南風原智樹
月曜日。月二回の全校朝礼があるため、南風原はいつもより少し早くバスを降りた。十二月になると日々、空気が澄み密度を高めて重くなっていくのを感じる。軽い頭痛の理由はビール二杯とウーロンハイではなく、授業準備が終わらなかったからだろう。
とりあえず三者面談用の資料確認を最優先し、部活がありそうなら顔見せだけしておいて、告発文を出した犯人を――いや、これをタスクリストの一番上に乗せるべきだろうか。頭の整理がつかないまま学校に着いた。
職員室で挨拶し、荷物を置いて、簡単な朝礼と予定の確認をしているとき、真里が申し訳無さそうに少し遅れて入ってきた。第一月曜日用のタイマーをセットし忘れ体内時計が仕事をしてくれたのだという。体内時計さんによく言っておくようにと教務主任が教員たちの苦笑を誘った。
クラス担任は一足先に職員室を出て、ひとまず担当教室に行く。教室に据えられた教員用の机に新たに二枚、卒業文集用の原稿が伏せられていた。南風原の心臓がドキンと強く拍動する。
――お願いですから何事もありませんように……!
そう祈りつつ、原稿をめくった。『将来の夢』が一つ。『
「はい、おはよう」
返答を待って、続ける。
「見ての通り朝礼だから――いない子だーれ?」
冗談めかして言って、出欠を書き込む。一瞬、赤西鈴璃と目が合った。滑らせて藤原
「体調悪い人はいる? いたら今のうちに言って。それから――」
教室の前の扉が叩かれた。顔を向けると、隣のクラスの担任がもう出ますと指を動かしていた。頷き返して言い直す。
「それじゃ通路側から二列で――日直、最後お願いします。頼んだ」
寒い寒い廊下に出て、使い捨てカイロをポケットの中で揉みながら、凍てついたフリーザーに等しい体育館へ向かう。居並ぶ生徒たちを前に今日は何事もないでくれと祈りながら教員だけ壁際に移動する。マイクが耳障りなハウリング音を鳴らし、表情こそ柔らかいが目だけ笑ってくれないと嘆く校長が口を開いた。
「みなさん、おはようございます。段々と寒くなってまいりましたね……」
じゃあ、やるなよ。寒すぎてつい、心の内の中学生が毒づいた。昨日、真里から話を聞いたからだろうか、目が知らず文学部の面々を探す。冷たい床に座る生徒たちのなかに、丸い銀縁眼鏡をかけた、おでこを出して大きな三つ編みにしている少女がすまし顔でいた。南風原の視線に気づくと、ブチョーはニヤリと不敵な笑みを浮かべて中指で眼鏡を押し上げた。
――やめとけ。
と意を込めて目配すると、誰かに声をかけられたのか表情をあらため前に向き直った。彼ら彼女ら一人一人に世界があって、彼ら彼女らのルールで動いている。教員が見守っているのは、そのうちのほんの数パーセントでしかないのだ。
校長の時候の挨拶につづいて最近の時事ネタを交えた小咄を聞き流しつつ、南風原は頭の中で授業の構成を組み立てていく。この一年で時短のために習得したスキルの一つだ。教育支援システムという名のバックアップと、昨年使用された先輩教員の資料の一部を借りれば一コマ分は間に合わせが利く。
便利な時代に教員になれて良かったと思うが、ベテランに言わせるとそうでもないという。できることが増えたぶんやらなくてならない仕事も増えたのだと。時間は有限でも仕事の増加に天井はない。手を抜けば保護者や生徒自身から突き上げを喰らってしまう。公立でこうなら私立は言うまでもない。母校への凱旋を選んで良かったと思う。
表彰。拍手。南風原の意識が体育館に戻る。生徒たちの躰から発散される熱で体育館が温まり始めると、同時に空気も緩み始める。弛んだ糸を引き締めるように、校長がマイクを叩いた。
「三年生の皆さんはこれから受験が、一年生の皆さんの中には冬の新人戦など……」
話が終わり、拍手。舞台の端に立った生徒会長が号令をかける。一同、起立。礼。教務主任がマイクを取って退出の順番を指示する。その間に、南風原はクラスの列の一番前に移動する。学級委員に教室に戻るまで任せると伝えて、取って返して学年主任に職員室に戻ると伝え、生徒に注意されないギリギリの速さで廊下を進んだ。
成績や家族構成など、生徒の個人情報に関わるものは基本的に持ち出し厳禁となっている。また紙でしか存在しないものもあるため、参照したければ学内に設置された個人用端末を使用するしかない。
職員室に入った南風原は、さっそく今朝回収した原稿を抜き取り名簿にチェックを書き入れる。それから藤原千桜の名前を探して、顎をあげた。
提出前。容疑者候補の一番上に名前が並んだ。
陸上部で、赤西鈴璃の小学校からの同級生で、以前は彼女の家の書道教室に通っていた。受験予定校の一つに、鈴璃と同じ学校の名前があった。
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