欺瞞の相談②
自分にできうる限り迷惑をかけないように、巻き込まないようにしつつ、この手の事件に関する外部識者として意見を賜るにはどうすれば――。
南風原は低く唸りながら湯呑を口に運んだ。妙な感じだった。ズンと舌に乗る味わいからアッサムと思われるのだが、手にした器のせいで緑茶を頂いている気分だ。
「あー……どこから話せばいいかな」
つなぎのつもりで言葉にすると、すかさずホノミンが物憂げに小首を傾げた。
「先生? 犯人は誰になったんです?」
「……ホノミンはブレないなあ」
半ば安心してそう言った瞬間、年相応にホノミンがむぅと頬を膨らませた。アマネルが横から突いてプフスと息を抜いた。
「先週の続きでしょ? 聞きこみのコツは少しくらい役に立ったかな?」
「あー……たぶん。自信はない」
「なにそれ。教えた甲斐ないなあ」
「すまん。あー……ちょっと待って」
南風原は鈍っている頭を奮い立たせて手帳を開いた。仕事の合間に思いついた質問を箇条書きしてあった。
「えっと、アマネル、藤原
「藤原ぁ……?」
「うん。陸上部の先輩でいたはずなんだけど、どんな子だったかなって」
「陸上部って、そんなのもう覚えてない――ことも、ない、けども」
アマネルは露骨に不貞腐れ、テーブルに片肘で頬杖をつくようにして顔を背ける。その様子をホノミンが不思議そうに見つめて訊ねた。
「あんまり思い出したくないことです? 仲が悪かったんですか?」
「……まあね」
フンと鼻を鳴らしてティーカップを取ると、一口飲んで、言い直した。
「……や。違うな。藤原って言った?」
「ん? ああ。藤原千桜。千の桜でかずさだよ。アマネルが陸上部にいた頃は二年生のはず」
「二年生……二年生かあ……」
今にも舌打ちしそうな顔をして、アマネルがブチョーに視線を投げた。しかし、彼女は全校朝礼でも見せていた澄まし顔で目を閉じていた。ため息。アマネルが諦めたように虚空を睨んだ。
「んー……藤原千桜……藤原……千桜……」
そうしてひとしきり唸り、
「ああ! 思い出した! 名前イジってこなかった人だ!」
「イジってこなかったヒト、です?」
ホノミンがオウム返しに訊ねると、そうそうとアマネルは表情を和らげ、南風原に言った。
「自己紹介したときからずーーーーーーっとイジられまくったんだけどさ、一人だけテンネンって呼んでこない先輩いて、あの人カズサって呼ばれてたかも」
アマネルは往時を懐かしむように目を細め、ふいに眉間に皺を寄せた。
「――で、それがどうしたん?」
「あー……いや、どんな子だったか知らないかなと思ってな」
教室で見せる顔。教員に見せる顔。クラスメートに、親に、友達に、後輩に……相手によって知っている顔は異なるはず。そこに容疑を固めるあるいは晴らすヒントがないかと、南風原は藁にもすがる思いだった。
「どんな子、どんな子……ほとんど話したことないと思うなあ」
アマネルはミルクをたっぷり注いであるアッサムを啜った。
「あ、でも。どんな字を書くのか聞かれたことはあるかも」
「あー……名前の?」
「や。名字。『オシシタ』もたいがい珍しいからね。押すに下なら『オウカ』とも読めるし、それなら桜に花で桜花だね、みたいな。そんなこと」
「おお」
南風原は感嘆の声を漏らした。小学校当時の千桜の体験とアマネルの話が綺麗に繋がったのだ。
千桜はイジメの加害者として糾弾され友人を失った過去から、進学先で後輩が名前を理由にからかわれているのを見て心苦しく思ったのだろう。それはかつて自身が松本依にしていたのと同じ仕打ちだからだ。それゆえに、千桜はアマネルに手を差し伸べようと名前のイメージにフォローを入れた。そんなストーリーが成り立つ。
過去を悔やむ者が、過去をネタに脅迫に出るだろうか。ありえない、はずだ。根拠として弱いのかどうかも判断がつかない。ショーがいてくれれば、なぜに該当する疑問に答えてくれただろうか。
「まあでも」
南風原の思索を断ち切るように、アマネルが言った。
「いま思うと申し訳ないんだけど、あのころ名前をイジられるだけでムカついてたから、冷たく返しちゃったかも。よく覚えてないけど」
「……というと?」
訊ね返すと、アマネルは仄かに頬を上気させ窓の外へ顔を向けた。
「……は? 新しいイジリすか? みたいな」
「……超カッケーですね?」
ホノミンの無邪気なのか邪気満載なのか不明なツッコミに、アマネルが沈んだ。
それまで黙っていたブチョーが急に、ハッハと軽快に笑い声を立てた。
「トモキン。我らが顧問よ。話を元に戻そうじゃあないか!」
「お、おお……?」
動揺する南風原をよそに、ブチョーは太い三つ編みを指先に引っ掛け顔の前につまみ持ち、まるで指揮棒のように毛先を揺らした。
「小説の書き方の相談であろう? 聞き込みのコツは聞いたけれども自信がもてない。では、なにが不安なのか、トモキンの優秀な弟子たちに話してみたまえ」
「あー……教わってるの俺だし、弟子はこっちなんじゃ?」
南風原は思わず苦笑した。
ブチョーが三つ編みを手放し、丸い眼鏡を押し上げた。
「結構。では我々が師となり問おうじゃあないか! トモキンや、お主の不安とは、なんぞや?」
得体のしれない迫力と威圧感に押されて、南風原は背筋を伸ばした。
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