてしまう。まして相手は受験を控える先輩方だ。疑い、責め、間違えればトモキンに取っても致命傷になる」

「それは……そうだけどさあ……」

「フッ。それにな。分かっていると言っても、


 ホノミンが目を輝かせた。ピコンと目に見えぬ耳が立ったようですらある。


「ブチョー先輩? もしかして?」

「言ってはならんぞ、ホノミン。絶対にだ。トモキンには特に」

「ぶぅ……なんでです?」

「この至近距離でブチョーの話を聞き逃す部員があるかい」

 

 ため息一つ、ブチョーは席を立った。


「とにかく。南風原先生にご迷惑をおかけしたくない。以後、我ら文学部は、この件に関して独断で動くことを禁止する。花登くんにも伝えておくが、みな余計な真似をしないように。いいね?」


 ブチョーが珍しく愛称ニックネームを避けた衝撃は強かったとみえ、アマネルとホノミンは渋々といった様子で首肯した。

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