依の証言②

 依は上向いて小さく唸った。


「……どうだろ? なにが切っ掛けって言われると、ちょっと難しいかも。あんな大騒ぎになるとは思ってなかったから、先生たちにはそのまま言ったかなあ」

「そのまま?」

「なんで泣いちゃったのか分からないとか、面倒な絡み方してくるとは思ってたけどいじめとは思ってなかったとか、そういう話です。なんでか、みんな信じてくれなくて。正直に言っていいとか、そんな。一、二時間くらい話を聞かれてると、却ってかったるくなってきちゃったりして」

「そうこうしてるうちに親が呼ばれて?」


 南風原が訊ねると、依はなんで分かるのとばかりに瞬いた。もちろん、鈴璃から顛末を聞いてるからだが、彼女がどこまで話したのか聞いていないのだろう。


「それで、どうして和解に?」

 

 重ねて訊ねると、鈴璃は言いにくそうに視線を逸し、ティーカップに触れた。持ち上げるも口につけることなく、また下ろした。


「スズリには言わないでもらえます?」

「もちろん。そのために席を外してもらってますから」

「……スズリのおばさん、おっかないんですよ」


 依は思い出すのも嫌そうに顔をしかめた。


「私はママと会わされて、なんか謝られて、まあちょっと当たっちゃったんですけど、謝られたからっていうのもあって。なんかもうすっきりしてたし、思ってた以上の騒ぎになってるし、もう怒ってないし、こういうふうにしたいわけじゃなかったって話をして。そのときに、隣の部屋からもう凄い怒鳴り声が聞こえてきたんです」

「怒鳴り声?」

「あとで聞いたんですけど、それがスズリのおばさんの声で」


 ウチの子がいじめなんてするわけないでしょう!?

 それが第一声だったと聞くと、南風原は苦笑を禁じ得なかった。母親が娘の不正を信じようとしない。まるで保護者のクレーム対策で教えられるモデルケースだ。逆のケース――親が真っ先に子を叱りつけるパターンは男親の場合が多いとされるが、実は性差によるものではなく、家庭内で担う役割に依存している。


 単純に、普段から叱る役になりがちなほうが緊急時に守りたがり、守る役をしているほうは糾弾する側に回りたがるのだ。その意味は、子のためではなく親のため――すなわち、自身が行ってきた教育の成果を否定されたくないからだとも言われる。鈴璃の母親は書道教室を営む教育者の一人なのだから、娘の不始末を信じられなくても不思議はない。


「あんまりうるさいから、もういいってこっちから言って。それで」依は呆れと諦めがまじったような息をついた。「先生たちがさ、私とみんなを同じ部屋に集めて、みんなに謝らせて、いいよって言って……言わされてって感じかな」

「あー……なるほど」


 南風原は苦々しく思いながら相槌を打った。現場の教員にはなにが起き、なにをやり、。上手くいかなければ経過観察や継続的介入という単語に置き換えるだけだ。解決するまで失敗はしない。


 もちろん、すべての学校で同じとは思いたくないが、失敗の報告は成果報告に比べてあきらかに少ないのが実情だ。それを教育の進化でミスが減ったと見るのも、誤魔化すのがうまくなったと見るのも、個々の判断に委ねられている。

 

「でもそれだと」南風原は言った。「仲直りというより――」

「まあ、そうです。それからスズリは静かになっちゃったというか、同情しちゃいましたよね。はっきりいじめの加害者あつかいだし。私もまわりの子に変に気を使われて余計にギクシャクしたりして、でも話す機会があって」

「それはいつ?」

「塾の集中講義とかあったころだから……いつだろ? 夜、帰り道で公園の近くを通るんですけど、スズリが一人でいたんですよね。最初は無視して帰ろうと思って、けど気になるんですよ。なんか私のせいみたいなとこもあると思ってたし」


 鈴璃は夜遊びをするようなタイプではない。それでなくても十二歳の少女が一人で公園にいるのは危なっかしい。また、どこを見るでもない目をしてベンチで黄昏れる姿は、幼い頃の依自身を思い出させた。


「それで、なんて言って仲直りしたのかな」

「特別な話はしてないです。謝っただけですよ。謝られもしましたけど」

「それだけで仲直りできたの?」

「それだけって」


 ムッとする依を見て、南風原は失言に気付いた。小学生にとっての謝罪の言葉は大人が思っている以上に重い。賠償だの弁済だのは大人の理屈で、彼ら彼女らが生きる世界では最大限の行動なのだから。


「あー……ごめんなさい」南風原は小さく頭を下げた。「実はまだ先生三年目で、よく分かってないところが多いんだ」

「ちょっと頼りないですもんね」

「少しでも頼ってもらえるように、いまこうして話をきいてるんですよ」


 ふふふ、と口の中で笑い、依はテーブルの上で腕を組み、窓の外を見やった。つられて目を向けると、女子大生だろうか、三人組が二人と一人に別れて、去り際に手を振っていた。二人組の一人は視線が切れるとすぐに顔をしかめた。


「……元々、スズリのグループって歪だったんですよ」依はポツポツと話した。「スズリのとこの書道教室でつながってって感じで、力関係が決まってるっていうか」


 含みのある言い方に思うところがあって、南風原は訊ね返した。


「……もしかして、赤西さん、うらまれてたりする?」


 依が目だけを動かし南風原を一瞥、フッ、と鼻を鳴らした。

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