真里の証言? ②

 真里が「とりあえずこれで締めにしましょうか」と、殻付きうずらの卵焼きを頼んだ。殻ごと串を打って焼いてあるらしいが食べて大丈夫なものなのだろうか。南風原はウーロハイで口を湿らせ、未知の料理を待つ間にの面々を思い浮かべて苦笑する。


「アマネルはともかく、ブチョーとか想像つかないな」

「アマネル? ブチョー?」

「あー……押下天然あまね。アマネルって呼ばれてて。ブチョーは春日井立夏。ほら、オデコ出して三つ編みで――変な喋り方する子ですよ」

「あー! あの子……かな?」


 真里が虚空に聞きつつ首を傾げた。


「変な喋り方してたかな……?」

「えぇ? あいつ、いっつも、なんとかであろう! とかって、舞台女優かって感じですよ」

「うえぇー? 休み時間のときとか見かけると、全然そんな感じじゃないですけど」

「マジですか。じゃあアレ部活のときだけなんだ」

「うあー、いいなあー! そういうのもっと聞きたいなー!」


 声を大きく、大げさに羨んで、ちゃっかりしっかり店員から殻付きうずらの卵焼きとやらを受け取った。本当に殻の付いたままのうずらの卵を縦に串打ち焼いたものだった。真里にとっては慣れ親しんだ味なのか、普通に殻ごと一つ頬張りパリパリと噛み締めた。こぼれる笑み。


「春日井さんはですねー、すごい」

「すごい?」

「字ぃがちょっと読みにくいくらいで、平均で九十点超えてきます。さらに余った時間で裏面にハムスターとモルモットとカピバラの絵を描いてきたりします」

「なにやってんだ、あいつ……」


 南風原は片手でこめかみを揉みつつ、うずらの卵を頂いた。無意識のうちに躊躇する自分を見つけたが、いざ噛んでみると卵とは別の食べ物のように思えた。


「同じサイズで描いてきて、集合記号あるじゃないですか、高校数学の。あれで分類してあるんですよ。カピバラはモルモットの部分集合でハムスターは共通部にネズミを置いて、みたいに」


 ケタケタ笑う真里につられて肩を揺らしつつ、南風原は目頭を押さえた。


「テスト中に何やってんだ、あいつは。――アマネルはどうです? あいつも変なことしてません?」

「いえいえぇ、押下さんは優等生ですよ。氏名欄でアマネってカタカナで書いてくるくらいで、成績は……2SDの手前ですかね」

「2SD?」

「上位五パーセントの手前ってことです。毎回、普通じゃない解き方してくるから採点するとき気ぃ使うんですよね」

「普通じゃない?」


 殻付きうずらの卵焼きを食べ切ってしまった南風原は、同じものを頼みたくなるのをこらえウーロンハイを飲み進める。真里が一手早くグラスを空け、いくぶん温まった湯呑に移行していた。


「押下さんはなんだろう、天邪鬼あまのじゃくというか、挑戦的というか……こっちで公式を指定すると変な使い方してくるし、かといって指定しないと教えてないやり方の証明から入ったり、気が抜けなくて大変で。うわきた、みたいな」

「あー……今度それとなく伝えておきます」


 この頭痛が酒のせいであってくれればと、南風原は頭を抱えた。真里が満面の笑みで片手を振った。


「いえいえぇ、そんなのしなくて大丈夫――っていうか、しちゃダメです。話してみると、こっちをバカにしてるわけじゃなくって、単純に興味でやってるみたいですから。そういうのは大事にしないと。受験に強くなりそうだし」

「ご面倒をおかけしてます」

 

 南風原はテーブルに手をつき頭を下げた。真里がぎょっと目を見開いて、すぐにかしこまった。


「いえそんな、本当に、そんなつもりで話したんじゃなくって」

「いやもう、部活にクラスに――いま聞いた話とか、知らんとこいっぱいあって」

「中学生って意外と複雑な世界で生きますからねえ……」


 遠い目をしてしみじみ言って、真里はパッと顔を明るくした。


「でもいいじゃないですか。南風原先生、少なくともの子たちには好かれてますよ」

「どうだろ。あんまり自信ないなあ……」

「またそんな。愛されてますってぇ」


 真里は身を乗り出して、一度、躊躇してから南風原の肩をペチンと叩いた。


「帆乃海ちゃんも押下さんも南風原先生は頼りないってボヤきますし、花登くんなんて職員室にきたとき、先生いないのをいいことに、席が近いんだからもっと部活に顔を出すよう言ってくれとか、もう羨ましいなあって」


 そこまでか、と南風原はうなだれたくなるのを我慢し苦笑に換える。


「ヨソで陰口を言われるのが羨ましいんですか?」

「いやいや、だから、それだけ注目されてるってことじゃないですか」

「『悪名は無名に勝る』ですか。政治家じゃあるまいし」


 南風原は残り少なになったウーロンハイを一息に飲み干した。


「まあ、生徒は見てるぞ気をつけろ、ってとこですかね」

「ですかね。私も頑張らないと」


 言って、真里と南風原とはどちらともなく席を立った。彼女が伝票を取ろうとするのを止めて、割り勘にした。端数は荷物持ちのお駄賃に真里が持った。

 店を出て冬の夜気に身を震わせて、別れ際、


「春日井さんも言ってましたよ。智樹先生にはタイオンありますのでって」

「……タイオン?」


 体温? じゃないか、と南風原は手のひらを擦り合わせた。真里が両手を膝の前で合わせて深々と頭を下げて言った。


「それじゃ、今日はお付き合いありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、また明日」


 応じて頭を下げて、南風原は駅へと向かう。道すがら。スマートフォンで『たいおん ある 辞書 -体温』と検索した。


【大恩】だいおん:大きな恩。深い恩。厚恩。『――は報ぜず』 小さな恩義は負い目に感ずるが、大きすぎる恩は気づかずにかえって平気であるの意。


「……どういう意味?」


 南風原はくふっと吹き出した。酒気のせいだろう、吐息が白く色づいていた。

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